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第4話「家族旅行と“会社の影”」


◆【束の間の、家族の休日】


「着いたー……! 久しぶりの旅行、最高!」


「結翔も、空気が美味しいって顔してるわ」


週末。

真希の提案で、久々に3人での家族旅行に出かけた悠真たち。


行き先は、緑あふれる温泉街に佇む静かな宿。

露天風呂付き客室を選んだのは、「もし泣いても周囲に迷惑をかけたくないから」という真希の思いやりだった。


チェックインを済ませ、部屋でひと息ついたとき――悠真のスマホが震える。


画面に表示されたのは、社内グループチャットの通知。


【社内レクリエーション旅行中@温泉地】


送信者:総務部・新田茜

添付画像:宿の玄関前で並ぶ社員たちの集合写真。


「…………は?」


悠真の目が、一瞬で固まった。


「……ちょ、ちょっと待って、これ……」


◆【まさかの、“同じ宿”】


見覚えのあるのぼり旗。ロビーの壁紙。玄関前の石灯籠。


――完全一致。


「まさか、被ったの?」


「嘘でしょ……この宿、結構有名とはいえ、そんな偶然ある?」


しかも、写真の端にはしっかりと氷室結衣社長と橘理沙副社長の姿が映っている。

さらに、悠真の同期・瀬川陽翔も、その後方でピースサイン。


「マジで来てんじゃん……全員……!」


「悠真、私たち、今、完全に――鉢合わせしてるってことよね……?」


「とりあえず……部屋から出るな、絶対」


「でも、食事どうするの?」


「……部屋食で本当に良かった」


◆【ロビーでの、まさかの“再会”】


夕方。

結翔を抱っこしてオムツを捨てに出た悠真は、エレベーター前でバッタリと――


「……お?」


「……うわ」


そこにいたのは、同期の瀬川陽翔だった。


「あれ、悠真じゃん。なんで……って、そっか。いや、ごめん、普通にプライベート?」


「しーっ! まじで、声抑えて……っ!」


「……ああ、そっか。社内にはまだ秘密か……」


陽翔は目を細めて、静かに頷いた。


「安心しろ、言わねえよ。てか、あんだけ“社内極秘”って言ってたんだ、まさかこんな奇跡的なバッティングになるとは……なあ」


「ほんとだよ……しかも社長も副社長も来てるんだろ?」


「うん。たぶん、いちばん面白がってるのは理沙さんだな。あの人、探偵ごっこみたいなこと大好きだから」


悠真は頭を抱える。


(頼むから、真希さんと結翔には近づかないでくれ……)


