番外編①:甘い休日旅行 ――「浴衣の君と、未来の約束を好きが溢れて、触れずにいられなかった」
「……ねぇ、本当にここで良かったの?」
車の助手席で、真希が少し不安げに聞いた。
それに運転席の悠真は笑いながら頷く。
「もちろん。……ちゃんと“家族向けのプラン”にしてあるし、年の差があっても“母子”って思われるのが関の山。むしろ都合いいよ」
「失礼ね……私、まだ40だし。ていうか、恋人で来てるのに“母子”と思われるのが“都合いい”って……複雑なんだけど……」
そう言いながらも、どこか楽しげな真希。
温泉地へ向かう山道に、夏の陽差しが差し込んでいた。
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■個室露天と“秘密のチェックイン”
チェックインのとき、フロントの女性スタッフが笑顔で言った。
「お母さまと息子さんですか? ご家族水入らずで、どうぞごゆっくりお寛ぎください」
――はい、想定通り。
悠真は小さく頷き、真希は引きつった笑顔で応じた。
部屋に入ると、畳の香りと窓の外に広がる山景色。
テラスには、小さな露天風呂もついている。
「すごい……本当に“誰にも見られない”って感じ」
「だからここにしたんだよ。誰にも邪魔されない、“僕たちだけの休日”にしたくて」
真希が感動したように部屋を見渡す。
そして、ふと気恥ずかしそうに笑った。
「じゃあ……お風呂、先に入っちゃおうかな。浴衣に着替えたら、お酌してあげる」
「やば……好きすぎる……」
悠真のその一言に、真希は顔を真っ赤にしながらタオルを持って浴室へと消えていった。
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■夜の部屋食と、お酌する真希
浴衣に着替えた真希が現れた瞬間――
悠真は思わず息を呑んだ。
「……やば、キレイすぎ……」
「ちょ、なに言って……! そ、そんな見ないでよ……!」
髪を軽くまとめ、色気と上品さが絶妙に混ざった真希の浴衣姿。
悠真は一瞬、時間が止まったかのように見とれてしまった。
部屋食では、地元の旬を取り入れた懐石料理が並ぶ。
その席で、真希がゆっくりと徳利を取り、悠真の盃に注いだ。
「ほら、飲み過ぎないようにね。……でも、今日だけは、ちょっとくらい……酔ってもいいよ?」
「真希さんのそういうセリフ、ずるいって……」
手の甲に指がふれ合う。
言葉は少なくても、お互いの心拍だけが妙に聞こえる気がした。
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■二人だけの未来の話
夜。ふたりで露天風呂に入りながら、月を見上げた。
小さく虫の音が響き、風が涼しく流れていく。
「……いつか、こうやって堂々と旅館に来れる日が来るのかな」
「きっと来るよ。今はまだ……秘密ばっかりで、ごめんね」
「ううん。私も覚悟して選んだんだから。でも……」
真希は言葉を選びながら、そっと悠真の肩に寄りかかる。
「……たまに、怖くなるの。未来のこと、世間のこと、あなたの人生……全部、私が“奪ってる”んじゃないかって」
「違う。真希さんは“与えてくれた”んだよ。愛も、幸せも、“一緒に歩いてくれる未来”も全部」
そう言って、悠真は真希の手をぎゅっと握った。
「だから、次にこうして旅に来るときは、“婚約者として”がいいな。……ちゃんと、約束するよ」
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■翌朝、思わぬ再会
翌朝、旅館のロビーに降りると、聞き覚えのある声がした。
「え、マジで!? あのプロジェクト、通ったの?」
「うわっ……!」
振り返ると、そこには同じ部署の先輩社員が、彼女と一緒にいた。
とっさに悠真は真希の手を離し、距離をとる。
真希も微妙に顔を背けた。
「……ど、どうする?」
「とりあえず、母親ってことで……」
「もう……変な言い方しないでよ……!」
幸い、先輩は二人に気づかず、そのまま朝食会場へ向かっていった。
だが、真希の胸はまだドキドキしている。
「ほんとに、気を抜けないわね……」
「でも、“二人で過ごせた”っていう、この幸せだけは、絶対誰にも奪われないよ」
そして――
帰りの車の中、真希は助手席でぽつりと呟いた。
「……また来たいな、あなたとこういう場所」
「もちろん。今度は、“恋人”って言ってチェックインしようよ」
小さく笑い合った車内に、夏の風が吹き込んだ。
■あの夜、二人は――
「……もう、目ぇ逸らしてもダメよ?」
浴衣の裾をそっと解きながら、真希はいたずらっぽく微笑んだ。
湯上がりで少し火照った頬、艶やかに濡れた髪先。
そのすべてが、悠真の理性をそっと崩していく。
「ねぇ……悠真くん、私……今日だけは、“恋人”として抱いてほしいの」
その言葉に、心が震える。
ベッドに倒れ込むようにして抱き合いながら、
何度もキスを交わし、何度も確かめ合った。
「好き……真希さん……誰よりも、大切にしたい」
「……私も……ずっとあなたの“女”でいたいの……」
浴衣が脱げ落ち、重なり合った肌と肌。
灯りを落とした部屋に、吐息と微かな水音だけが響いていた。
その夜、ふたりはひとつになった。
“母子”でも、“上司と部下”でもない。
誰にも言えない“秘密の恋人”として。
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■翌週の月曜、社内にて――
「おはようございます!」
悠真がいつも通り出社すると、数人の社員がこちらをチラッと見て、ひそひそ話しているのが見えた。
(……なんだろ)
席に着くと、隣の席の後輩・三浦が耳打ちしてきた。
