第25話 エルフ村 幕
シドの体を抱き上げて、ソウは大樹に向かった。
「足を引き摺っておるのか?」
「少しだ。シドより酷くない」
エルフの矢が刺さった右足は流血している。
筋を引き締めて止血しているから、歩き方がぎこちなくなる。
「歩くから、降ろせ」
「ダメだ。シドのほうが、足の火傷が酷い。これでは歩けまい」
シドが、言葉に詰まった。
足の火傷も肩の傷も深い。
本当なら、早く手当てしたい。
「手当てするまで、俺に抱えられていろ」
むっすりしているがシドは嫌がらない。
傷の深さも痛みも自覚があるらしい。
大樹の根元に着くと、サリオナが待っていた。
「サリオナ……。幹から出られたのか」
シドが驚いた声を上げた。
大樹の木肌に埋まっていたサリオナは、木の前で、自分の足で立っていた。
「ソウ様の黒い炎のお陰で、封印が解けました」
「呼ばれたから、応えた。言われた通り、炎を投げた」
エルフの大群に押し倒されていた時に、サリオナの声が聴こえた。
言われた通り、血魔術の炎を放った。
少しして、ソウの上に乗っていたエルフが一斉に微精霊になった。
だからソウは、シドを助けに行けた。
「サリオナがエルフを御霊……、微精霊にして、俺を助けてくれた」
シドの前に、サリオナが跪いた。
「森の番人たるエルフが先に倒れ、魔王様をお守りできなかった不始末、本当に申し訳ございません」
「森の魔獣も多くがトガルに寄生されていた。あれは、この木で生まれた種か?」
「はい……。ババルに村を堕とされてすぐ、私は大樹に封じられました。大樹にトガルを埋め込まれ、言葉も発せないまま、トガルを産み続けておりました。それをババルが森に放ち、魔獣に寄生さていました」
シドが大樹を見上げた。
「ソウが大樹を焼いたから、トガルも焼けて、サリオナの封印が解けたか」
「ソウ様の黒い炎が封印をも、焼き溶かしてくださいました」
シドが手の中の薬研藤四郎を見詰めた。
出来るかわからずに、魔力と一緒にシドに薬研を送った。
(確信はなかったが、届いて良かった)
イメージできることは実現できる。
シドはそんな風に、ソウに魔術を教えた。
遠方の相手に伝令を飛ばせるなら、すぐそこにいる相手に刀を届けるくらい可能だろうと思った。
思ったら、できた。
(魔術とは、とんでもない術だ。本当にイメージが大事なのだな)
改めて感心し、安堵した。
「サリオナ以外、精霊は残らなんだか」
シドの問いかけに、サリオナが悲し気に目を伏せた。
「他のエルフは皆、トガルを埋め込まれ、支配されてしまいましたので」
「すまない。一人でも残れば、違ったのだろうが」
ソウは薬研藤四郎に目を落としたまま、サリオナに頭を下げた。
サリオナが首を振って、ソウの手を握った。
「ソウ様のお陰で、エルフは微精霊の姿に留まれました。新しく生まれるエルフたちは、きっとまた森の番人となってくれましょう。ソウ様がエルフを救ってくださったのですよ」
「俺は、そういうつもりでは」
ただ、シドの心を守ろうとしただけだ。
「そのお気持ちのまま、魔王様を守ってくださいませ。今は何もできないエルフでも、必ずやソウ様を助け、魔王様をお守りする盾として、お二人を守護いたします」
サリオナが傅いて、深く首を垂れた。
「我等の大切な魔王様を、どうかよろしくお願いいたします」
サリオナの姿に、シドへの深い畏怖と愛を感じた。
「シドは俺の主で、俺はシドの護衛だ。命に代えても守ってみせる」
「死なれては困る。ソウが死んだら、吾も死ぬ」
「そうだな。気を付けよう。だが、俺以上に:主に怪我をさせる失態は、もうしない」
草にとっては恥ずべき結果だ。
シドとソウに向かい、サリオナが両手を広げた。
柔らかな精気が二人を包む。
(優しいのに、濃い。目を開けていられない)
包んで渦巻く精気を感じていたら、足の痛みが引いた。
ゆっくりと目を開ける。
腕に抱えるシドの肩と足の傷が、癒えていた。
「今できる御助力を御二人に。私は癒しの魔法を得意とするエルフですので」
花弁が舞い散って、甘い匂いが薫った。
シドがソウの腕から下りて、後ろに回った。
ソウの足を見詰めている。
「足は治ったか?」
「あぁ、痛みもない。シドはもう、大丈夫か?」
「吾も治った。サリオナ、手間をかけたな」
シドを眺めて、サリオナが微笑えんだ。
「魔王様、ソウ様にお名前を伝えたのですね。しかも、古いファーストネームを」
「ふぁーすとねーむ?」
ソウは首を傾げた。
この国の言葉は大概理解できるのに、時々わからない言葉がある。
どういう匙加減なのだろうと思う。
不思議そうにするソウに、サリオナが微笑んだ。
「魔王様をその名で呼ぶ方は、今は世界でソウ様だけですよ」
「そうなのか? シドには、たくさんの名があるようだが」
西の魔王、竜王、シド=ファフニール、ドグ=フレイズマル。
どれが本名なのか、いまいちよくわからない。
「ソウ様が呼んでいる名を知る者の方が、少ないのです」
「サリオナ、それ以上は言うな。深い意味などない」
サリオナを咎めるシドが、怒ってるような照れているような顔をしている。
そんなシドを眺めるサリオナは、とても楽しそうだ。
「相変わらず、素直ではありませんね。ツンデレな魔王様も可愛らしいですわ」
サリオナの言葉はよくわからなかったが、何となく揶揄っているのだろうと思った。
シドの顔が、さっき以上に照れて見えた。
「我等はこれからコナハトに向かう。留守を任せる。入用なものがあれば言え。発つ前に揃えてやる」
シドが強引に話題を変えた。
ちょっと投げやりな言い方だ。
サリオナの前だと、シドは子供っぽい。
仲が良いのだろうと思った。
(エルフ村を救えて、良かった。微精霊でも生きていてくれて。サリオナが精霊の姿でいてくれて、本当に良かった)
少しでもシドの気持ちが癒えればいい。
森の魔獣を殺している時の顔は、シドには似合わない。
「留守はお任せください。夜はまだ長いです。お疲れもありましょうから、しばらく村でお休みください」
言われてみれば、まだ夜だ。
日の入りくらいに森の中で襲われて、そのままエルフ村まで来た。
すっかり忘れていた。
見上げた空には月が浮いていた。
月が明るいせいで、星があまり見えない。
だが、瞬いているのは、わかった。
(この世界にも、日ノ本と同じように月と星がある。生物が生きている)
異世界に来ても、ソウは同じように草の仕事をする。
違うのは、主がちょっと風変わりな魔王というだけだ。
いつもとは違う顔で嬉しそうにサリオナと話をするシドを、遠巻きに眺める。
魔王の魔力も精霊の精気も、日ノ本では感じなかった気配だ。
今更改めて、違う世界に来たのだと感じた。
なのに、不安はない。
(そういえば不安は、最初からなかったな)
そんな風に思い出して、ソウはそっと微笑んだ。
【後書き】
ソウ目線に戻りました。
エルフ村の回でタイトルに使った「序破急」は雅楽の楽章です。
楽章は三つの楽曲で構成されています。
某人気アニメの映画?だったか?にも使われていたので、御存じの方が多いと思います。
幕は、その後的に入れただけなのでセットではないです。
内容的には、今回の話とは合わなかったかな。また使いたい。