◆【そして、その頃――】


一方その頃、館内の中庭を散歩していた結衣社長と理沙副社長。


「ふふ、今日の夕食、豪華だったね。鹿肉のステーキ、最高だったわ」


「でも私ね、もうひとつ楽しみがあるの」


「なあに?」


理沙はそっと、スマホを取り出した。


「この宿、春日井真希が予約してたって、こっそり聞いたの」


「えっ……まさか、彼女もこの宿に?」


「さて……今夜、遭遇するかどうか――楽しみね」



◆【“すれ違い”という名の攻防】


午後7時――

家族3人は部屋食で夕食を終え、結翔を寝かしつけようとしていた。


その隣、宿の宴会場では――

ルクシア社員旅行チームが、ちょうど夕食の真っ最中。


「よし、完璧に被ってない……!」

悠真が窓の外を見ながら、深く安堵の息をつく。


「このまま、朝食も時間ずらしてもらえれば……完走できるかも」


「まるで社内潜入任務ね……」


「まじで“家族保護プロジェクト”だよ、これ……」


ふたりは顔を見合わせ、小さく笑う。


◆【だが、油断はできない】


その夜――

結翔が夜泣きを始めたのは、ちょうど午後10時を回った頃だった。


「ふぇ……えええ……!」


「うわ、ごめん、ちょっと声が……!」


「おいで、結翔……大丈夫、大丈夫……」


真希がゆっくりと抱き上げ、背中をぽんぽんと叩きながら、揺れるように歩く。


その声が、隣の宴会場の廊下付近に――微かに、響いていた。


◆【理沙副社長、動く】


「……今、赤ちゃんの泣き声、聞こえなかった?」


「え?」


「さっきまでなかったのに。おかしいと思わない?」


氷室結衣はグラスを置きながら、くすりと笑った。


「あなた、耳が良すぎるのよ。でも……確かに、聞こえた気がする」


理沙は立ち上がり、音のほうに足を向けようとしたそのとき――


「理沙さん、トランプやりませんか?」


社員のひとりが、無邪気に声をかけた。


「あ……うん、あとで。先にちょっと――」


「理沙さん! 鹿肉ステーキおかわりですよ!」


「…………ああもう、もうちょっとで確信持てたのにぃ……!」


不本意そうに席へ戻る理沙。


だが、瞳の奥にはすでに確信に近い“気づき”が宿っていた。


◆【翌朝――再びすれ違い】


朝食会場に降りた時間は午前8時すぎ。

チェックアウト予定の社員旅行組がまさにフロントに集まり始めた頃。


悠真は、真希と結翔をエレベーターに乗せたあと、

ロビーの手前でひと呼吸置いて――


「……よし、今ならまだいける。急ぎ足でロビー抜けよう」


「うん……でも、誰かに呼び止められたら?」


「俺が対応する」


覚悟を込めて歩き出す――その瞬間。


「あっ……!」


すれ違いざま、誰かが一瞬だけ、真希を見て――そして視線を外した。


それは――氷室結衣だった。


(……見た? 気づいた?)


ふたりがそう思ったのも束の間――

結衣は微笑みながら何も言わず、フロントへと向かっていった。


(……気づいたのか、気づいてないのか……)


だが、最後にふと理沙副社長が、笑いながら呟いたひとことが耳に残っていた。


「やっぱり、“あの人”が着ていたストール、春日井さんのにそっくりだったなぁ」


その言葉の“温度”に、悠真の背中がぞくりとした。



◆【チェックアウト直前――“その足音”は突然に】


午前9時50分。

ロビーには、チェックアウトを済ませた観光客や社員旅行グループが集まり始め、少しずつざわめきが増していた。


悠真と真希は、結翔をベビーカーに乗せ、ひっそりと裏側の出入り口へ向かおうとしていた。


(もう少し……あと数分で出られれば――)


だが、運命のように――その背後から聞き慣れた声が響く。


「……おふたりとも。せっかく同じ宿に泊まったのに、声をかけずに帰るつもり?」


ぴたり、と足が止まった。


振り向けば、氷室結衣社長と、橘理沙副社長がそこにいた。


真希は自然と身構え、悠真は無意識にベビーカーの前へと立った。


だが、ふたりの上司は、それ以上なにも言わず、ゆっくりと歩いて近づいてくる。


「ずいぶん、可愛い子を連れてるわね。……その子、春日井さんにそっくりだわ」


理沙の冗談とも本気ともつかぬ言葉に、悠真が口を開きかけた瞬間――


「理沙」


結衣が、柔らかく静かな声で制した。


そして、彼女は真希に優しく微笑んで言った。


「心配しないで。わたしたちがここに来たのは――“確認”のためじゃない。“祝福”のためよ」


真希の肩が、僅かに震える。


「……結衣さん……」


「あなたが選んだ人生を、私たちは尊重する。誰かに何か言われる筋合いなんて、どこにもない」


結衣は視線を下げ、ベビーカーの中の結翔にそっと微笑みかける。


「……こんにちは。あなたが、“ふたりの未来”なのね」


結翔はきょとんとした顔で社長を見つめ――ふにっと笑った。


その瞬間、全員の顔に自然と笑みが浮かぶ。


◆【副社長の“けじめ”】


だが、橘理沙副社長はその笑顔を受け止めつつも、どこか芯のある口調で続けた。


「ただし、会社は会社。あくまで“仕事”の場としての距離は、あなたたち自身が守りなさい」


「はい……」


真希は静かに頭を下げた。


「それと」


理沙は少し微笑んで、悠真にだけ聞こえるような声で囁く。


「この子が大きくなる頃、あなたは立派な“父親”になってるんでしょうね。……期待してるわよ、課長の夫くん」


「……努力します」


悠真は、しっかりと頷いた。


◆【ふたりの後ろ姿に、込めた願い】


社長と副社長はそれ以上なにも言わず、その場を後にする。


その背中を見送りながら、真希はそっと息を吐いた。


「……バレた、ね」


「うん。でも、守られた気がする。あのふたり、ちゃんと“私たちの味方”でいてくれた」


「……そうね。ああ、やっと……心から、“家族”になれた気がする」


◆【“隠すこと”が、すべてじゃない】


結翔の手が小さく動いて、ふたりの指に触れる。


“家族”という形に、ルールも順序もない。


あるのはただ、選んで、歩いて、守るという“覚悟”だけ。


「さ、帰ろう。家に帰ったら、3人で写真撮ろうか」


「そうね。今日の思い出、ちゃんと残しておきたいわ」


空を見上げれば、澄んだ青空に春の光がまぶしかった。


――“秘密のままの幸せ”は、今日もまた静かに続いていく。


最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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