表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/25

第5話 異世界の服に着替えた

 ソウは周囲を見回しながら歩いた。


 石造りの家々が並ぶ大通りには、露店が出ている。


 果物や飲み物、総菜などが売り買いされている。




「ここは田舎町だから規模は小さい。人間の数も少ないから、馴らすには丁度良かろう」




 田舎町と言われて、故郷の近くの宿場を思い出した。




「俺の里の近くにも、こんなような街があったよ。宿場町で温泉が湧き出ていた」


「ほぅ、温泉か。良いな」


「この世界にも温泉があるのか?」


「あるぞ。この街にはないが、立ち寄れる場所があったら、入るか」




 世界は違えど、湯に浸かれるのは有難い。


 ソウは素直に頷いた。




「なるほど、ソウは温泉好きか。覚えておこう」




 何となくシドが楽しそうだ。


 竜も温泉が好きなんだなと思った。




「あそこに服屋があるな。行くぞ」




 シドに連れられて、服屋に入る。


 やはりソウは知らない意匠(デザイン)だ。




「どれがいい? 好みなどあるか?」




 そう聞かれても、よくわからない。


 ソウの様子を見て、シドが服を選び始めた。




「服には興味がないか。適当に見繕ってやる。待っていろ」


「そうしてもらえると、助かる」




 チラチラとソウと服を見比べたり、時々宛がったりしながら、シドが服を選んでくれた。




「忍装束より軽いし、思ったより動きやすい。これは良い衣だな」




 初めて着る服というものに感動した。




「良く似合ってるよ。兄さん、イケメンだから何着ても似合いそうだ」




 服屋の店主が褒めてくれた。


 シドもそうだが、この世界の人間はソウが知らない言葉を使う。


 なのに、何となく理解できる。不思議な感覚だ。




「兄さんが着てきた服は、変わってんなぁ。とりあえずこっち、袋に詰めといてやるよ」


「ありがとう」




 ソウが着てきた装束を袋に詰めて渡してくれた。




「時に店主、この辺りに宿はあるか? 安宿で良いのだが」


「宿に泊まるのか? 俺は野宿でもいいが」


「これも教養の一環だ。この国の宿にも慣れろ。そのうち野宿が増える」




 教養と言われると、従った方が良いのかと思う。




「俺は金を持っていないんだが」


「服を買って宿に泊まる程度の金は吾が持っている。案ずるな」




 衣食住は面倒を見てくれる約束だから、ここは頼ってもいいのだろう。


 甘えることにした。




「宿なら紹介してやるぜ。野宿は止めときな。特にここいらは今、危ないぜ」




 店主の顔が真顔になった。




「何か出るのか?」


「人喰い蛇が出るんだよ。街の者も旅人も、もう何人も喰われてる。街の裏の森は魔獣の森だ。野宿なんか餌になりに行くようなもんだぜ。町長が張ってくれる結界があるから町中の方がまだマシだ。大人しく宿に泊まっときな」




 シドの纏う気が張り詰めた。




「この辺りには人喰いの魔獣が、昔から多いか?」


「数年前までは、そうでもなかったさ。俺らだって森と共に生きてきた森人だ。魔獣との付き合いは心得ているよ。だが、西の魔王がいなくなってから、魔獣が様変わりしてな。大人しかった魔獣まで、人を襲うようになっちまった。人喰の魔獣も増えてんだ」


「西の……」




 ちらりとシドを眺める。


 いなくなった西の竜王が、まさに目の前にいる。




「勇者様ってな、偉いんだろうが、余計なことをしてくれたぜ」




 店主が舌打ちする勢いで吐き捨てた。




「勇者は悪い魔王を倒したのだろう。人間は喜ばんのか?」




 シドが自分から問い掛けた。




「確かに魔王はおっかねぇがなぁ。竜王様は人を喰うでもなく、静かなもんだったぜ。西の魔王がいた時は魔獣だって大人しかったんだ。それが、どうだい。いなくなった途端に魔獣が暴れ出した。討伐する魔王、間違ってんのさ」