「なあ、課長……いや、“真希さん”と、どっか出かけた?」
「……は?」
「だって、先週の週末、温泉地で見かけたって話が……」
――やばい。
一瞬、あのロビーでの“気配”がフラッシュバックする。
「まさか……偶然会ったりとかしてないよな? なんか、距離感が妙に親しげだったって話でさ……」
「いや、僕は……実家の方に帰ってましたけど」
「あー、そっか。そりゃそーだよな! まぁ、誰かの見間違いか~」
三浦はひとりで納得したように笑っているが、内心の冷や汗は止まらない。
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■一方、真希の執務室では……
部長会議が終わった直後、総務課の佐野主任がにやりとしながら声をかけてきた。
「課長、週末どちらかの温泉行かれてませんでした? 実は私も同じ旅館だったみたいで……見かけたって後輩が」
真希は一瞬、背筋が凍った気がした。
「そ、そうなの……? ああ、たまたま母と出かけたの。久しぶりに“親孝行”ってやつよ」
「え、あのお綺麗な人、お母様だったんですか? さすが課長、美人家系ですね~!」
(……ギリギリセーフ……)
笑顔で受け流しながらも、心臓がバクバクしていた。
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■“秘密”を守る覚悟
その日の終業後、ふたりは偶然を装って、屋上の喫煙所で少しだけ言葉を交わした。
「……ごめん、あの時のロビーのこと、気づかれてたかも」
「ううん。私のほうこそ……なんとか誤魔化したけど、時間の問題かもね」
「……でも、バレてもいい。もう、隠し続けるの、つらくなってきた」
「ダメよ。それだけは……まだ」
真希がそっと、制服の上から悠真の手を握る。
「私は“あなたのために”秘密にしてるの。自分の立場じゃない、あなたの未来のために」
「……ありがとう。好きだよ、真希さん」
「私も。……だから、耐えられる」
ふたりはただ、そっと指先を重ね合いながら、
“秘密”を守り抜く覚悟を、今夜もまた深く胸に刻んだ。
■静かに始まる、夜の時間
「……ねえ、こっち来て」
真希が自分の浴衣の襟を指先でそっと押さえながら、布団の上で悠真を見上げていた。
露天風呂上がりの髪はまだしっとりと濡れ、照明の柔らかな灯りが肌を透かしている。
「……だって、こんなに好きなのに。今日だけは、触れずにいられないよ」
悠真がゆっくりと真希に重なり、そっと唇を重ねた瞬間、真希の瞳が潤んだ。
「……私ね、本当は、ずっと怖かったの。あなたの未来を壊すんじゃないかって」
「違うよ。真希さんは、僕の未来そのものだよ」
その言葉に、真希はもう、何も言えなくなった。
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■触れ合う指、重なる鼓動
ゆっくりと浴衣の帯がほどけ、肌と肌がふれあう。
彼女の白い肩にキスを落としながら、
手のひらで大切に包むように、
まるで“愛情”を確かめるように、時間をかけて触れていく。
「……っ、悠真くん……そんなに、優しくされたら……」
「好きだから、乱暴になんてできない。……全部、大事にしたいんだ」
小さな声、かすかな吐息。
重なって、溶けて、同じ体温を共有していく夜。
“秘密の関係”なんて言葉が、どれだけ切なくて、どれだけ甘美なことか――
ふたりの身体が、それを知っていた。
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■翌朝の、予想外の“再会”
朝食後、チェックアウトのためロビーに向かうと――
そこには、見慣れたスーツ姿の人物がいた。
「……あれ? 悠真?」
ルクシアの広報部・佐伯美奈。社内でも特に社交的で噂好きな女性社員だった。
「えっ……さ、佐伯さん!? こんなところで……」
「えっ? あれ、お隣の……課長!? 真希課長ですよね!?」
一瞬にして、空気が凍る。
真希は表情を崩さず、軽く会釈した。
「お久しぶりです、佐伯さん。偶然ですね。私は母と来てたんですけど、今ちょうどチェックアウトして先に駅に行ったんですよ」
「あ、そうだったんですね! 悠真くんと同じ宿とは、なんか運命感じちゃうな〜。……あ、違うか!」
(いや、完全に疑ってる顔じゃないか……)
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■車の中で、気まずい空気と微笑み
車に乗り込み、しばらく沈黙が続いた。
「……ごめん。なんか、巻き込んだ感じで」
「ううん、こっちこそ。すぐ“母と来てた”って出たの、なかなかの機転だったでしょ?」
「うん……でも、内心バクバクだった。下手したら、次の社内報に“ご旅行”載っちゃうかも」
「……ふふっ、それだけは阻止するわ。絶対に」
窓の外、山の景色が過ぎていく中。
ふたりは笑いながら、また“現実”の世界へと戻っていく。
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■帰宅後、ふたりの誓い
その夜、真希の自宅。
荷解きをしながら、真希がぽつりと言った。
「ねえ……また行こうね。今度は“誰にも会わないように”、もっと遠くまで」
「うん。どこへでも連れていく。……真希さんが、“ただの恋人”でいられる場所まで」
「それなら……いま、ここがいちばん好きかもしれない。
私ね、こんな風に“誰かと帰る場所”を持ったの、初めてだから」
静かに寄り添い、額を合わせたその夜。
ふたりの距離は、もう“秘密”なんかじゃ測れないほど、近くなっていた。
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