第4話「産婦人科と、すれ違い」
火曜日の午後――雨のにおいを含んだ曇天のなか、春日井真希はひとり、病院の待合室にいた。
壁際のテレビには、どこか間延びした健康番組が流れている。
だがその音も耳に入らない。
指先でエコー写真を握りしめながら、彼女は黙って自分の順番を待っていた。
(……本当は、今日も悠真が一緒に来る予定だった)
けれど、急遽入った関西方面の出張。
営業部の若手として育成中の悠真にとって、現地での大型商談同行は大きなチャンスだった。
真希自身も「行ってきなさい」と背中を押した。
けれど――やはり、どこか、胸の奥が空っぽのように感じてしまうのだ。
「春日井真希さん、どうぞー」
名前を呼ばれて診察室へ入る。
今日の検査も、胎児ふたりとも順調だった。
心音はふたつとも明瞭で、推定体重も標準。
医師の言葉に、理屈では安心すべきだと分かっていた。
けれど、どうしても――
「……ひとりで聞くと、なんだか不安になるのよね。良い知らせでも」
ぽつりと呟いた真希に、年配の助産師が微笑んだ。
「そうね。わかりますよ、お母さん。
“聞く”だけじゃなくて、“共有する”ことで、安心って生まれるものですから」
“共有”。
それは――「ふたりで育てていく」という覚悟と、その証だ。
真希はエコー写真をバッグにしまい、深く息を吐いた。
帰り道、どこか空虚な足取りで病院を出た瞬間、スマホが鳴った。
《悠真(既読なし)》
――【写真送ってくれてありがとう!仕事終わったら絶対電話する】
【会いたい……って、変かな】
その短いメッセージが胸を衝いた。
(……バカね、こっちこそ会いたいって思ってたのに)
返信を打とうとしたそのとき。
ふと、隣に立つ妊婦が誰かと楽しげに電話しているのが目に入った。
「うん、双子って言われたよー!そうそう、性別はまだ。楽しみー!」
屈託のない笑顔。
妊娠を“堂々と”喜び合える関係性。
心から羨ましいと思ってしまった自分が、少しだけ嫌だった。
(私だって……本当は、一緒に通いたい)
(エコーを見て、あなたが笑う顔を隣で見たかった)
雨が降り始めた。
傘を差すのも忘れて、真希はしばらくその場に立ち尽くした。
その夜。
帰宅した真希が濡れた服のまま玄関に入ると、電話が鳴った。
「……真希さん! 今、戻ったとこ。遅くなってごめん……今日どうだった? 病院、問題なかった?」
「……ふたりとも元気だったわ。心音、しっかり聞こえた」
「そうか……よかった……」
電話越しの声に、いつもの調子がなかった。
逆に言えば、それは――彼もまた、寂しさを抱えていたということ。
「……次は、一緒に行きたい」
「……うん。俺も、そう思ってた」
ふたりの沈黙が、優しい余白として電話の向こうに溶けていく。
たとえ今は、すれ違うことが多くても――
“共有する”という想いがあれば、
家族の絆は、きっと揺らがない。
エコー写真は、明日またリビングに貼ろう。
家族みんなが、同じ未来を見つめるために。
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