番外編最終話前【結婚後の“兆し”編】 :「誰にも見られていないと思っていた、その仕草… あなたたちの目が、“答え”でした」
■社内、昼下がりの応接ブース
午後の短い休憩時間。
社内のフリースペースで、真希が悠真に資料を返していた。
「ありがとう。助かったわ。……これ、夕方の分よね?」
「はい。こっちも整えておきました」
表向きはあくまで“業務連絡”。
けれど、資料を渡す手がほんの一瞬触れ合い、
ふたりが軽く目を合わせるその一瞬――
“誰かに見られている”ことに、気づいていなかった。
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■視線の主――それは、総務部の新入社員・橘凛
真希の後ろから、そっとそれを見ていた一人の女性社員がいた。
「……あれ?」
橘凛。入社1年目の総務部スタッフ。
観察眼が鋭く、誰に対しても礼儀正しいが、内心では人間関係の“温度差”をよく見ているタイプ。
(高槻さんと課長……資料の受け渡しにしては、距離が近くない?)
“恋人”とは思っていない。
だが、あの一瞬の“柔らかい空気”――
まるでプライベートの会話のような目の動きに、何かが引っかかった。
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■その違和感は、社内に少しずつ“染み出していた”
・会議中に呼吸が合いすぎる
・資料の受け渡しが、やたらと“丁寧”
・どちらかが不在の日、もう一方が妙に落ち着かない
「……あのふたり、妙じゃない?」
誰かがポツリと言うと、周囲は笑い飛ばす。
「まさか〜、あの真希課長が? あれは“信頼してる部下”ってやつよ」
でも――橘凛だけは笑わなかった。
(ううん……“そうじゃない”空気を、わたしは見た)
彼女の疑念は、少しずつ静かにふくらんでいく。
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■そして、決定的な“兆し”
ある金曜の夕方。
社内報チームが社内の「働く手元スナップ特集」を撮影していた。
悠真のデスクに置かれた書類と、マグカップ――
そこに映り込んだのは、左手薬指のリング。
一見シンプルなプラチナ。だが、それは“ただの装飾品”には見えなかった。
「……これ、結婚指輪……だよね?」
その場にいた橘凛の目が、一瞬鋭く光った。
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■静かに進行する、“気づき”
橘はすぐには誰にも言わなかった。
むしろ、確信を得るまで、黙って“観察”を続けようとしていた。
(このまま気づかなかったフリをするか、それとも――)
真希と悠真。
“ふたりの空気”は確かに、“普通の上司と部下”ではなかった。
■橘凛、動き始める
月曜の朝、橘凛はひとり、資料整理のために営業部フロアへ入った。
真希と悠真――ふたりはいつも通りに装っていた。
だがその姿勢が“完璧”であればあるほど、逆に違和感が際立つ。
(見られていることに気づいてる。でも、あえて何も変えない。それが逆に“本物”っぽい)
ふたりが交わす視線。
他人には業務連絡にしか見えないその一瞬が――
彼女には「恋人の呼吸」に見えてしまっていた。
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■決定的な証拠を得る、つもりだった
休憩時間。
橘は、さりげなく悠真の席の近くを通った。
「高槻さん。……あの、すみません。今日の稟議、印鑑を預かってもいいですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
悠真は穏やかに印鑑ケースを渡す。
その動作に何の不自然さもなかった。
……が。
そのとき、ふと覗いたデスクの上――
“革張りの指輪ケース”が、少しだけはみ出ていた。
橘の視線が止まる。
(これは……)
ほんの一瞬だった。
悠真はすぐに気づき、さりげなくノートを重ねて隠した。
「すみません、散らかってて」
「……いえ」
その場では何も言わなかった橘。
だが、その瞬間――彼女は“確信”を得てしまった。
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■問いかけは、しなかった
その日、橘は真希とふたりきりになれるタイミングを狙っていた。
しかし、いざ対面すると――言葉が出てこなかった。
(言ってどうするの? 咎めるの? 告げ口するの?)
「……課長って、休日もスーツっぽい服着てるんですか?」
「……え?」
「いえ、なんとなく。
プライベートでも、きちっとしてそうだなって思っただけです」
「……ふふ、ありがとう。そう見られるのは、嫌いじゃないわ」
その笑顔に――
“恋人”でありながら、すべてを押し隠して生きる覚悟が見えた。
(あの人、誰よりも強い顔をして、たぶん、誰よりも孤独だ)
橘は、問いかけるのをやめた。
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■夜、ふたりきりの部屋で
「……今日ね、ちょっとヒヤッとした。
デスクに指輪の箱、出しっぱなしだったの、完全に俺のミス」
「……気づかれた?」
「たぶん、橘さんに。……でも、何も言われなかった」
真希はしばらく黙って、ふぅと息を吐いた。
「言わない、っていう選択をしてくれる子なら、まだ信じられるわね」
「うん。でも、もう限界かもしれない。
こうやって隠し続けることが、彼女たちの“善意”に乗っかってるだけの気がしてきた」
悠真は言う。
自分たちの関係を“守る”ことが、いつしか“誰かに委ねること”になっているのではと。
その言葉に、真希は手を重ねた。
「じゃあ、次に誰かに聞かれたら――言おう」
「……いいの?」
「覚悟はできてる。
あなたの“妻”になった以上、私はもう“孤独”じゃないから」
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■後日、橘凛の胸の内
その夜、橘は帰宅途中の電車で、ふたりの会話を思い出していた。
(やっぱり、そうだったんだと思う。
でも――そのことを“誰にも言いたくない”って、初めて思えた)
あのふたりの目は、すべてを物語っていた。
仕事の顔も、距離感も、完璧に装っていたけれど――
“愛している”という真実だけは、目に滲んで隠しきれなかった。
⸻
■ふたりだけが知る愛の重み
それでも、ふたりは明日も同じフロアで、
“何も知らない顔”をして仕事をする。
けれどそれはもう、
「バレないように隠す」ためじゃない。
「誰かに強要されても、奪われないように守る」ために――
堂々と背筋を伸ばして、ふたりは並び立っていた。
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