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番外編 最終話【結婚記念日と“非公表のまま”の愛】 :「言えない。でも、誰よりも確かな愛がここにあり… 誰にも見えないけれど、一番深い愛が、ここにある」


■7月、ある雨の夜


しとしとと降る小雨。

都内の住宅街に佇む一室のリビング。

ふたりきりの空間に、温かい灯りが灯っていた。


「……今日で、1年だね」


悠真がぽつりと口にすると、

キッチンでグラスを拭いていた真希が、ゆっくりと振り向いた。


「そうね。……もう1年。

誰にも言わず、指輪も隠して、名字も変えないまま――それでも、あなたの妻でいる日々」


彼女は静かにソファに腰を下ろし、悠真の隣へ座った。


「……ねえ、後悔してない?」


「あるわけないでしょ?」


その返事はあまりに即答で、

悠真は思わず小さく笑った。



■誰にも言えない愛を、それでも祝う


ふたりで囲むテーブルには、悠真がこっそり予約していた仕出しのコース料理。

シャンパン代わりのスパークリング白葡萄ジュースが冷えていた。


「乾杯、しよっか」


「なにに?」


「“お互いを選んで、1年貫いたふたり”に」


小さく、静かに、グラスが鳴る。


音は小さいのに、心に響いた。



■言葉ではなく、“時間”がすべてを語る


「この1年、“奥さん”って呼びたい瞬間が何度もあった」


「私も、“あなたの夫です”って誰かに言いたい瞬間が、あった」


でも言わなかった。

会社では、夫婦ではなく上司と部下。

帰宅しても、ふたりきりの生活は“秘密”。


「ねえ、真希さん」


「……なに?」


「いつかさ、全部言える日が来るかな。

会社の人たちにも、家族にも、堂々と“夫婦です”って」


真希は少しだけ目を細めてから、彼の肩にもたれた。


「……“言えるようになったから”じゃなくて、

“言わなくても誇れる”夫婦でいましょう」


「……うん」



■“記念日”の夜に、誓う未来


夜も更けた頃。

ふたりはベッドに並び、静かに手を重ねる。


「ねえ、悠真くん」


「うん?」


「来年の今日も、ふたりでいられる?」


「違うよ」


悠真は、すっと手を彼女の薬指に重ねた。


「“ずっと”いられるよ。何年先も、何十年先も、俺はあなたの夫だから」


真希の目尻が、そっと緩んだ。


「……ずるいわ。そういうの、一番嬉しいのに」


その夜――

ふたりは誰にも見せられないまま、

“誓い”だけを、確かに重ね合った。


■“堂々とできない愛”と、それでも選んだ日々


「結婚記念日、おめでとう」


そう言って乾杯したあと、ふたりは小さなテーブルで静かに料理を楽しんだ。

手作りではない。外で買ってきたお祝い料理。

だけど、それでよかった。


真希は箸を持つ手を止めて、小さく呟いた。


「……去年の今日、婚姻届を出したあと。役所の帰り道で、あなたが“走って追いかけてきた”こと、今でも忘れられないわ」


「真希さんが、自分だけで帰っちゃったからでしょ。

あれ、正直ちょっとショックだったんだから」


「……怖かったのよ、きっと。

名前も、年齢も、立場も全部違うのに――“結婚”なんて、私、本当にしていいのかって」


真希はグラスの底を見つめながら続けた。


「でも今なら言えるわ。

“あの日、ちゃんと待っていてくれてありがとう”って。

あなたが手を握ってくれたあの瞬間、ようやく私は“この人と歩いていい”って思えたの」



■その手を、今も重ねている


ふたりでソファに移る。

テレビもつけず、ただ静かに身を寄せ合って。


悠真は、真希の左手の薬指にそっとキスを落とした。


「指輪……見せびらかしたいなぁ、本当は」


「……ダメよ。会社で外すの、もう慣れちゃった」


「じゃあ今日は、いっぱい見せてよ。……ここだけの奥さんでいいからさ」


「ふふ、もう。ほんと、ずるいんだから」


そのあと、ふたりは自然と唇を重ねた。

何度も、深く、確かめ合うように。


手のひらから伝わる鼓動も、呼吸のリズムも――

何よりも雄弁に、“夫婦であること”を語っていた。



■“非公表のまま”という覚悟


ベッドに入る頃、真希はぽつりとつぶやいた。


「ねえ悠真くん。……このままずっと、秘密のままでいられるかな」


「いられないかもしれない。でも、バレたとしても後悔しない」


「……私もよ。

あなたと結婚したことを、恥ずかしいと思ったことなんて、一度もないわ」


そう言って目を閉じた真希の頬に、

悠真はそっと唇を寄せた。


「来年も、再来年も、ずっとこうしていようね」


「ええ。毎年、“ここだけの記念日”で、いいの。

誰にも知られなくても――

私の一番深いところで、あなたは“夫”だから」



■灯りの消えた夜に、静かに深まる絆


その夜。

ふたりの寝室には、静かに雨音が響いていた。


外は何も変わらず、

職場ではまだ“上司と部下”。


けれど、

たしかにこの部屋の中には――

“夫婦”の温もりが息づいていた。



✦ 番外編 完結 ✦


どこにも記されない、誰にも言えない――

けれど、ふたりにとって一番かけがえのない日。


「おめでとう、私たち」

その言葉が、確かに交わされた。


最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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