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第9話「「この愛が、私たちの答えになるなら」――秘密の四人会食と未来の決断」



◆ 【会食の場は、小さな焼肉屋】


「ここ、社長の行きつけなんですか?」

「ううん。昔から、陽翔が好きな店で。庶民的で、肩肘張らなくていいでしょ?」


京都の出張を終えた週末の夜。

場所は新宿の外れにある、小さな焼肉屋。


個室に集まったのは、たった4人。

――氷室結衣社長と、夫の瀬川陽翔。

――春日井真希課長と、夫の高槻悠真。


「社内でこの4人だけが、“同じ立場”って、ある意味奇跡よね」

結衣が笑いながらタン塩を焼く。


「ほんとだよなぁ。秘密のダブル夫婦会だね」

陽翔も嬉しそうにグラスを掲げた。


(この空間でだけは、誰にも隠さなくていい。

誰にも嘘をつかなくていい)


悠真は、真希の手をこっそり握りながら、静かに思った。


◆ 【結衣と陽翔、“交際0日婚”の真実】


乾杯を終えて少し経ったころ、

結衣がぽつりと打ち明けた。


「私たち、付き合ってなかったの。……交際0日で結婚したのよ」


「えっ、マジで?」

悠真の目が丸くなる。


「告白もプロポーズも、すべて“その日”。

なんなら最初にしたのは、“会社には内緒で結婚しましょう”って口約束」


「……すごい」

真希が、思わず呟いた。


「でも、不思議と怖くなかった。

この人なら、ちゃんと手を離さないって信じられたの。……一度も言葉にしなくても」


陽翔が照れたように笑い、

「その代わり、家ではメチャクチャ甘えてるけどね」と続ける。


◆ 【あの日、出会った少年の名前は】


「……春日井さん。

あなたたちは、どうして結婚という形を選んだの?」


氷室結衣の問いに、真希は一度箸を置いた。

少しだけ空を見上げるようにして、ゆっくりと語り出す。


「……あの日、市役所のロビーでした。

雨の中、びしょ濡れのリュックひとつで、椅子に座り込んでた少年。

それが――悠真でした」


陽翔も、息を飲むように静かになった。


「職員の方は、“児童相談所に連絡します”って事務的に言ったけど……

私は、どうしてもその背中を放っておけなかったんです。

声も出せず、ただ震えていたその子に、心が動いてしまった」


「それで、仮の保護者になったんですね……?」


「はい。最初は何もかもが手探りで……料理も、学校の手続きも全部初めて。

でも――彼が笑うたびに、

“誰かを守るって、こういうことか”って実感したんです」


(……真希さん)


悠真が隣で、そっとその手を握る。


「中学生、高校生になると……少しずつ、私の中の何かが揺らぎ始めました。

“母親”でも、“保護者”でもなく――

私は一人の“女性”として彼を見ていた。

それが罪だと思ったこともあります。だけど……」


「俺も、真希さんを“母親”じゃなく、“彼女”として見ていた。

その気持ちは、ただの勘違いでも依存でもなかったんです」

悠真が静かに言葉を重ねた。


「……私は、悠真の言葉に何度も救われてきました。

この人と一緒にいると、“私は愛されてもいい存在なんだ”って思えるんです」


「40歳にして、やっと“本当に愛される”ってことを知った」

真希の言葉に、結衣と陽翔は目を伏せて頷いた。


◆ 【それでも、まだ戦いは続いていく】


「でも――この幸せを守るには、まだまだ世間と戦わなきゃいけない」


「“母親”として、“彼女”として、“一人の女性”として――

私は、私の人生をこれからも生きていきます」


言葉には、確かな意志があった。

それは、迷いや罪悪感ではなく、

“愛を選んだ人間”の強さだった。



◆ 【真希と悠真、“家族から夫婦になった理由”】


室内の空気が、少しだけ静かになった。


真希は、焼き網の火を見つめながら、ゆっくりと語り始めた。


「悠真の両親……彼が中学生のときに、事故で亡くなって。

うちの遠縁だった彼を、私が引き取ったの。

“育ての母”っていうより、ほんとは……」


「家族ごっこをずっと演じていたようなものだったのかもしれません」

悠真が言葉を継ぐ。


「でも、高校を卒業する頃には――もう、“演技”じゃいられなくなってた」


「私も彼も、それを“罪”だと思って逃げたこともありました。

でも……いま、こうして隣にいられるのは、選んだからです。

“血より深く、誰かを愛する”ということを」


結衣と陽翔は、何も言わずに頷いていた。

その瞳は、どこか静かで優しい。


◆ 【陽翔、“報告済み”の事実を語る】


「そういえばさ」

陽翔が箸を置いて、思い出したように話す。


「俺たちの結婚、数人にはもう話してあるんだ。

副社長の橘理沙さんと、あとは同期の村瀬・赤井・進藤の3人には」


「えっ……」

悠真が驚く。


「大丈夫、誰にも言わないって信頼してる人たちだから。

むしろ“早く報告すれば?”って背中押されたくらいでさ」


「……そっか」


◆ 【ふたりが選ぶ“次の決断”とは】


会食の帰り道。

夜風に髪をなびかせながら、真希がぽつりとつぶやいた。


「……ねえ、悠真」


「うん?」


「少しだけ、気が楽になったかも。

“私たちだけじゃない”って、思えるだけで」


「じゃあ、そろそろ……俺たちも、“次の一歩”を考えようか」


「……次の一歩?」


「本当に信じられる人にだけ、少しずつ伝えていく。

いつか、“堂々と手をつなげる”日を作るために」


「うん……。それが、“未来の私たちのため”なら」


そっと、ふたりは歩きながら、

手と手を、ゆっくりと重ねた。


【第9話・完】



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