第5話「産休の引き継ぎと、嫉妬の種――それでも、信じてる」
「……進藤さんが、後任になるんですか?」
小会議室に集められた営業企画部メンバーたち。
春日井真希が「産前休暇に入る」と正式に発表したその翌日、
部内では早くも“後任体制”を巡るざわつきが広がっていた。
真希の机には、引き継ぎ用の分厚いバインダーがいくつも積まれている。
一見すれば、淡々と準備を進めているだけに見えるかもしれない。
だがその実、心の中では多くの想いが交錯していた。
(45歳で双子妊娠……たぶん、社外は想像もしてないわね)
(復帰後のことまで、全員が本気で信じてくれるとも限らない。だからこそ、完璧な引き継ぎが必要)
そして後任に指名したのが――進藤あかり。
まだ入社5年目の若手社員だが、判断力・現場感覚ともに鋭く、真希が密かに期待していた存在だ。
だが、社内の目は違った。
「え? 進藤? ちょっと早くない?」
「部内での信頼はあるけど……課長代理はさすがに……」
「ていうかさ、あの子さ……最近、高槻くんとよく一緒にいるよね?」
「やっぱ男って“若い子”がいいのかなあ」
――その言葉が、真希の耳に引っかかったのは、偶然ではなかった。
昼休み。食堂の片隅で、彼女は偶然、その“陰口”を聞いてしまった。
(……また、こういうのか)
何度目だろう。
20歳年下の夫との関係を公表した時も、
シングルマザーから再婚した時も――
世間はいつだって“分かりやすい嫉妬”や“都合のいい物語”を欲しがる。
「高槻くんって、やっぱりイケメンだしね~」
「真希課長、正直もうおばさんでしょ……」
(わたしの何を、知ってるのよ)
ふと、食欲が失せた。
サラダのトレーを手に立ち上がろうとしたそのとき――
「春日井さん」
背後から声をかけたのは、進藤あかりだった。
「……あの、少しだけお時間いただけますか?」
場所を移し、空いている応接室で向き合う。
「さっき、誰かが私のことを陰で言っていたの、聞いてました。
高槻さんと仲がいいとか、後任に抜擢されたのは“贔屓”だとか……」
あかりの声は、怒りというより、どこか悔しそうだった。
「正直に言います。私は、課長のような人になりたいと思ってきました。
“女性だから”とか、“若いから”じゃなくて――真希課長だから、尊敬してるんです」
「……ありがとう」
その言葉に、張り詰めていた糸が、ふっと緩んだ。
「高槻さんとは、ただ仕事で連携してるだけです。課長の家庭も、お子さんがいることも……全部知ってます。だから、変な風に思われたくなくて」
「……ごめんね、あなたにまで余計な火の粉が飛んで」
「いえ。でも、もし誤解が続くようなら……私、席替えお願いしようかと思ってます」
「そんな必要ないわよ。信じてるから。あなたも、悠真も」
“信じてる”。
その一言は、自分自身に言い聞かせるようでもあった。
その日の夜――
帰宅した悠真は、真希の横でスマホを弄るふりをしながら、どこかそわそわしていた。
「……今日さ。あかりさんと一緒に昼ミーティング入ってたんだけど、なんか噂立ってるっぽくてさ……」
「知ってる。聞こえてたわ。進藤さんと私と、あなたの三角関係説」
「……違うからね?」
「分かってる。大丈夫」
「でも、なんか、ちゃんと説明した方がいいかなって……」
「大丈夫。……私、あなたを信じてる。
そして、子どもたちの前で――そんなくだらない噂に振り回されるような親にはなりたくないの」
そこへ、足音がぽてぽてと近づいてくる。
「ママー!パパー!……あのねっ、今日学校で“好きな人”って聞かれて……」
「結翔は?」
「うーん……ママとパパ!」
「……あら、両方選ぶのずるいわね?」
「でもさ、ママとパパが仲良しだと、ぼく嬉しいから!」
そう言って、結翔はふたりの手をぎゅっと握った。
小さな手。だけど、温かい。
――その温もりが、どんな噂や不安よりも、強くふたりを繋いでくれる。
その夜、真希は寝室の天井を見上げながら思う。
「信じるって、選ぶことなのね」
この先、何があっても――
私はこの人を、信じて、選び続ける。
子どもたちの未来のために。
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