第9話「約束と、未来と、責任と… 揺れる視線、守りたい秘密。」
◆【出産準備、進行中】
「悠真くん、こっちのベビー服、見て。うさぎの刺繍、可愛くない?」
休日の午後。真希は穏やかな笑顔でスマホを見せながら、ソファの上に並べたベビー用品候補のスクリーンショットを見せてきた。
「可愛い。……でも、それもう十着目くらいじゃない?」
「だって選べないのよ。どれもこれも可愛すぎて……」
つわりも落ち着き、少しふっくらしたお腹を撫でながら微笑む真希は、どこか“母”の顔をしていた。
「……名前、そろそろ決めないとだな。男の子だったらどうする?」
「ふふ、悠真くんが決めてくれていいのよ。女の子だったら、わたしが候補あるから」
「え、ズルくない?」
「ママ特権です」
「反論できない……!」
こんな何気ないやり取りが、何よりも幸せだった。
だけど、その裏で、社内ではまた新たな“噂”が広がり始めていた――
◆【社内のざわつき】
「ねえねえ、新田さん。聞いた? 最近、春日井課長って、急に休憩時間に甘いものばっかり食べてるらしいよ」
「ほんと? しかも飲み物は常にルイボスティーとか……妊婦さんがよく飲むっていうアレ?」
「えっ……じゃあ、まさか……」
「でも相手誰だろう。課長って独身って聞いてたけど」
「桐谷くんは“絶対社内に相手いる”って言ってたよ。だって手作り弁当、最近中身が完全に“愛妻弁当”なんだもん」
新田茜、桐谷颯太、佐伯彩花、岸田大地、そして大谷千尋――
次々と“気づき始めた者たち”の視線が、春日井課長と、そして彼女の直属部下である悠真に向けられていた。
そんななか、真実を知る者は、わずかに三人だけだった。
村瀬翼、赤井美波、進藤あかり。
彼らは、“結婚していること”“妊娠していること”の両方を知っている。
ただ、それを誰にも漏らさず、時に遠回しにフォローしながら――
ふたりの“秘密”を守っていた。
◆【 父になる覚悟と、責任の重さ】
「最近、資料作りが丁寧になったな」
部長の柳瀬貴文は、ふと悠真の提出した書類を見ながら、つぶやいた。
「……ありがとうございます」
「責任感が出てきたというか……なんだろうな。“守るものがある”人の仕事に見える」
その言葉に、悠真の胸が熱くなる。
――守るもの。
真希と、お腹の中の新しい命。
「……俺、まだまだですけど……でも、ちゃんと“家族”を守れるようになりたいんです」
その目は真っ直ぐだった。
柳瀬は微笑み、静かに頷いた。
「だったら、覚悟を決めろ。“お前だけの人生”じゃなくなるってこと、忘れるなよ」
「……はい」
⸻
◆【ふたりの夜、未来を語る】
「今日、またお腹が動いたの。ほら、ここ……触って」
寝る前、真希はパジャマの上からお腹を撫でながら、悠真の手をそっと添えさせた。
「……ほんとだ。動いてる。……なんか、すごいな」
「ね?」
温かい手のぬくもりが、命を感じさせる。
「悠真くん、ねえ……もし生まれてきた子が、どっちに似ても、たぶんきっと大丈夫よ」
「なんで?」
「どっちに似ても、愛される子に育つと思うの」
悠真は照れくさそうに笑って、
「それ、俺への信頼込みってことでいい?」
「もちろん。だって、わたしが選んだ人だもん」
その夜、ふたりは静かに手をつなぎながら、
未来を想い――優しく、眠りについた。
◆【静かなざわめき】
翌日、社内の空気が、少しだけ変わった。
「春日井課長、最近ちょっと顔色違くない?」
「なんか……柔らかくなったっていうか……」
「高槻くん、ちょっと前まで残業ばっかりだったのに、最近定時帰り増えたよね?」
「あとさ、あのふたり、なんか“距離感”が絶妙じゃない?」
言葉には出さない。でも、視線だけがすれ違いの中で交錯していく。
――まるで、パズルの欠片がゆっくりと組み合わさっていくように。
それでも、まだ確証はない。誰も、核心には触れない。
だが、その“気配”が確かにあることに、悠真も真希も、気づいていた。
◆【村瀬翼の静かな問い】
昼休み、別室の応接ブースに呼び出された悠真は、先に待っていた村瀬翼の前に座った。
「高槻、お前……無理してないか?」
「……え?」
「春日井課長のこと。……お腹、もうそんなに目立ち始めてるのに、“隠し通す”って、かなり神経すり減らすぞ」
――全部、分かってくれていた。
「ごめん、無理はしてない。ただ……少しずつ、難しくなってるのは確かだな」
小さく息を吐いて、悠真はゆっくりと打ち明けた。
「……真希さんのお腹の中に、赤ちゃんがいる。性別はまだわからないけど……名前も、まだ迷ってる」
「……そっか」
村瀬は目を伏せてから、そっと笑った。
「それだけ大事に思ってるなら、俺らは何も言わない。赤井と進藤にも、ちゃんと伝えてあるんだろ?」
「……うん。ありがとう」
「ただし――」
村瀬は、まっすぐな目で悠真を見た。
「その覚悟、仕事でも“見せて”くれよ。父親になるって、そういうことだからな」
「……分かってる」
◆【真希の体調と、不意のトラブル】
その日の午後。
真希はプレゼン資料の修正を終え、立ち上がろうとしたとき――
「……っ」
突然、軽いめまいと立ちくらみ。
「春日井課長!?」
近くにいた後輩社員がすぐに支えたことで、大事には至らなかったが、社内はざわついた。
「大丈夫です……ごめんなさい、ちょっと貧血気味で……」
すぐさま、柳瀬部長が対応に入り、真希を休憩室へ案内し、静かに言った。
「無理はするな。それと……そろそろ、限界が近いんじゃないか?」
真希は小さく頷いた。
「……分かっています。でも、もう少しだけ……お願いしたいんです」
彼女の瞳には、強い意志があった。
◆【支える力】
夕方、会議後のオフィスで、進藤あかりと赤井美波がそれぞれ自分の席から、ふと目を合わせた。
言葉には出さずとも、共有した事実がふたりの間に流れる。
――あの時、悠真から聞いた“真希の妊娠”と“秘密の結婚”。
赤井はそっと手帳に、「春日井課長 体調注意」と書き込み、
あかりは業務スケジュールの調整案を作成していた。
「守るって、こういうことなんだね」
誰にともなく、あかりがつぶやいたその言葉に、
誰よりも“仲間”としての温かさがこもっていた。
◆【夜、ふたりきりの時間】
「今日は、ごめんね。……ちょっと無理しすぎたかも」
真希は、ソファに寄りかかりながら、お腹を撫でた。
「もう、無理しなくていいよ。俺が全部支えるから」
「でも……仕事も、わたしの生きがいだから」
「うん。でもね、今は……ふたり分の命、抱えてるんだから」
悠真はそっと、真希の手を握る。
「大丈夫。真希さんは、ちゃんと“お母さん”になれてるよ」
「……悠真くん」
目頭が、熱くなった。
彼の手のひらの温もりに、涙がこぼれそうになる。
「ありがとう。わたし……すごく、幸せ」
その言葉は、小さな囁き。
でも確かに、ふたりをつないでいた。
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