第6話 竜王に不可解と言われる
部屋の準備に時間がかかるというので、ソウとシドは再び街に出た。
改めてゆっくりと気配を感じる。
人間の生の気配に混じって、薄らと別の気配を感じる。
(シドや俺に向いている訳じゃないが、わずかに殺気を感じる)
獲物を見定める前の獣の気配にも似た、狩りをする動物の気に近い。
気を尖らせるソウをシドが眺めた。
「この漠然とした気配を感じ取るか。気取りは獣並みだ」
「シドも感じるか? 竜だから、俺より感じるか」
竜も獣のようなものだろうから、人間より敏感だろう。
シドが不機嫌な顔になった。
「並の獣と同列に語るな。吾は竜王、魔獣を統べる魔王だ。この街全体を覆う魔力と魔術なら最初から気付いておったわ」
「最初から? 魔力と魔術? 魔獣も魔術を使うのか?」
自然の獣が魔術を使う感覚がよくわからない。
魔獣は獣より賢いのだろうか。
「魔獣も魔力が高くなれば、人と変わらぬ思考を有する。特に人喰いの魔獣は狡猾に人を騙し、魔術で絡めとって喰う。人より人らしい魔獣も少なくないぞ」
人より人らしい魔獣というのも、想像し難い。
ソウは目の前を歩くシドを見詰めた。
「それは……、シドみたいな魔獣か? 人より人らしい」
前を歩いていたシドが立ち止まって振り返った。
「だから、同列に語るな。吾は竜だ。ただの魔獣ではない。この姿も仮の依代。吾の人型ではない」
こめかみを拳でグリグリされた。
魔獣と呼ばれるのは嫌らしい。
「そうか。その姿は、シドの本当の姿ではないんだな」
人間を乗っ取って、壊れたら捨てて、また乗っ取る。
それを繰り返して移動してきたと話していた。
「シドは竜なのに、人の姿にもなれるのか?」
「なれるぞ。白竜の姿も美しいが、人の形も美しいぞ」
シドが意気揚々と自慢げに語る。
「そうなのか。見てみたいな」
何故かシドが、しらけた顔をした。
よくわからなくて、首を傾げる。
「もっと興味のない反応をすると思った。お前、吾の姿を見てみたいのか?」
「? あぁ、見てみたい。美しいんだろう? 美しいモノは嫌いじゃない」
ぼんやりと呆けたような顔でシドがソウを眺めている。
どう反応したものかと、困る。
「ソウは吾に興味があるのか? 森では、よくわからなそうな顔をしていたが」
問われて、考えてみた。
「興味は、多分あるし、知りたいと思う。シドをよく知れば、より守れる」
シドが納得した面持ちになった。
ソウの胸の鱗を、トンと突いた。
「吾の魔力が今より多く流れ込めば、吾の記憶や感情もより流れ込む。嫌でも知る羽目になる。魔力を共有するとは、そういうことだ」
「そうか。それは便利だな」
シドが怪訝な顔になった。
「逆も然りだ。お前の感情や記憶も吾に流れ込むぞ。嫌ではないのか?」
「特に嫌ではない。かえって都合がいい。あぁ……、別の依頼の内容がシドに流れるのは、困るかな。依頼主の秘密を守るのも仕事だ。だが、この世界が俺がいた世界と違うなら、問題ないように思う」
悩むような不機嫌なような顔で、シドが頭を抱えた。
シドが何に悩んでいるのかわからなくて、首を傾げる。
「いや、考えるのはやめよう。ソウは、こういう生き物なのだと思おう」
シドが独り言のように呟く。
「俺に知られると、シドは困るのか?」
「困らぬよ。ソウという人間を不可解だと思うだけだ」
「何故?」
むしろ、シドの言葉の方が不可解だ。
シドがソウの胸を、するりと撫でた。
何となく、優しい手つきだ。
「躊躇なく命を摘みながら命を尊び、高い能力を有しながら奢るでもない。暗殺者などしていながら、ソウの心はあまりに白い。それを不思議に思う」
不思議と言われても、困る。
ソウにとっては、ただの普通だ。
「吾にとり人は弱く、狡く、汚い。ソウは、人というより獣に近い」
それはつまり、シド寄りという意味だろうか。
人間の勇者に討たれているのだから、シドが人を忌むのは当然だろうと思う。
「シドは人が嫌いか?」
「好まぬな。だから、利用していいと思っている」
「そうか。なら俺は、人であり、獣でいよう。それならシドは、俺の近くで、俺を利用できるだろう」
シドが不可解な顔をした。
「何故、そうなる。お前は吾に利用されたいのか?」
「シドを守るなら、その方が都合がいいだろう。心臓を取り戻すまで、シドは俺の主で、俺はシドを命懸けで守るのだから」
シドの強張った顔から、力が抜けた。
「その言葉に嘘が微塵もないのが、一番の驚きだ。今後もよく、観察するとしよう」
「あぁ、そうしてくれ。わかったら、また色々教えてくれ。シドの話は俺自身も知らない事ばかりで、面白い」
ばつが悪そうな顔で、シドがソウの胸の鱗を叩いた。
「鈍感め。命懸けで守っても、死なれては困るぞ。ソウが死ねば、吾も死ぬのだ」
「わかっている。気を付けよう」
シドの顔から不機嫌さが抜けた。
機嫌がよくなったり、急に不機嫌になったり、きっかけがよくわからない。
だが、表情や感情の変化が多いシドは面白いと思う。
「そういえば、腹が減らぬか。飯にするか」
「竜は何を食べるんだ? 人か?」
「吾は人肉は喰わぬよ。今は、人と同じ食事をする。普段は、もっと別のモノを喰らう」
「別のモノ?」
シドがちらりと、ソウを振り返った。
「語らずとも、時期にソウにもわかる」
「そうか。では、時期を待とう」
シドがまた不満げな目をした。
何だろうと首を傾げる。
「この世界の食事も、ソウは知らんのだろう。店は適当に選ぶぞ」
「それでいい」
ソウの腕を引っ張って歩き出したシドの目は不機嫌だが、背中は嫌そうでもない。
だから黙って引っ張られた。
ソウの天然に振り回されるシド、可愛いですね。
この世界で最も美しく強い竜王なのに。
ソウが言う通り、人より人らしい。なのに人が嫌いなツンデレ竜です。