第10話「新しい命、新しい家族、そして――」
◆【春風のような朝】
春の風が、そっとカーテンを揺らした。
まだ朝靄の残る時間、悠真は目を覚まし、隣で眠る真希の横顔を見つめる。
丸くなったお腹に、そっと手を添える。
「……おはよう、赤ちゃん」
その呟きに、真希が目を細めて微笑んだ。
「ふふ……先に挨拶されたわ」
「だって、俺より先に目が合った気がしたから」
ゆっくりと体を起こす彼女の動作に、悠真はすぐに背を支える。
妊娠後期に入った真希は、少し歩くだけでも疲れやすくなっていた。
それでも彼女は、顔をしかめず、笑ってこう言う。
「ねえ悠真……もうすぐだね、会えるの」
「うん。……会えるんだ、俺たちの赤ちゃんに」
◆【社内の変化と、“彼”の責任】
ルクシアの社内では、変化が静かに進んでいた。
春日井課長の姿が見えない日が増え、高槻悠真の仕事量が一気に増えた。
「悠真、企画書の件ありがとうな。君がいて助かったよ」
「資料、完璧だった。春日井課長の穴を、ちゃんと埋めてる」
役員や社員たちの評価が、自然と彼に集まり始めていた。
それでも悠真は、あくまで謙虚に――けれど真っ直ぐに働き続けていた。
「俺は、真希さんの分まで守らないといけないから」
その言葉に、村瀬翼は横でにやりと笑った。
「なんかさ、前より“父親の顔”になってるよ、おまえ」
「……まだ早いって」
「でも、お前の目には“守る人がいる男”の光がある」
悠真は何も言えず、けれど嬉しそうに視線を逸らした。
◆【小さな命の準備】
その日の夜。
ふたりはベビー用品のカタログを開きながら、名前の候補を出し合っていた。
「男の子だったら……“湊”とか、どう?」
「いい名前ね。響きがきれい。女の子だったら……“詩織”は?」
「……真希さんがそう思ってたってことは、たぶん詩織になるな、これは」
「え、なにその決定方法……」
ふたりで笑いながら、名前を選ぶ時間は、とても穏やかで、愛おしかった。
「どっちに似るかな。顔も、声も、性格も」
「全部半分こだといいな。……私の短気なところは、遺伝しないでほしいけど」
「俺の不器用さも、ほどほどで頼む」
ふたりは、そう言いながら手を取り合った。
◆【夜、手を重ねて――】
ベッドに入り、真希は丸くなったお腹をゆっくりと撫でる。
「悠真、私ね……この子に会うのが、怖くて、楽しみなの」
「うん。……俺も。ちゃんと守れるかなって、不安もあるけど」
「でも、あなたがいるから、私はここまで来られた」
そっと、手を重ねる。
「あなたが、私を信じてくれたから……“母親になる勇気”をもらえた」
「俺こそ、真希さんがいてくれるから、“父親になる意味”を知れたよ」
静かに、お互いのぬくもりを確かめ合いながら、キスを交わす。
優しくて、深くて――
まるで、新しい家族への誓いのように。
◆【そして、朝を迎える】
次の日の朝、悠真はふと、真希の寝顔に手を添えて囁いた。
「もうすぐだよ。……大丈夫。ふたりでちゃんと迎えよう」
窓の外には、芽吹いたばかりの若葉。
新しい命。
新しい家族。
そして、これからの未来。
ふたりは、それぞれの責任と愛を抱きしめながら――
小さな命を迎える準備を、静かに整えていた。
◆【深夜の陣痛】
――その夜、真希は突然目を覚ました。
「……ん、っ……」
横で眠っていた悠真が、微かなうめき声にすぐに反応する。
「真希さん? ……どうしたの?」
「……たぶん、きた……かも……」
痛みを堪えるように額に汗を滲ませ、真希はお腹をさすりながら小さく息を吐いた。
緊張が走る。
だけど、悠真は慌てず、深呼吸して携帯に手を伸ばした。
「病院、連絡するね。タクシーも呼ぶから。……大丈夫、俺がついてるから」
すでに準備していた入院バッグを手に取り、彼は真希の手を強く握る。
その手は、心なしか震えていた。
だけど――決意は、確かにそこにあった。
◆【分娩室の灯り】
「春日井真希さん、深呼吸して! あともう少しです!」
「う、うん……っ、ぁあ……!」
呼吸を整え、力を込める。
痛みに顔を歪めながらも、真希は必死に新しい命と向き合っていた。
ガラス越しに見守る悠真の手は、握りしめたまま汗で湿っていた。
「頑張れ、真希さん……頑張れ、頑張れ……」
そして――
「おぎゃあっ……おぎゃあああ!」
産声が響いた瞬間、悠真の目に熱いものがこみ上げてくる。
真希の腕に、小さな、小さな命が抱かれる。
「……あなたの、子よ。私たちの……赤ちゃん」
汗と涙で濡れた真希の頬が、そっと赤ん坊に触れる。
「――ようこそ、私たちのところへ」
◆【新しい家族の日】
退院の日、ふたりは小さな命を抱いて、晴れた空の下に立っていた。
悠真が優しく抱きしめるのは、まだ産着の似合う小さな男の子。
名前は【結翔】。
「“結ぶ”っていう字、真希さんと俺、そしてこの子が“つながってる”って意味で……」
「ええ、素敵ね……。ありがとう、悠真」
抱き合ったふたりと、真新しい命。
まるで未来そのものが、腕の中で呼吸しているようだった。
◆【社内の変化】
数日後、育休を取得した真希に代わって、悠真が社内での調整やプロジェクトの一部を任されることになった。
副社長の橘理沙は微笑みながら告げる。
「責任は大きいけど……君ならやれる。あの人を選んだあなたの覚悟、私たちはちゃんと見ているわ」
村瀬翼、赤井美波、進藤あかりもさりげなく支えてくれる。
「さすがにもう、“何かあるな”って気づいてたけどさ。……うん、おめでとう。家族が増えるって、いいな」
新田茜や桐谷颯太といった、最近入った若手社員の間でも、“どうやら春日井課長には深い理由があるらしい”という噂が静かに広まりつつあった。
けれど――誰もそれ以上を詮索しなかった。
ふたりの間に流れる静かで穏やかな空気が、何よりの証だったから。
◆【未来への第一歩】
夜。
ベビーベッドに寝かしつけた結翔の横で、真希はふと窓の外を見つめる。
「……私、母親になったんだなぁ」
「うん。でも“妻”でもあるし、“恋人”でもあるよ」
悠真が背中から抱きしめる。
「それに、これからもずっと……俺の大切な人」
静かに、優しく、そして深く。
唇を重ねたキスは、あの夜とは違う、“家族としての”確かな愛の証だった。
◆【エピローグ】
小さな手が、真希の指を掴む。
そのぬくもりは、何にも代えがたい、命そのものだった。
――出会ったあの日。
役所のロビーで拾った、小さな命。
今では、彼女自身が「新しい命」を抱きしめている。
「……ありがとう、悠真。あなたがいてくれて、本当によかった」
ふたりの手の中で、新しい未来がゆっくりと育っていく。
こうして――
《社会人3年目&妊娠出産編》は静かに、そして優しく幕を閉じる。
けれど、彼らの物語は、まだまだ続いていく。
次の一歩へ。
家族として、恋人として、そして“ふたりの親”として――
未来へ。
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