番外編⑤:プロポーズ準備編 ――「あなたに、ただ“女性”として笑ってほしいから、本当はまだ何も起きてないのに、胸が痛い」
■はじまりは、小さなリサーチから
「なあ、美波先輩って、女性としてプロポーズされるならどんなのが理想ですか?」
唐突な質問に、赤井美波がコーヒーを吹きそうになる。
「ちょ、ちょっと悠真くん!? それ、誰かにプロポーズするつもりって意味よね? え、誰? まさか……え、まさか――!」
「違います違います。あくまで仮定の話です、仮定です」
(……ってことにしておかないと)
――悠真は動き始めていた。
彼女に“プロポーズ”するために。
ただの告白じゃない。年上で、上司で、母親のように自分を包んでくれる彼女を、一人の女性として幸せにしたい。
だからこそ、万全の準備が必要だった。
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■彼女が“母”じゃなくなる瞬間を、贈りたい
「真希さんが欲しがるものって、“高価なもの”じゃないと思うんだ」
休日。大学時代の友人と訪れた銀座のジュエリーショップで、悠真はそうつぶやいた。
「でも、“母親じゃなく、ただの女”として扱ってほしい、って気持ちは、きっとあると思う」
“守られる側”じゃなくて、
“女として愛される側”へ――
それは真希がいつか、不意に見せた目の奥にあった微かな光だった。
だからこそ彼は、煌びやかすぎない、それでも品のある指輪を選んだ。
彼女が好きそうな、プラチナの繊細なデザインに、誕生石をそっと埋め込んだもの。
「この指輪が、彼女を“女性”に戻す力を持ちますように」
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■タイミングという名の魔物
プロポーズする“場所”も、“タイミング”も、慎重に考えなければいけない。
社内イベント? いや、絶対ダメ。
夜景の見えるレストラン? バレる可能性がある。
彼女の自宅? リアルすぎて、日常の延長になる。
「特別な日でも、特別な場所でもなくていい。ただ――“真希さんが気を許せる瞬間”であることが、条件だ」
悠真はノートにメモを取りながら、プロポーズの“候補日”をいくつも並べては消していた。
“結婚記念日”なんてものはまだない。
けれど――
“指輪を渡す日”こそが、それになるのだ。
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■真希側にも“予感”が芽生え始めて
その頃、真希は真希で――どこか、落ち着かない日々を過ごしていた。
「悠真、最近……妙にそわそわしてる気がするのよね。
私に内緒で誰かと話してることも増えたし……仕事じゃなさそうな顔なのよ」
“第六感”というより、“恋する女の勘”。
彼が最近よくスマホを握って、何かを確認しているのも見逃さなかった。
(……まさか、浮気?)
と、疑ってしまうのが30代女性の悲しさでもある。
けれど、同時にふとこんな思いも頭をよぎる。
(いや、違う。……むしろ、私のために“何か”をしてくれようとしてる、そんな気がする)
そしてある夜。
ふたりで食事をしていたとき、真希がぽつりと呟いた。
「ねえ……私、昔は“サプライズ”とかあんまり好きじゃなかったの。
驚かされるのが苦手で、自分の反応に自信が持てなかったから」
「……でも、今は?」
「今は……あなたになら、驚かされてみたいと思ってる」
その言葉を聞いた悠真の手が、ピタリと止まった。
(……気づいてる? いや、気づいててもいい)
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■「その日」は、もうすぐ
準備は整った。
あとは、渡すだけ。
指輪は、あの小さなケースに収まって、静かに出番を待っている。
(真希さん。あなたが、もう一度“女”として笑えるように――)
(……この想い、ちゃんと届きますように)
■“その日”が近づいて
――金曜日の夜。
悠真は、一人暮らしの部屋のテーブルに、そっと小さな黒い箱を置いていた。
(場所は決めた。時間も、セリフも、覚えた。……あとは、勇気だけ)
明日の夜。
真希を、ある小さなレストランに連れていく予定だった。
予約も取った。
指輪は、ジャケットの内ポケットに滑り込ませるつもりだ。
(この一言を言えば、俺の人生は変わるんだ)
「結婚してください」
それだけの言葉が、どうしてこんなに重いんだろう。
けれど、その重さごと背負っていきたいと思える相手は――彼女しかいなかった。
⸻
■一方その頃――真希の夜
ベッドに横たわりながら、スマホで“女性向け結婚記事”を読む自分がいた。
――「年下男性との結婚、現実的なメリット・デメリット」
――「バツなしアラフォー女性は、再婚より初婚のほうが難しい?」
(ほんと、ろくでもないワードばっかり)
思わずスマホを閉じて、真希は枕に顔を埋めた。
(……でも、なんとなく“その日”が近づいてるって、感じてしまう)
悠真の視線。
彼の最近の落ち着き。
そして何より――“何かを決意している人の目”。
(もし、それが“プロポーズ”だったら……私は、ちゃんと受け止められる?)
“上司”でも、“母性の象徴”でもなく。
“ひとりの女”として、隣に立てる?
目を閉じると、彼が指輪を差し出す姿が浮かんだ。
胸が締め付けられるように苦しくなる。
「……まだ何も起きてないのに、なんで泣きそうなのよ……」
⸻
■準備の最後に必要なもの
土曜の昼。
悠真はレストランの近くまで来て、予約の確認を終えた後――
近くのブティックで、真希の好きな色のラッピングリボンを買っていた。
(指輪の箱、ちょっと固すぎるから……包み直して“柔らかく”しよう)
自分でも笑えるほど細かい気配り。
でもそれだけ、彼女の心に寄り添いたかった。
(これで……全部、準備は終わった)
ポケットの中で、小さな箱が熱を帯びるような気がした。
⸻
■“プロポーズ前夜”の電話
その夜――
「もしもし、悠真? 今日って……何か予定してた?」
突然、真希から電話がかかってきた。
声が、少し揺れている。
「うん。今日っていうか……明日、ちょっと“行きたい場所”があるんだけど。付き合ってもらえる?」
「……行く。絶対、行く」
「え?」
「ううん、なんでもない。……その、“あなたのそういうとこ”、好きだなって思っただけ」
その言葉の向こうで、彼女が何かを感じ取っていることは、もう明らかだった。
「……じゃあ明日、夕方。駅前のカフェで待ち合わせね」
「うん。……楽しみにしてる」
⸻
■“恋”から“覚悟”へ
電話を切ったあと、真希はそっと鏡の前に立った。
“ひとりの女”としての自分を映すように、唇に軽く指を添える。
「……明日、人生が変わるかもしれない」
恐れも、不安も、ある。
でも、それ以上に――
この恋に、答えたいと思えたことが嬉しかった。
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