 店主の苦々しい顔は、勇者を全く称賛していない。


 ソウは素朴な疑問を投げた。




「他の魔王なら、討ってほしかったのか?」


「北の魔王は人間を喰うからな。不定期で人里に降りて村単位で人間を攫ってく。北の魔王を討って欲しかったよ。討伐軍を組織してるって聞くが、西の魔王を討つ前に行ってくれりゃぁ良かったんだ」




 同じ魔王でも違うものなんだなと思った。


 シドが布袋から銀貨を取り出した。




「長居して、すまなんだな。服代だ」


「おいおい、多すぎるぜ。釣りを出すから待ちな」


「チップだ。それから、宿の紹介代だと思え」


「紹介つっても、こんな小さな町に宿屋は二件しかねぇぜ」




 店主が笑いながら二軒の宿への地図を書いてくれた。


 服屋から出たシドは、ご機嫌だった。




「あの店主、わかっておるわ。人間にも理解できる者があるらしい」




 ご機嫌な様子を見て、嬉しかったんだなと思った。


 話ながらしばらく歩くと、服屋の店主が紹介してくれた宿に着いた。


 町の外れにある宿屋はこじんまりとして、雰囲気が消沈していた。




「お二人様、同じお部屋でよろしいですか? 生憎、部屋が開いておりませんで」




 受付の老婆が申し訳なさそうに頭を下げた。




「繁盛しておるのだな。人が多い様にも感じぬが」




 シドの目が老婆に圧を掛けた。




「繫盛どころか閑散としております。ここいらに出没する人喰蛇のせいで、ただでさえ田舎の街に余計に客など来なくなりました」


「では何故、部屋がない?」




 老婆が躊躇いながら口を開いた。




「蛇に壊されてしまったのです。修繕も追いつかないうちに、すぐまた壊されてしまいました。ウチは蛇の生息する森に面した街外れですので、蛇にとっては通り道なのでしょう」




 確かに宿まで結構歩いた。


 奥まった場所だし、宿のすぐ裏は鬱蒼と茂る森だ。


 もう一件の宿は街の中央にあり、玄関からして広く、大きかった。


 その前を通り越して、シドはこの寂れた宿に来た。




「店主、蛇について知っていることを教えよ」




 シドが迫る。


 老婆は怯えた様子で、答えた。




「真っ黒な鱗と金の目をした大蛇にございます。人を丸呑みにして喰うのです」


「一匹か? 多数か?」


「襲う時はいつも一匹です。同じ蛇かは、わかりませんが……」


「ふむ。毎日来るか? それとも何日も空くか?」


「二週間に一度程度かと。早いと五日ほどで来ることもあります」


「前回は、いつ襲われた?」




 老婆が言葉を詰まらせた。




「……もう二週間ほど開いております。申し訳ございません。当宿は危険でございます故、町中の宿をご利用になってください」


「貴女は危険ではないのか?」




 老婆がソウを見上げた。




「ここにいては、貴女が食われてしまうのではないか?」


「私は骨と筋ばかりの老人ですから、蛇も喰おうとは思わぬのでしょう。お客様方は、お若く美しい殿方です。喰われてしまっては事でございますので、どうかお引き取りください」


「いいや、この宿に泊まる」




 シドが楽しそうに笑った。




「客がいないのなら、部屋も空きがあろう。この宿の開けられる部屋で最も良い部屋を用意しろ。一部屋で構わん。しばらく滞在するから、そのつもりでもてなせよ」




 老婆が呆気にとられた。




「よろしいのでございますか?」


「くどい。泊まると言っている。早々に準備しろ」


「は、はい。只今!」




 老婆が受付の奥に入っていった。




「蛇を退治するのか?」




 問い掛けたソウに向かい、シドがニヤリと笑んだ。


 ちょっと悪い笑みだ。




「今は、そうだと言っておこう。もっと面白い敵にも、会えるやもしれぬぞ」




 街に入ってからずっと上機嫌なシドが、今日一番で楽しそうに笑った。

この物語はちょっとDarkなFairytail、黒い御伽噺です。

日本の昔話風だったり、西洋の童話風だったりを取り込みながら書いていきたいと思います。

今回は、おばあさんが出てくる昔話、お楽しみください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