番外編⑧:上司との面談パート ――「あなたにだけは、知っていてほしくて、誰よりも、大切にしたい人なんです」
■その人は、ずっと“背中”だった
柳瀬貴文。
営業本部の部長であり、真希の直属の上司。
いつも無駄口を叩かず、部下の判断を尊重する静かなリーダー。
派手な賞賛も叱責もない。
だが“背中で教える”その姿勢が、入社当初から真希の憧れだった。
「柳瀬さん……今、お時間いただけますか? 少し……個人的なことで」
「ん。いいよ。部長室、空いてる」
(……私が“恋愛”の話を持ち込むなんて、柳瀬さんにとっては珍事かもね)
心臓が、鼓膜の奥で鳴っていた。
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■報告と決意
部長室。
閉ざされた空間の中、真希は背筋を伸ばして座っていた。
「実は、私……このたび、結婚しました」
柳瀬は少しだけ目を丸くし、それから静かに眉を上げる。
「そうか。……驚いたけど、君がそういう報告をしてくれる日が来るとは思ってたよ」
「……ありがとうございます。ただ、相手については……現状、まだ公表できない立場の人間でして」
「本社の社員、か?」
「……はい。ですが、職務上の線引きは徹底していますし、
直属ではありません。倫理規定に抵触しないよう配慮しています」
柳瀬は数秒黙ったあと、椅子に背をあずけてゆっくりと息を吐いた。
「……真希。俺は君の上司である前に、ずっと“成長を見守ってきた同僚”だ。
だからこそ、個人的には一言だけ、言わせてほしい」
真希が少し身構える。
「……はい」
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■“上司”ではなく、“人”としての祝福
「おめでとう。……君が誰かに“守られる”側に立てたことを、俺は嬉しく思う」
それは、真希が最も聞きたかった言葉だった。
「……ありがとうございます」
「それから――その“誰か”を、俺は知らなくてもいい。
ただ、君が彼と一緒にいることで、もっと柔らかくなるなら……それは、部下としても最高の変化だと思う」
真希は、その瞬間、涙が出そうになるのをこらえた。
(この人はやっぱり、ずるいほど優しい)
「ちなみに、俺が知ってる範囲の男じゃないよな?」
「……そこは、想像にお任せします」
ふたりの間に、小さな笑いが生まれた。
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■ドアの外へ――でも、心は少し軽くなっていた
「必要であれば、総務への報告ルートや、個人情報の管理フローについては協力する。
君の味方でいさせてくれ。これは、上司としての話だ」
「はい。ありがとうございます……本当に」
ドアを開けて、廊下に出た真希は、大きく息を吸った。
――誰かに言えた。それだけで、心がひとつ、ほどけた気がする。
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■帰り道、メッセージをひとつ
その日の帰り道。
悠真から「お疲れさま、今日は大丈夫だった?」というLINEが届いていた。
真希は短く返す。
「柳瀬さんに報告した。
“守られる側になれて、よかった”って言われたの。
……少し、泣きそうだったわ」
数秒後、返信が来た。
「それ、俺もいつか直接言いたいな。
真希さんは、誰かに守られるべき“素敵な女性”だから」
真希はスマホを胸に抱いて、微笑んだ。
(ありがとう。言える人がいるって、すごく救われることなのね)
■昼休み、ドアを叩く決意
「……失礼します。少しだけ、お時間をいただけますか」
悠真は、柳瀬部長の席を訪ね、静かに言った。
昼休み、オフィスの隅――ミーティングルーム。
窓のブラインドを下ろし、ふたりきりの空間で話が始まった。
「で、話っていうのは?」
緊張で喉が渇く。
けれど、覚悟は決まっていた。
「僕、真希さんと……結婚させていただきました」
柳瀬の視線が鋭くなる。
数秒の沈黙。
「……やっぱり、お前か」
「……はい」
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■部下として、男として
「彼女から聞いた。
“公にはできない相手だ”って。だが、ここまで言ってくるとは思ってなかった」
「……正直、迷いました。
でも――彼女を“ひとりで守らせる”ことだけは、もうやめたかったんです」
「なるほどな」
柳瀬は腕を組み、天井を見上げる。
「正直言って、俺は“恋愛至上主義”じゃない。
仕事は仕事、社内規範も守るべきだと思ってる」
「はい」
「だが――“言いに来た”ってことは、お前なりの“責任の取り方”なんだろ?」
悠真は深く頭を下げた。
「僕はまだ若いし、立場も経験も、彼女に比べたら足りません。
それでも――彼女を支える覚悟だけは、誰にも負けません。
……何があっても、守り抜きます」
⸻
■“男”と“男”の対話
しばらくの沈黙のあと、柳瀬はふっと息をついた。
「お前さ。もっとふわっとしたヤツかと思ってたよ」
「よく言われます」
「でも意外と……いや、芯があるな。
本当に、真希を泣かせるようなことはしてないんだな?」
「……泣かせてしまったことはあります。
でも、それでも“隣にいたい”と思ってくれた彼女を、今度こそ支えたいです」
柳瀬は立ち上がり、静かに言った。
「その覚悟、伝わったよ」
「……!」
「ただし、俺から言えることはひとつだけだ」
悠真が顔を上げる。
⸻
■上司からの言葉、それは“信頼”の証
「真希はずっと、自分よりも“他人”を優先してきた。
だからこそ――お前は“彼女を最優先できる男”であってくれ」
「……はい」
「社内ではまだ伏せるんだろ?」
「はい。僕の立場では、まだ難しいです。
でも、必要とあれば責任は取ります」
柳瀬は悠真の肩をポンと叩いた。
「よし。じゃああとは、“仕事”で見せてくれ。
真希の夫としてじゃなく――高槻悠真という一人の男として、な」
「……ありがとうございます」
その言葉に、悠真の胸の奥がじんわりと熱くなった。
⸻
■報告を終えたあと、ふたりのメッセージ
夜。
真希からのメッセージが届いた。
「柳瀬さん、何も言わなかったけど、顔がちょっと緩んでたわ。
……“あなたにしては上出来だ”って、あの人なりの最大級の褒め言葉かもね」
悠真は笑って、短く返した。
「真希さんを背負っていけるように、ちゃんと前に進みます」
そしてスマホを伏せ、ふと天井を見上げる。
――あとは、仕事で証明するだけだ。
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