第9話「復職、再始動、そして試される“パートナーシップ” そして歩幅を揃えて、ふたりで前へ」
──『ふたりで、もう一度、歩き出すために』
◆【“おかえりなさい”の重み】
春の陽射しが柔らかく降り注ぐ朝。
結翔に手を振りながら、真希は数ヶ月ぶりに出社した。
「……おはようございます」
受付の自動ドアが開いた瞬間、ほんの一瞬――
すれ違う社員たちの視線が、真希の身体を横切った。
(あ……)
どこか“母になった”ことを見透かされているような感覚。
けれど、誰も何も言わず、代わりにひとりの女性社員が微笑んだ。
「春日井課長、おかえりなさい。待ってました」
「……ありがとう。よろしくお願いします」
その言葉に、ほんの少し肩の力が抜けるのを感じた。
◆【“上司”と“母”の境界線】
席に着いてすぐ、真希は自分の机に置かれていた業務メモを読み込んだ。
業務改革、部下の異動、プロジェクトの引き継ぎ――
時間が止まっていたのは、自分だけだった。
(ここに戻ってきたからには、“課長”としてやらなくちゃ)
しかしその後すぐ、保育園からの“結翔の微熱連絡”がスマホに届く。
――ああ、始まったのね。“両立”ってやつが。
だが、不思議と焦りはなかった。
すぐさま悠真に連絡を入れると、彼は静かに答えた。
「大丈夫。俺、すぐ抜けて迎えに行くから。今日は午後出る予定なかったし」
「……ごめんね。ありがとう」
「何言ってるの。俺たちの“子育て”なんだから、ふたりでやるに決まってるじゃん」
その言葉に、真希の胸がほんのり温かくなった。
◆【“私らしさ”と“私たちらしさ”】
ランチタイム。
屋上のベンチでひとり風を感じていた真希のもとに、橘理沙副社長がふらりとやってくる。
「どう?初日」
「……思ったより、ずっと現実が突き刺さってくるというか」
「それでも、来た。戻った。立派よ」
真希は、ふとつぶやくように言う。
「たまに思うんです。私は本当に“仕事に戻りたかった”のか、それとも“戻らなきゃいけない”と思ってたのか」
「それ、たぶん両方ね。でも、“私であるために戻った”って、ちゃんと誇っていいわよ」
「……私で、あるために」
理沙は笑って、手元のペットボトルのキャップを指で転がす。
「それに、あなたの戻る場所が“職場”だけじゃないことを、ちゃんと悠真くんが証明してるでしょ」
その言葉が、真希の背中を確かに支えてくれた。
◆【ひとつの帰り道】
夜――
結翔をベッドに寝かせたあと、ソファに並んで座るふたり。
「どうだった?」
「……仕事は、やっぱり大変だった。でも、嫌いじゃない。むしろ……好き」
「それならよかった」
「……でも、やっぱり今日一日で疲れちゃった」
「じゃあ、今日は“妻”でも“母”でもなく、“真希さん”でいて。
俺が、“夫”として甘やかすから」
「ふふ、じゃあお願いしようかしら」
そっと寄り添い、唇が重なる。
“おかえり”と“ありがとう”が、言葉にしなくても伝わる。
◆【“夫婦”という道の真ん中で】
ふたりは肩を並べたまま、静かに手をつないだ。
誰に見られなくても、
誰に知られなくても、
この時間こそが、ふたりの“本当の居場所”。
“パートナー”という言葉の意味を、
今、ふたりは確かに胸の中で感じていた。
──『私であることを、私たちで守るために』
◆【“変わったこと”と“変わらないもの”】
夜。
結翔を寝かしつけたあとのリビング。
真希はパソコンの電源を落とし、ふうっと小さく息をついた。
「……今日、私、ちゃんと“春日井課長”だったかな」
「うん。かっこよかった。俺なんか何回も見とれた」
悠真は、隣のキッチンでお茶を淹れながら、冗談めかして言う。
「でも……やっぱり、職場の空気って、ちょっと変わってたわ」
「そりゃ、春日井真希が“お母さんになって帰ってきた”んだから、みんな無意識に気にするよ。
