第23話 エルフ村 破
大樹の根元は、ババルが立っていた場所より小高くなっていた。
飛び乗って、シドを降ろす。
シドが木肌に埋まったサリオナに駆け寄った。
「サリオナ、聞こえるか?」
シドが声を掛けても頬を撫でても、サリオナは目を開かない。
サリオナの生気は、ほとんどが大樹からトガルに流れ続けている。
心臓を動かす程度の生気で、ギリギリ生かされているように見えた。
「同化して、声も届かぬか。……ソウ、大樹を焼け」
ソウに背を向けたままシドが命を下した。
その目はきっと、サリオナを見詰めているのだろうと思った。
「わかった」
ソウは懐の薬研藤四郎を抜いた。
刀身に指を滑らせて、血を馴染ませる。
(トガルはそれ自体が生き物だと、シドは言った。あれ自体が心ノ臓なら止めて、塵にする)
馴染んだ血が黒い炎となり刀身を覆った。
(:薬研(お前)は蛇の中に残ったトガルだけを焼き溶かした。だから、あの時と同じように)
トガルだけを焼き溶かす。
心臓を止める毒と、種を溶かし燃やす黒い炎を、薬研藤四郎に纏わせる。
炎が揺らめいて球になり、切っ先に留まった。
(それがきっと、薬研が俺と一緒にこの世界に来た意味なんだろう)
短剣を振りかぶり、茂る木枝に向かい、投げつけた。
葉の中に埋もれた黒い炎が瞬く間に広がる。
黒い火が、大樹の葉とトガルを包み焼き始めた。
ソウに向かって飛んできた矢を、すぃと避けた。
足下でエルフたちが、ソウに向かって矢を穿っていた。
一本二本だった矢は見る間に雨のようにソウとシドに降りかかった。
「長が捕えられている大樹にまで、矢を穿つか。最早、あれはエルフではない。エフトラの駒だ」
シドが横目に下を眺めた。
ババルに縋って泣いていたエルフたちが矢を射る。
その顔には憎しみが浮いていた。
「その炎で、足下のエルフも焼け」
シドの命に従い、ソウは足下のエルフの群れに向かって、炎を放った。
放った先にいたエルフに引火した黒い炎は、次々と他のエルフに飛火した。
「いやぁ!」
「熱い、苦しい……」
「痛い、助けてェ」
エルフたちの叫び声が響き渡る。
あっという間に村の中が黒い炎の海になった。
足下を覗き込んだソウは、目を泳がせた。
「ババルの姿が、ない」
気が付いた瞬間、突風が襲った。
体を持っていかれそうな強い風だ。
ソウはシドの体を掴んだ。
「俺が三年かけて作ったハーレム殺してんじゃぁねぇよ! トガルを産む木が焼けたら叱られんの、俺なんだよ! 手前ぇはエフトラが召喚した救世主だろうが。俺の指示に従えよ!」
大きな鳥のような魔獣が、ソウたちの前で叫び声を上げた。
「あれは、ババルか?」
ババルの魔力が、体と同じように膨らんで感じた。
「そのようだな。グリフォンと同化したか。ソウ、首を見ろ」
シドが指す方に、目を向ける。
赤黒い結晶が胸で鈍く光った。
「トガルは生物と完全に同化すると、結晶になる。あれが最終形態だ」
「ババルが、トガルに乗っ取られたのか?」
「逆だ。トガルがババルの本体だ」
ソウは黒い結晶を凝視した。
生気がトガルの中に凝集して見える。
ソウは、木の上で燃える:寄生種を見上げた。
「あの黒い種が、人の全部を喰い、乗っ取るのか? 種が心を有している?」
人の思考や心までも食い潰して、体も心も乗っ取るのだろうか。
種に意志があるのだろうか。
「トガルが生き物に寄生すると、生気を吸って知恵を付ける。脳と心臓を支配されれば、そればもうトガルという別の生き物だ」
怖気が走る話だ。
「つまり種は元々、思考を持っていて、人や動物や魔獣を食い潰して、自分にするのか?」
「知恵の種トガルは全世界で最も優れた生物だ! 低能な人間も魔獣も、トガルに頭も体も明け渡すために生まれてくるんだよ! トガルに体を使ってもらえて光栄だろうが!」
目の前に浮くグリフォンが火を噴いた。
シドが張った結界に弾かれて、紅い炎が左右に散った。
ソウはシドを抱えて高台を降りると、村の門側に走った。
迫る炎を避けながら、ソウは村の中を逃げ回った。
「奴らは体がある生き物に寄生せねば、生きられぬ。脳を有する種だと思え」
「体を求める、:脳(心)だけを持つ、:心臓(種)……」
まるで原始の生き物のように感じた。
脳ばかりが育って、体が成長できなかった、未熟なのに進化した種だ。
「トガルを生み出し、トガルを操るエフトラには、誰も勝てねぇ! 自在に命を生み出せるのは、エフトラだけだ。おら、救世主! 手前ぇも、さっさと体を差し出せよ!」
シドを地面に降ろす。
飛び上がりながら鯉口を切る。
