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番外編③:真希が病む展開 ――「あなたの前では、強くいたいのに… 私が、あなたに“甘える日”」


■異変の始まりは、“声”だった


「……あれ、課長、声……」


水曜の朝。営業ミーティングの冒頭、進行を担っていた真希の声がかすれていた。


「すみません、ちょっと喉が……風邪かもしれませんね」


笑ってごまかそうとするが、悠真はすぐに違和感を感じた。

それは“風邪”なんて軽いものじゃない。

彼女の“目”が、まるで光を失ったみたいに虚ろだったからだ。


(………あの人、寝てないな)



■誰にも見せない“ひとりの女”の姿


社長との会議を終えた午後。

執務室に戻った真希は、誰にも気づかれないようにして、自分の机にうつ伏せた。


――最近、眠れない。


社内バレの気配。女子社員たちの視線。

悠真に向ける“冷たいふり”の言葉。


「私、なんのために頑張ってるんだろ……」


ひとりで抱え込んで、ひとりで処理して、

“年上の女”として、

“上司”として、

“母のような存在”として……

本当の自分を、誰にも見せられない。


その息はどこか、浅く、重たかった。



■悠真の“気づき”と、小さな決意


その夜。社内チャットでの一言。


悠真「課長、今日はお疲れさまでした。喉、大丈夫ですか?」

真希「ありがとう。大丈夫よ。少し休めば回復するわ」


――嘘だ。

彼女のタイピング速度も、文の温度も、普段とはまるで違う。


翌朝。悠真は覚悟を決めた。


「……課長、今日だけは“上司”としてじゃなく、“僕の大切な人”として、話を聞いてください」



■壊れかけた“真希”という女


昼休み、誰も来ない旧応接室。


悠真がドアを閉めると、真希は一瞬だけ目を見開いたが――すぐに視線を逸らした。


「……ダメよ、こんなとこでふたりきりなんて」


「それでも話したい。真希さん……あなた、限界が近い」


「……そんなこと、ないわよ。私は、ちゃんとやってる……部下に迷惑かけないように、上司として……」


そのときだった。


ぽたっ

机に、ひとしずくの水が落ちた。


「……っ……やだ、なんで泣いてるの、私……っ」


「泣いていいんです。今だけは、上司じゃなくて、“真希さん”でいてください」


悠真がそっと、彼女の背に手を添える。


「……私ね、こわかったの。あなたに嫌われるのが。年齢のことも、立場のことも、全部“重荷”なんじゃないかって」


「違います。僕にとっては全部が“好き”の理由なんです。真希さんじゃなきゃ、ダメなんです」


その言葉に、真希はようやく声を上げて泣いた。



■少しだけ“甘えること”を覚えた日


「……なんか、情けないとこ見せちゃった」


泣き止んだあと、彼女は照れくさそうに笑った。


「嬉しかったです。弱いとこ、見せてくれて」


「……じゃあ、少しだけ。今夜、私の部屋に来て」


「……え?」


「ひとりじゃ、眠れないの。今夜だけでいいから……隣にいて。何もしなくていいから、ただ……手を握ってて」



■夜の部屋で、“静かな誓い”


その夜。


薄暗い部屋で、真希の手を握りながら、悠真はずっと目を閉じていた。

彼女の寝息が静かに聞こえ始めたのは、日付が変わる頃。


“何もしない”なんて無理だと思っていた。

けれど――

“触れない強さ”を知った夜だった。



■翌朝、いつもの課長に戻った彼女


「おはようございます。……声、戻りました」


「ええ。心配してくれてありがとう。……昨日は、いい休息になったわ」


いつも通りの真希。

けれどその笑顔は、どこか柔らかくて、温かい。


彼女はまだ壊れていない。

“誰かに支えられる”ことを、少しだけ受け入れたから。


■その夜、静かなぬくもりに包まれて


真希の部屋は、落ち着いた間接照明と、薄く香るラベンダーの匂いに満ちていた。

ソファに並んで座りながら、ふたりはしばらく言葉を交わさなかった。


「……本当に何もしなくていいの?」


悠真がふざけたように言うと、真希はふっと笑って首を横に振った。


「いいの。今日は……ただ、そばにいてほしいの」


彼女がブランケットを膝にかけると、その下でそっと指先が触れ合った。

お互いの体温を、ただ感じ合うだけで――それでよかった。


「……私ね、強がってたの。

“年上なんだから”って。

“上司なんだから”って。

でも……あなたの前では、もうそれ、やめてもいい?」


「もちろん。真希さんが“ただの女の人”でいてくれるなら、僕は……“ただの男”で、そばにいたい」


そう言って、彼はそっと手を重ねた。



■泣いたあとに、眠れる夜


布団に入ると、真希はまるで壊れ物のように、そっと背を向けて横たわった。


「ごめんね、こんな姿……見せるつもりなかったのに」


「見せてくれてよかった。……“守ってあげたい”って、もっと強く思えたから」


真希の手を握ったまま、悠真は静かにまぶたを閉じた。


――数分後。


「すぅ……すぅ……」


聞こえてきた小さな寝息に、悠真は安堵の吐息を漏らす。


(ようやく、眠れたんだね)


真希はずっと、“一人きり”で戦っていた。

だけど今夜だけは――

誰かに寄りかかってもいいと、思えたのかもしれない。



■翌朝、柔らかな朝陽の中で


目が覚めると、隣にいたはずの真希がいなかった。

慌ててリビングへ出ると、キッチンからふわりと味噌汁の匂いが漂ってきた。


「おはよう。起こしちゃった?」


エプロン姿の真希が、微笑みながら振り返る。


「……あれ? 元気そうですね?」


「うん。なんかね……久しぶりにちゃんと寝たって感じ。

やっぱり“誰かがそばにいる”って、安心できるのね。年齢とか、関係なく」


彼女の笑顔は、どこか“母性”ではなく、“恋人としての柔らかさ”を宿していた。


「……じゃあまた、そばにいてもいいですか?」


「……ええ、もちろん。今度は私から“お願い”するわ。あなたの隣がいいって」



■社内での、ささやかな変化


数日後。

復調した真希は、再び“鉄の女課長”としての姿を見せていた。

だが、よく見れば――少しだけ違う。


言葉の端に、柔らかさが増えた。

仕事に余裕が生まれた。


そして、誰よりもそれに気づいていたのは――悠真だった。


(真希さんが、強いだけじゃないって知ってるから。……守れる、何度でも)



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