第4話 色事は苦手です
シドがソウの全身を眺めた。
「一先ず、服を調達するか。ソウのその恰好は目立つからな」
ソウは忍装束だ。
仕事中にこの世界に来てしまったようだから、致し方ない。
潜むための装束だが、世界が変われば目立ってしまうらしい。
「この世界についても教えねばならんし、ちょうどいい。街に行くか」
シドが歩き出したので、ソウは前に出た。
「何故、前を歩く? 道などわからぬだろう」
「前を守るのが定石だが、後ろの方がいいか? シドが安心出来る方でいい」
シドが考えるような顔をした。
「ならば、並んで歩け」
「隣か? 希望ならそうするが、動きづらいから、あまり好まないな」
シドがちょっと不機嫌な顔をした。
「ならば、斜め後ろ辺りを歩け」
「後ろだな、わかった」
ソウは下がって、シドの右斜め後ろ辺りを歩いた。
「ソウは剣が得意なのか? 細剣のようだが、そこまで細くない。大剣とも呼べぬな」
「剣技は得意だ。これは無銘だが良い刀だ。この世界にはないのか?」
背負った刀を降ろし、鞘から抜いてみせる。
刀身をじっくりと観察して、シドが難しい顔をした。
「この細剣で、森の主である大猪の首を一振りで落とすとは、大したものよ」
感心するシドにソウは慌てた。
「あの大きな猪は森の主だったのか? それは、申し訳ないことをした。あの森は主を失っても、大丈夫だろうか」
「主が死ねば次の主が立つ。あの大猪は寿命だった。次の森の主は既に立っていよう」
「そうか。しかし、無駄な殺生をしてしまったな」
身を守るためとはいえ、摘まなくていい命を摘んだ。
「殺しに心を砕くのか、意外だな」
「依頼と保身以外の殺しはしない。無駄な殺生は、巡り巡って己を殺すと長に教えられた」
殺すのが好きなわけではない。
仕事だからするだけだ。
「ならば、あの殺しは保身であろう。あそこで殺さなければ、ソウが吾に殺されていたぞ」
「そうか? シドはきっと、俺を殺さなかっただろう?」
「何故、そう思う。使い物にならなければ、吾にとってはどうでもいい命だ」
「どうでもいい命を、シドは殺さないだろう。俺に仕掛けた動物も、大猪以外は全部、実体のない影だった」
シドが歩みを止めて、ソウを振り返った。
どこか不服そうな顔をして見える。
じっと見詰めた後に、大きな溜息を吐いた。
「どうしたんだ? 疲れたなら、おぶろうか?」
「お前、歳はいくつだ」
脈絡のない問いかけに、ちょっと考えた。
「確か、十九……いや、二十歳くらいだと思うが。しっかり数えていないから、大体だ。シドはいくつなんだ?」
「それこそソウより大雑把だ。二千か三千くらいだろう、恐らくな」
竜ともなると振り幅が違うのだなと感心した。
「お前、要は暗殺者なのだろう? どういう生き方をすれば、そういう思考回路と性格になる」
シドが独り言のように吐き捨てた。
「依頼なら暗殺もするし、盗みもする。戦に参じる時もある。仕事の内容は色々だ。情報収集や護衛、色の仕事もあるぞ」
言ってしまってから、しまったと思った。
口を噤んだソウを、シドが不思議そうに眺めた。
「男も色の仕事があるのか?」
「そう、だな。女ほど多くはないが、子種を欲しがる女も時々にはあるし、仕事に必要なら閨に入る場合もある」
ふぃと顔を背ける。
ソウの顔をシドが追いかけた。
あまりに見詰めるので、何か言わないと気まずい気持ちになった。
「俺は、色の仕事が得意じゃない。シドは俺の主だから、命なら従うが、その……。相手が男でも女でも、全うできる保証がない、すまない」
「誰かと寝てこいなどと命じる気はないが」
ソウの顔を眺めていたシドが笑い出した。
「なるほど、お前の弱点は色か。その顔は中々に良い」
ソウの顎を掴まえて、シドが引き寄せた。
「得意になるように練習するか? 吾を満足させてみよ」
「命令なら、するが。満足はさせられないと思う。すまない」
思わず目を逸らした。
シドがクックと笑いながらソウから手を離した。
「冗談だ。冗談だが、表情のないソウの面白い顔が見たくなったら、色のネタで揶揄うとしよう」
「俺は面白い顔をしているか?」
シドがソウの頬を摘まんで引っ張った。
「顔を赤くして照れながら目を逸らす様が演技なら見事だろうになぁ。だからソウは色の仕事が苦手なのだろう」
シドがとても楽しそうだ。
よくわからないが、苦手は苦手なので何も言えない。
「得意にならずとも良い。心臓を取り戻すのに、色事は必要ない」
シドが言い切ったので、安堵した。
「時々、吾に揶揄われていれば良い」
耳を撫でられて、ぞわりと肌が粟立った。
色の話で揶揄われるのは、ソウとしては居た堪れない。
「それより、ほれ、街が見えて来たぞ」
シドが指さした方に目をやる。
森の木々が開けた先の、丘を下った向こうに街があった。
「家も人も、俺が知っている街の様子とは、違うな」
家は石でできているし、歩いている人間も皆、シドのような見たことがない衣を纏っている。
着物を着ている者はない。
「この場所から町中が見えるのか?」
「小さくだが、見えるよ。目が利かなければ仕事にならない」
「中々に人離れした視力だ。魔力が高まればより視えるようになろう」
「そうなのか? 魔力を高めたり出来るのか?」
シドに渡された魔力を使えるだけなのだと思っていた。
研鑽を積めば高められるというなら、より使いやすい。
「高めることも出来るし、魔力量も増やせる。魔力量が増えれば、使える術も増える」
「それは重畳だ。是非鍛えよう」
ソウはシドの体を持ち挙げて、背負った。
「おい、何をする」
「シドを背負って、街まで走る。これも魔力を高める修行だ」
強めに地面を蹴って飛び出した。
一足、大きく飛んでから、低めに走る。
「走っても魔力が高まりはしないが。これはこれで良い。ソウは走るのが速いな」
「速くなければ、死ぬ率が上がる。逃げ足は速いに限る」
殺しにしろ盗みにしろ、戦場にしろ、足が速くなければ命が縮まる場面が草には多い。
「良き心掛けよ。大義のために死ぬより、生きるために逃げるが正解だ」
「同感だ。俺は武士じゃない。草は命あっての物種だ。初めてシドと意見が合ったな」
ちょっと嬉しくなりながら、振り返る。
シドが変な顔をしていた。
「? どうしたんだ?」
「何でもないから、前を見て走れ。速度が落ちる」
ぐいっと顔を押されて、ソウは前を向いた。
「そうだな。早く街に行って、着物を着替えよう」
「お前、笑んだ顔は齢より幼く映るぞ。どうにも、やりづらい」
小さく零したシドの声が困っているのに、どこか楽しそうに聞こえた。
そのせいか、有り得ないような今の状況に、初めてワクワクした。
そもそもBL作家ですが、今回はあくまでブロマンス。
相棒という関係を逸脱しない二人を描きたいと思います。
ソウが色の仕事を苦手と思っている理由とかは、後々に。
ちなみに、ソウが薬研藤四郎を盗んだのは安土城です。大阪城じゃないんだよね。
というのだけ覚えておいていただくと、後半が面白いかと思います。
この設定を作者が忘れさえしなければ。気が変わりさえしなければ。