真上から刀を振り降ろし、グリフォンの左翼を斬り落とした。
低く飛んでいたグリフォンの体が傾く。
血が噴き出すより先に、羽が再生した。
ゆっくりと地面に降りた頃には、左翼が完全に元の形になった。
「斬っても生えてくるのか……」
さすがに驚いて、再生した大きな羽を眺めた。
「トガルを持たねぇ手前ぇには、真似できねぇ能力だろ! 格の差を思い知りやがれよ!」
ババルが得意げな顔をする。
鳥の顔なのに、見下した表情がわかる。
「アレの本体はトガルだ。トガルを砕かねば、奴は死なん。いくらでも再生する」
胸の赤黒い結晶を、シドが再度、指さした。
結晶の中で拍動する何かは、心臓のようにも脳にも見えた。
「あれを壊せばいいんだな」
踏み出そうとしたソウの足に、エルフが絡まった。
「ババル様を、殺させるか。ババル様っ!」
黒い炎に巻かれた体で、必死に縋り付く。
燃え尽きそうなトガルが、首にかろうじて残っている。
ソウは刀を逆手に持った。
「エルフは献身的で、いいなぁ。死んでも、そのまま掴んでろ!」
満足そうに笑ったグリフォンが、大きく口を開いた。
空気が振動する波を感じて、ソウは咄嗟に耳を塞いだ。
(鼓膜が、破れる)
瞬間を付いて、グリフォンの足がソウを蹴り飛ばした。
ソウの体が大きく空に浮いた。
「ソウ!……っ!」
叫んだシドを、グリフォンの足が踏みつける。
大きな足がシドの体を地面に縫い付けた。
「おいおい、他人の心配している場合じゃねぇだろ、雑魚竜。先に殺してやるよ」
飛ばされ様に空中で態勢を変え、建物の壁に着地する。
壁を蹴って、大きく飛んだ。
ソウに向かい、矢が数本飛んできた。
刀で叩き落すも、一本の矢が足を掠める。
勢いを崩されて、地面に落ちた。
「シド!」
シドまで一直線に飛ぶはずだった体は、まだ遠い。
ソウに向かい、炎に巻かれたエルフたちが矢を穿つ。
座り込んだまま、刀で矢を斬り落とす。
身動きが取れない。
(何故、ババルのために、そこまで。自分たちの父親だからか? トガルのせいなのか?)
エルフの首に巣食うトガルは、燃え尽きようとしている。
(トガルが燃え尽きれば、正気に戻るかもしれない)
エルフを焼かずにトガルだけを焼ければ、シドを守る森の番人が戻ってくる。
ソウは左の掌を刀身に滑らせた。
黒い炎を守った血が銃弾のように弾き跳ぶ。
エルフの首に命中して、残りのトガルを焼き尽くした。
「ぁ……」
矢を構えるエルフが、小さな悲鳴を上げた。
トガルが燃え尽きた瞬間、エルフの体がふわりと浮き上がって、消えた。
「体が、消えた? どこへ……?」
トガルの気配はない。
エルフの気配は、感じる。
なのに、どこにも姿が見えない。
「ぅぁっ!」
シドの声が聞こえて、ソウは視線を変えた。
グリフォンがシドの体を踏みつけて、地面に埋まりかけていた。
「シド! 今、行く!」
立ち上がったソウの足に、矢が刺さった。
「くっ……」
右下腿に刺さった矢を握る。
「転移者は殺すなよ! 逃げられねぇように、縛っとけ!」
ババルの命で、エルフたちが一斉にソウに飛び掛かった。
「離せ! っ……シド!」
大勢のエルフに抑え込まれて、動けない。
ソウに覆い被さるエルフの体が浮き上がり、また一人、消えた。
「え……? 何? ぃや……」
小さな悲鳴を上げながら、その後ろのエルフも消えた。
(やはり、ダメなのか。エルフも死んでしまうのか? トガルだけを焼けないのか)
遠くでも、数名のエルフが姿を消し始めた。
トガルが燃え尽きた瞬間に、一緒に体が消える。
(エルフは救えない。身動きも取れない。だったら俺の魔力を、シドに送って……)
覆い被さってくるエルフの隙間から、グリフォンに踏み潰されるシドを必死に見詰める。
集中して、シドに魔力を送る。
ソウは懐に手を伸ばし、薬研藤四郎を握った。
【後書き】
書ける場所がなかったので、ここに記載。
シドはソウに兵糧丸を食わされたり、快気丸を喰わされたりして、可哀想ですね。
兵糧丸は言わずと知れた忍者飯です。レシピは里によりそれぞれで、そば粉、きな粉、雑穀粉などをベースに自然薯など滋養が付く食材をいれていたそうな。水の代わりにする水渇丸というのは、酸っぱい系(梅干し、シソとか)入れて唾液の分泌を促したんだそう。地域復興のために再現して土産物で売っている観光地がありますね。確か上杉謙信絡みだったと記憶しています。
快気丸は薬のつもりの創作です。気付の丸薬。今の感覚だとmonsterとかレッドブル飲まされた感じ。そりゃ、眠れなくなるわな。




