第2話「バレる!?配送伝票と哺乳瓶事件」
◆【朝のドタバタ、そして“それ”は落ちた】
「悠真ーっ、結翔のおむつ入れ、持った?」
「わ、わかってるって……あれ? えっと、あれどこ置いたっけ……」
いつものように、慌ただしい朝。
結翔は寝起きに少しぐずっていたが、ミルクを飲んでご機嫌。
真希は髪をまとめながら、悠真のスーツの肩にほこりを払い、ネクタイをきゅっと整える。
「よし、じゃあ行ってくる。真希さんも無理しないでね」
「ええ、あなたも……あ、待って」
「ん?」
「カバン……哺乳瓶、入ってる」
「えっ」
真希が指をさしたのは、悠真のビジネスバッグのサイドポケット。
そこには――昨日使った小さな哺乳瓶が、無造作に突っ込まれていた。
「……これ、会社で見られたらアウトよ」
「……す、すぐロッカーにぶちこむ!」
玄関で苦笑し合いながらも、互いに手を振って家を出た。
……そのほんの数時間後。
◆【予兆――“あれ、これ誰の?”】
昼下がり。ルクシア本社、総務部前。
「えーっと、春日井課長宛の……えっ、ベビーカー? って書いてあるんだけど」
総務の若手社員・新田茜が、届いた配送伝票を見て小首を傾げた。
「でも、課長って独身じゃなかった? 結婚とか聞いたことないし……」
「社宅宛じゃないよね。会社のフルネームだし……うーん、個人配送と間違えたのかな」
茜はしばらく悩んだ後――
「とりあえず、本人に確認してみる?」
その時だった。
「ちょっと待って。それ、こっちで預かっておきます」
声をかけたのは、通りすがりの橘理沙副社長だった。
表情はあくまで自然。
しかし、その目には確かに「危機回避モード」の光が宿っていた。
「春日井さんには、あとで私から渡しておくから。ありがとうね」
「は、はい……!」
新田が頭を下げると、橘は静かに伝票と荷物を受け取り、その場を離れた。
その足取りは――さながらスパイのように静かで速やかだった。
◆【社長室にて、短くも的確な指示】
「ふう……ギリギリね」
社長室に戻った橘は、ソファにいた氷室結衣社長に伝票を見せた。
「春日井さん、会社に直送したの? ベビーカーなんて、さすがに目立つわよ」
「彼女、今きっと寝不足と育児疲れで、判断鈍ってたのよ。これ以上は私たちがフォローするしかないわね」
氷室社長は微笑むと、携帯を手に取り、真希にメッセージを送る。
『春日井さん、会社宛の荷物、こちらで預かりました。次からは私宛でどうぞ。』
そして、橘にひとこと。
「私たち、影の保護者ってところね」
「いいわよ。ふたりには、幸せになってもらわないと」
◆【“それ”は、静かに落ちた】
午後の会議が終わり、悠真はほっと一息ついて席に戻った。
「ふぅ……コーヒーでも淹れにいくか」
そう思い立ち、いつもの癖でビジネスバッグを肩から外す――
その瞬間だった。
カラン。
「……あ」
乾いた音とともに、バッグのサイドポケットから、
小さな透明ボトルが机の下に転がり出た。
――哺乳瓶。
しかも、昨日の夜、真希が「これ、明日消毒しなきゃ」と言っていた、あのミルクの香りがまだ残っているやつ。
(……終わった)
時間が止まる。
斜め後ろのデスクから、進藤あかりの視線。
その隣、赤井美波も口元を押さえて――肩を震わせていた。
◆【“知ってる女たち”のフォロー】
「ん〜〜……これはあれね」
赤井美波がさりげなく立ち上がり、哺乳瓶を拾って、
ふわっと笑いながら悠真のデスクに置く。
「最近さ、私の姉の子も哺乳瓶なくして大騒ぎしてたんだよね〜。
あれ、どこでも転がるから困っちゃうよねぇ、ね、進藤さん?」
「うんうん。うちの弟のとこもまさにそう。鞄に入れてたらいつの間にか落ちてたって。
ベビーママあるあるよね」
ふたりの演技力はプロ級だった。
まるで「よくある話」として処理するテンポの良さに、近くの社員たちもさほど気にせず笑って流していく。
悠真は、心の中でふたりに何度も頭を下げた。
(美波、あかり……ありがとう……!)
◆【春日井課長、社長室へ】
その頃、開発部フロアから少し離れた社長室では――
春日井真希が、少し緊張した表情でドアをノックしていた。
「お時間、いただいてすみません……」
「どうぞ」
社長席に座っていた氷室結衣が、静かに微笑む。
「荷物の件よね? ううん、気にしなくていいのよ。むしろ、うっかりしちゃうほど、今が忙しいってことでしょ?」
真希は、しばらく黙っていたが……やがて、静かに声を落とす。
「……本当は、もっと余裕がある母親でいたかったんです。でも、全然で。毎日、自分のことでいっぱいいっぱいで……」
その目尻に、涙が浮かんでいた。
氷室は席を立ち、そっと真希の肩に手を添える。
「母親って、余裕がなくてもいいの。
むしろ、迷ったり悩んだりするからこそ、“母親”なんだと思うわ」
「……結衣さん……」
「大丈夫。あなたは、ちゃんとやれてる。私はそう思ってるし、あの子も、悠真くんも――きっと、同じよ」
その言葉に、真希は小さくうなずいて、こぼれた涙をハンカチで拭った。
◆【帰宅後の報告】
夜、リビングでミルクを飲み終えた結翔を寝かせたあと。
ソファに座るふたりの間に、今日の一件が共有される。
「マジで、哺乳瓶、落としたときは死んだかと思った」
「でも……美波さんとあかりさんが気づいてフォローしてくれたのよね」
「うん。もう感謝しかない。あのふたり、知ってるってのが信じられないくらい自然だった」
「……あのふたり、きっと自分が結婚して子育てしてたら、私たちみたいな夫婦でいたいって思ってくれるんじゃないかしら」
悠真はうなずいて、そっと真希の手を取った。
「そう思ってもらえるように、もっとがんばろう。俺たち」
「……うん。守りたいわ、この日常」
ふたりの間に、結翔の寝息が静かに響いていた。
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