でもそれって、悪いことじゃない。変わったからこそ、もっと強くなってるって俺は思う」
「……悠真」
真希は湯気の立つ湯呑みを受け取りながら、ふっと笑った。
「本当に、あなたが夫でよかった。……たぶん、いまの私、独りじゃ乗り越えられなかった」
「俺もだよ。あなたが“家族”になってくれたから、俺も大人になれたんだ」
ふたりは視線を交わす。
それだけで、今日の疲れがふっと消えていくようだった。
◆【“わたし”を許すということ】
「……ねえ、悠真」
「ん?」
「もう少しだけ、“自分を甘やかして”いいかな」
「もちろん。俺が全力で、甘やかす」
その言葉に、真希はそっと彼の胸に顔を預けた。
腕が回され、あたたかな体温が背中に伝わる。
「……ねえ。これからも、ずっと一緒にいてくれる?」
「ずっといるよ。俺、あなたと結翔のために、人生全部使いたいんだ」
「ふふ……言いすぎ。でも、うれしい」
唇が重なり、静かにキスを交わす。
それは「愛してる」よりも、深く、
「ありがとう」よりも、あたたかい。
◆【灯りの中の“ふたり”】
間接照明だけが灯る部屋で、ふたりは寄り添いながら話す。
明日のこと。
仕事のこと。
そして、結翔の未来のこと。
小さな手が夢の中でピクリと動いたのを見て、ふたりはほほ笑む。
「……私、もう大丈夫」
「うん。わかってる」
「これからも、全部は完璧にはできないかもしれないけど――
私、“母であること”も、“課長であること”も、諦めたくないの」
「どっちもやればいいさ。俺もいる。家族もいる」
手を重ね、指を絡める。
それだけで、
“ふたり”が“家族”であることの証になる。
そして、未来はいつだって、ここから始まる。
──『“家庭”と“職場”――そのどちらも、私たちの大切な場所』
◆【夜のリビングにて】
結翔を寝かしつけたあとの静かな時間。
真希はソファに座りながら、悠真の淹れた温かい紅茶を両手で包んでいた。
「……久しぶりの仕事復帰、思ってたよりもずっと緊張したわ」
「そりゃそうだよ。何ヶ月ぶりのオフィスだもん。でも、ちゃんと“課長”だった。みんなもそう感じてたと思う」
悠真はそう言いながら、真希の隣に腰を下ろし、自然と肩を寄せた。
「不安だったけど……でも、こうして帰ってこれる場所があるって思えるだけで、今日一日、乗り越えられた気がする」
「ここが“ふたりの家”だからね。俺にとっても、そうだよ」
言葉を交わすごとに、心がほどけていく。
それは家族であり、恋人であり、同士であり――ふたりが築いたかけがえのない絆だった。
◆【歩幅を揃えて、ふたりで生きる】
「ねえ、悠真」
「うん?」
「これから先、もっと忙しくなると思う。子どものことも、仕事のことも。きっと、うまくいかない日も出てくる」
「うん、たぶん何度も。だけど――」
そう言って、悠真は真希の手をとる。
「そのときは、また一緒に考えよう。ふたりなら、きっとなんとかなる。……俺は、そう信じてるよ」
その言葉に、真希は思わず目を潤ませた。
「……ありがとう。私も、あなたとなら、全部ちゃんと抱えていける」
◆【“ふたりの暮らし”は、続いていく】
夜が更け、部屋の明かりが一つ、また一つと落ちていく。
キッチンに並んだ哺乳瓶。
冷蔵庫には明日使う離乳食のストック。
そして、ベビーベッドで穏やかに寝息を立てる小さな命。
それらすべてが、“いま”のふたりの暮らしだった。
真希はそっと悠真の肩に頭を預け、ゆっくりと目を閉じた。
「……明日も、がんばろうね」
「うん。明日も、ふたりで」
重なる手のひらのあたたかさが、静かに夜を包みこんでいった。
――これは、“ふたりとひとり”の、未来へ続く物語。
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