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番外編⑩:桐谷・新田サブ展開 ――「彼女が選んだのは、揺るがない“覚悟”だった。そしてその背中を、もう追わない」


■桐谷:既婚者の“遅すぎた後悔”


「……ねぇ、最近、真希って綺麗になったと思わない?」


営業部の会議後、何気なく言ったその一言に、隣の新田が眉をひそめた。


「いまさら何言ってんだよ、桐谷さん」


「いや、わかってるさ。俺は既婚者だし、部下にそんな感情持っちゃいけないのも。

でもさ……男ってのは、“手に入らないから気づく”ことって、あるんだよな」


桐谷は、誰もいない会議室でコーヒーを一口。


「……うちの奥さん、もう2年、口聞いてくれないんだ」


その告白に、新田が少し驚いた表情を浮かべる。


「マジで?」


「“お互い忙しい”を理由にしてきたけど……たぶん俺、“夫”としても“男”としても、何もしてこなかった」


「……真希さんに言ったのか? そんなこと」


「軽くね。でも、相手にされなかったよ。“それは奥さんと向き合うべきでしょ”って。

まっすぐ言われた。……それが、たまらなく、格好良かった」



■新田:気楽な独身主義の、揺らぐ気持ち


その一方で――新田は新田で、最近妙に真希に優しいと言われ始めていた。


「お疲れ様です、課長。これ、昨日の取引先の資料、まとめておきました」


「あら、ありがとう新田くん。あなたって、やっぱり“気が利く”のね」


「ま、そろそろ本気出そうかなって思いまして」


――“本気”の意味は言わない。

だが、言わずとも誰かが感じていた。


(課長にだけは、ずっと見てもらっていたい)


独身貴族の気楽さも、仕事の余裕も、

“誰かを本気で想う”瞬間には、意味を失っていく。


(でも……遅かったかもしれないな)



■悠真の、見えない“嫉妬”


そんなふたりの視線や空気に、当然、悠真は気づいていた。


(……真希さんは、何も言わないけど。桐谷さんも新田さんも、たぶん“特別な目”で見てる)


彼女が誰かに微笑みかけるたび、心がざわつく。


――けれど。


ある夜。帰り際にふたりでエレベーターに乗った時、真希が静かに言った。


「……あのふたりのこと、気にしてるの?」


「……してないって言ったら嘘になる」


「でも、私の心はもう決まってるわ。

――あなた以外は、何があっても“揺れない”の」


その言葉に、悠真は息を呑んだ。


「……ありがとう。信じてる」


「信じなくていいのよ。

“見てて”。私は、ちゃんと“あなたの隣”を歩いてるから」



■桐谷・新田、それぞれの“決意”


◇ 桐谷は――

週末、妻に久しぶりに手紙を書いた。

「今日、真希という後輩に“本気で怒られた”」と。

「もう一度だけ、やり直せませんか」と。


◇ 新田は――

異動願を自ら出した。

「このまま、ずっと“部下として甘える”関係にはいられないと思ったから」と。

それは逃げではなく、前進だった。


ふたりとも、真希とは“何も始まらなかった”。

けれど――真希を通して、自分の人生を“変えよう”とした。


それが、彼女の影響力だった。



■そして、悠真の胸の内に


「……すごいな、真希さんって」


帰宅後、ソファで指輪を見ながら、悠真がぽつりと呟く。


「“誰からも想われる人”なのに、ちゃんと“僕だけ”を選んでくれる」


そして心の中で、静かに決意する。


(だから僕も、“この人だけ”を、ずっと守っていこう)


■桐谷:残された“家庭”と向き合う決意


翌週。桐谷は、静かな覚悟を胸に自宅のチャイムを鳴らしていた。


ドア越しに出てきたのは、無表情の妻だった。


「……どうしたの?」


「話したいことがある。……ちゃんと、話すから。ずっと避けてたことも、嘘ついてたことも、全部」


リビングの空気は重いままだった。

それでも、彼は語った。

真希に言われたこと――

「向き合わずに、逃げたまま“他の誰か”に救われようとするのは卑怯だ」と。


妻は最後まで黙っていたが、別れ際にたった一言だけ呟いた。


「……明日も来るなら、話してもいいよ」


その夜、桐谷は初めて「真希を諦める」という言葉の意味を知った。


それは、“忘れること”じゃない。

“いま隣にいる人”と、もう一度向き合おうとすることだった。



■新田:距離を置くことで守るという選択


新田は、新たな部署への異動を自ら申し出た。


誰も理由を聞かなかったが、真希だけは察していた。


「……寂しくなるわね」


「仕方ないです。

俺、課長に甘えすぎてました。たぶん俺、このままだと“期待してしまう”から」


「……ありがとう。そうやって言ってくれるあなたの優しさが、いちばん、苦しかった」


「俺もです。

でも――課長が誰かと幸せになるってこと、悔しいけど、嬉しいんです。

……それだけ、“好きだった”ってことですから」


そう言って、新田は一礼し、部屋を後にした。


別れではなく、“別方向の出発”。


彼にとって真希は、

“実らなかった恋”ではなく、“自分を成長させてくれた人”だった。



■悠真の“疑い”が、信頼へ変わる夜


その日の夜、真希の部屋。

静かにコーヒーを淹れながら、悠真がぽつりと聞いた。


「……正直言うと、桐谷さんや新田さんの視線、ずっと気になってたんだ」


真希は微笑む。


「それ、ちゃんと分かってたわ。あなたが少しずつ不機嫌になるのも」


「……怒ってたんじゃなくて、怖かった。

“自分より経験も余裕もある男”たちの方が、

あなたに相応しいんじゃないかって……」


真希はソファ越しに身を乗り出し、悠真の頬に触れた。


「でも私が選んだのは――“不安を隠さないあなた”なのよ」


「……真希さん」


「あなたはね、強く見せようとするんじゃなくて、“一緒に強くなろう”としてくれる。

それが、私にとって何よりの誇りなの」


その言葉に、悠真の心の奥の“棘”が、すっと抜けていくのを感じた。



■それぞれが選んだ道の先で


◇桐谷は――

数週間後、妻との距離が少しだけ近づいていた。

まだ“夫婦”とは呼べないけれど、毎晩の「ただいま」が返ってくるようになった。


◇新田は――

異動先の部署で新しい女性社員と出会い、

「なんか、あんた不器用だね」と笑われながら、少しずつ前へ歩き出していた。


“真希”という人は、

恋をくれたわけじゃない。

でも、人生を考えさせてくれた。


それだけで、彼らにとっては十分だった。



■そして、隣にいるひとへ


悠真は、真希の左手をそっと握った。

薬指のリングが、小さく輝く。


「……誰が何を思っても、もう怖くない。

“あなたが選んでくれた”って、それだけで戦える」


「大丈夫。私はちゃんと、あなたの“味方”でいるわ」


部屋の静けさのなかで、ふたりはキスを交わした。


誰にも見せない、だけど確かに交わした、愛の誓い。



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