第2話「社内バレ、再燃」
「……春日井課長、最近ちょっと、様子変じゃない?」
昼休み、女性社員たちが集まるカフェスペースに、ひそひそ声が落ちていた。
さりげない視線が、ひとりの女性――春日井真希に向けられている。
彼女は今、ルクシア社・営業企画部の課長職。45歳。
的確で冷静、上層部からの信頼も厚く、部下にも尊敬される女性上司。
……だが、今朝からずっと、どこか体調が優れなさそうだった。
顔色は白く、トイレに立つ回数も多く、やたらとお腹を気にするような仕草――
「……もしかして、妊娠……とか?」
囁かれたそのひとことに、数人の社員がぴしりと反応した。
「え? でも春日井課長って、もうお子さんいるんじゃ……」
「結婚してるって噂もあったよね、相手が誰かは知らないけど……」
──だが、その中に、ひとりだけ微妙な顔をした女性がいた。
進藤あかり。入社5年目の若手社員であり、真希の部下。
実は彼女は、春日井課長が結婚していることも、子どもがいることも、そしてその夫が“同じ会社の若手営業マン”であることも――知っている。
(……でも、まさか。今、また妊娠なんて……)
正直、思いも寄らなかった。
だって悠真はまだ社会人3年目。ようやく仕事を任されるようになってきた頃で、
プライベートと両立させていくには、並大抵の努力じゃ済まないはずだ。
あかりはふと、今日の朝のことを思い出した。
エントランスで、真希がふと立ち止まり、壁に手をついて顔をしかめた瞬間。
声をかけようとしたとき、彼女は微笑んで言った。
「大丈夫よ。ちょっと……、少し疲れてるだけ」
でも、あれはどう見ても“疲労”の顔じゃなかった。
むしろ――どこか懐かしい不安と期待の混じった、あの表情は……。
「……ねえ、春日井さんって、もし妊娠してたら産休どうなるの?」
「課長職の後任どうするんだろうね。うちのチーム、今けっこう大事な案件抱えてるのに……」
「それに……まさかだけど、相手、まさか社内の誰かじゃないよね……?」
(……バレてる……?)
そう思ったのは、別の場所で聞き耳を立てていた悠真だった。
社内に漂う噂は、もう彼の耳にも届き始めていた。
コピー機の陰からちらと女性陣の会話を見やり、悠真は内心ひやりとする。
(真希さん、やっぱり隠しきれなくなってきてる……? でも……双子なんて、今の段階じゃ絶対に言えない)
彼女は高齢妊娠だ。しかも双子。
リスクも、仕事への影響も、社内の空気も、あまりに大きすぎる。
だからこそ、いまは営業本部長・柳瀬にだけ報告を済ませた。
それ以外には、まだ知らせていない。
──ただ、それでも。
「……そろそろ、覚悟決めなきゃかもな」
自分が“夫”であるということも。
そして、ふたりで守るべき命が、もうふたつに増えたということも。
昼休みが終わるチャイムが鳴る。
社員たちが席を立ち、ざわめきが引いていく中、
真希は自席で、お腹にそっと手を添えた。
彼女の胸の内では、いままさに、選択の天秤が揺れている。
このまま隠し通すのか。
それとも――もう一度、社内に向き合う覚悟を決めるのか。
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