番外編⑨:悠真の社内対応編 ――「だからこそ、彼は“真希の隣”に立てる男だと思った。あいつの“選ばない強さ”が、皆を納得させていった」
■気づいた者は、気づいていた
春の風が窓の隙間から入る午後。
柳瀬部長は資料をめくりながら、ちらりとフロアの中央を見る。
高槻悠真。入社2年目。
今や営業部でもっとも信頼される若手の一人だ。
「……あいつ、最近やけに落ち着いた顔するようになったな」
その変化に最初に気づいたのは、他でもない柳瀬自身だった。
(あの日、“彼女の夫です”と口にしたときの覚悟。それが、仕事に表れている)
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■“距離感”の違和感と、噂
だが、社内はそう単純ではなかった。
「……ねぇ、最近さ。課長と悠真くん、なんか仲良すぎじゃない?」
「課長って、あの真希さん? 嘘でしょ? あんなカッコいい女性が、年下に?」
「でもさ、ふたりの会話って妙に息合ってるし……下の名前で呼んでたって話も」
「え、それガチ?」
一部の若手女子社員たちが、昼休みにそんな“噂”を立て始めていた。
柳瀬はそれを耳にしながら、資料に目を戻す。
(気づく者は気づく。それでも“見抜けないようにする”のが、彼の凄さだ)
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■“誠実さ”で塗り替えていく
その日、柳瀬が社内を見回ったときのこと。
新人女性社員の報告を、悠真が真剣に受け止め、時にはメモを取り、時には目線を合わせて励ましているのが見えた。
「……わたし、こういう対応されると、ついドキドキしちゃう」
「あー、それわかる。でもさ、高槻さんって誰にでもあの感じよね。
ちゃんと公平で、絶対に踏み込んでこないっていうか」
「うん。“ちゃんとした人”なんだよね」
“嫉妬”が“尊敬”に変わる瞬間を、柳瀬は聞き逃さなかった。
(そういうことだ。噂じゃなく、態度で信頼を勝ち取る。それが、真希の隣に立つ男の条件)
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■ある日の雑談にて
夕方。営業会議のあと、柳瀬は何気なく悠真に声をかけた。
「最近……やりにくくないか?」
「……なんの話でしょう?」
「あの噂だよ。“課長と仲がいい”ってやつ」
「……正直、耳に入ってます。
でも、それを否定するよりも、“誠実に仕事をする”ほうが信じてもらえると思ってます」
その言葉に、柳瀬はわずかに笑った。
「……お前は、たぶん真希より“大人”かもしれんな」
「それはさすがに光栄すぎます」
そう答える悠真の目は、どこまでもまっすぐだった。
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■“隠された恋”は、見えない場所で根を張る
ふたりの関係は、社内ではいまだ秘密のまま。
けれど柳瀬は知っていた。
言葉にしなくても、
視線に出さなくても、
“本物の愛”は、誰よりも仕事に滲み出るものだと。
そして、それを一歩引いて見守るのが、上司の役割なのだとも。
(……守ってやれよ、絶対に)
そう心の中で呟いたとき、悠真がふと頭を下げた。
「……ありがとうございます。僕は、これからも変わらずやっていきます」
柳瀬は頷き、背を向けながら静かに思った。
(――あいつなら、大丈夫だ)
■社内イベントの日にて
その日はルクシア社内で、月に一度の“部門横断ワークショップ”。
普段接点の少ない部署同士で課題を出し合い、提案をまとめる日だ。
真希は運営側、悠真は参加チームの一員。
当然、直接会話を交わすことはない。
――が、誰よりも彼女の動きをよく見ていたのは、悠真だった。
(真希さん、今日も“完璧な課長”だ……)
それは恋人としての尊敬ではなく、社会人としての“誇り”に近いものだった。
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■そして、ある“選択”
ワークショップ終了後、懇親会として用意された軽食コーナー。
社員たちが自由にテーブルを囲み、部署の垣根を超えて歓談していた。
そのとき、営業部の若手女子社員・花井が話しかけてきた。
「高槻さんって、誰とも付き合ってないんですか?
今日も、女性陣の人気すごかったですよ?」
「僕ですか? ……いや、誰とも付き合ってないですよ。
というか、社内で恋愛する勇気ないです。バレたら地獄ですよね」
笑顔を崩さず、当たり障りのない一言。
「へぇ〜、意外と慎重派なんですね。でも、優しすぎて逆に罪ですよ」
「そうですか? じゃあ気をつけますね、無自覚罪」
軽妙に受け流しつつ、誰の手も取らない。
その距離感が、むしろ“真摯さ”として伝わっていた。
柳瀬は少し離れた位置からそれを見ていた。
(……選ばない、という選択で、彼は“守ってる”んだ)
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■“誠実さ”が噂を消す
その翌週。
「ねぇ、花井さん、結局あの噂どうだったの?」
「うーん、違うんじゃない? あんなに“誰にもなびかない人”、めったにいないよ」
「私も思った。あの人、ちゃんと“距離”を取ってくれる。
恋愛で浮かれてるとか、全然見えないもん」
「むしろ、ちゃんとした人なんだなって思った」
柳瀬は、コピー機の前で何気なくその会話を聞き流し、
目の前のレポートに目を戻した。
(いいぞ、悠真。お前のやり方で、ちゃんと信頼を築けてる)
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■“誰にも言わない”覚悟
その日の夕方。
柳瀬と悠真は、偶然エレベーターでふたりきりになった。
「……部長」
「ん?」
「もし、誰かに“バレる日”が来たら。
それでも、“恥ずかしくない自分”でいたいです」
「……ああ。俺もそう思うよ」
エレベーターの扉が開く直前、柳瀬は悠真の背中に向けてひとことだけ言った。
「……彼女を泣かせるな。それだけが、俺の条件だ」
「はい。絶対に」
扉が開き、光が差し込む先へ――
悠真は、まっすぐ歩き出した。
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■見守る者として
部長室に戻った柳瀬は、ふぅ、とため息をついた。
(上司ってのは、“ああいう背中”をただ黙って見てる役目だな)
彼の背中には、恋人への愛情も、社会人としての誠実さも、
そして――“選ばれた女の誇り”も、しっかりと背負われていた。
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