第22話 エルフ村 序
森の中があまりにも静かだった。
周囲に生き物の気配がまるでない。
だから、エルフの村から漏れ流れる気味の悪い気配を余計に感じられた。
「完全に罠だが、行くか?」
ソウの質問はきっと無駄なんだろうと思った。
少し前を歩いていたシドが、立ち止まった。
「竜の姿であれば、吹雪で氷結し、一思いに壊すところだが。今の吾に、その力はない」
「俺が血魔術の炎で焼き溶かす。シドの手は煩わせない」
「……頼む」
振り返らずに歩き出したシドに続く。
シドから流れる魔力を感じ取る。
今のシドの微弱な気配を広大な森の中で探り当てるのは難しいだろう。
(シドが魔力を絞っているのは、存在を気取られないためでも、あるのかもしれない)
竜王生存を知ったエフトラの四賢者が、村に近付いたシドの魔力を見付けて、エルフの刺客を放ったのだろう。
シドが話していた通り、シドの生存はトガルを通してエフトラの使徒に流れた。
(これほど遠方に、この速さで報せを飛ばせる法があるのは驚きだが、トガルなら可能なんだろう)
森の中とはいえ、一日二里か三里は移動している。
前の街からは、十里以上、離れたはずだ。
千里眼のような力で仲間に情報を共有する方法が、トガルにはあるらしい。
(シドの生存を知って、探していたのか。シドを再度、殺すために)
エフトラの四賢者とやらは、中枢に関わる御付らしい。
討ち取った魔王が生きていては、都合が悪いだろう。
(一人にはできないから、一緒に行くしかないが)
ソウはシドの背中を眺めた。
(エルフの村を見たら、シドはどう思うのだろうか)
自分を守るはずの森の番人が、敵に堕ち敵を守る者になっている。
日ノ本でも、寝返りなど珍しくもない。
情報を介した騙し討ちなど、戦より頻繁だ。
(シドは覚悟している。エルフを殲滅するために向かっている)
魔獣を殺す時と同じように、色のない目で、凪いだ心で、ソウに命じるのだろう。
さっき、エルフを殺せと命じた時も同じだった。
だから、ソウも覚悟した。
シドの襟首を掴んで放り投げる。
いつものように背負うと、走り出した。
「エフトラの使徒に聞きたい話はあるか? 一思いに殺していいか?」
「様子見だな。聞き出せる話がなさそうなら、合図する。エフトラよりも、エルフの長サリオナと話したい。サリオナだけは、すぐには殺すな」
「わかった。村に入ったら一番に、どれがサリオナか教えてくれ」
森が開けた先に、一際、枝葉を伸ばす大樹が見えた。
「立派な大樹だ……」
その大樹から、トガルの禍々しい気が流れてくる。
一つや二つではない、多すぎて感じ取れない数の気配だ。
シドが目の前を指さした。
「あそこがエルフの村だ。開けた入口は一か所しかない。そのまま走れ」
木の壁で囲われた集落の、開けた門を目指す。
腰の刀の鯉口を切った。
「しっかり摑まって居ろ。速さを上げる」
シドがしがみ付いたのを確認して、ソウは跳んだ。
村の門を潜ったと同時に、トガルの気配が一番濃い場所に突っ込んだ。
その男に向かい刀を振る。
首元に掠めた刃を、ぴたりと止めた。
周囲には大勢の女のエルフが立ち、ソウとシドに向かって矢を構えていた。
大樹の足元、エルフの女たちを従えるように中心に立つ男は丸腰だ。
「サリオナ……!」
目の前に立つ男より、シドの目が大樹に向いた。
シドの視線を追いかけたソウは、目を見張った。
「あれは、なんだ……」
大樹の木肌にエルフが埋もれている。
長い耳と白い肌の女の下半身と腕が木に呑み込まれていた。
かろうじて見える肌は胸と顔のみだ。
「大樹が、エルフの生気を吸い上げている?」
吸い上げた生気を、枝葉に向かい流している。
枝の先には、ぐにゅぐにゅと気味悪く動く真っ黒なトガルがぶら下がっている。
何十何百のトガルが、大樹から流れるサリオナの生気を喰らっていた。
「お早い御到着ですね~。西の魔王、竜王ファフニール様。エフトラの使徒、四賢者が一人、ババルで~す」
刀を向けた男に、ソウは視線を戻した。
賢者という割に、頭が悪そうな顔だ。
「お前にトドメを刺せなかった勇者を呪うよ。お陰で俺は三年もこんな場所に縫い留められて、死に損なって逃げた竜を探す羽目になったんだ。深い森ン中じゃぁ、女を孕ませるくらいしか娯楽がなくてさぁ。マジ迷惑しかねぇ」
向ける刃に怯みもせず、ババルがニタリと笑む。
その顔も老婆と同じように、醜く映った。
「あの勇者もどきの手引きをしたのは、お前か。吾の結界を、よく破ったものだ」
ソウの背から下りたシドが男に向き合った。
「寝ている竜の結界なんか紙っぺらだろ。俺はエフトラの四賢者、優秀な:呪術師様だぞ」
ババルの下卑た目が、シドを眺めた。
「だけど……。命からがら逃げた:体は伝わっくるねぇ。その程度の無様な魔力じゃぁ、こっちも見付んのに苦労する。敵地になった自陣に戻ってきてくれて感謝するよ。殺されに戻ってきてくれてなぁ」
ババルの目が、ソウに向いた。
「お前は王都に連れ戻せって命令だ。なんで殺す相手、守ってんの? お前の仕事は世界の浄化なんだよ。死にかけの竜のお守りしてねぇで、さっさと殺せよ。救世主で勇者なんだろ」
老婆と同じセリフを、ババルが吐いた。
「殺していいか? シド」
「少し待て。頭は悪そうだが、聞ける話もありそうだ」
「わかった」
ソウとシドの短い会話の応酬に、ババルが顔を顰めた。
笑みを消してババルが手を上げる。
周囲を取り囲む大勢のエルフが弓矢を構え直した。
「置かれた状況すら理解できねぇのか。エルフが敵だって、まだわかんないの? エルフ百人を前に、その雑魚な魔力で死なねぇつもりぃ?」
周りを囲む百人のエルフの目が、ソウとシドを見詰める。
どの殺気にも、迷いがない。
森で出会ったエルフと同じだ。
「見知った顔も混じっているが、ほとんど知らぬ顔だ。よく産ませたものだと呆れる」
シドの言葉に、ソウは首を傾げた。
「三年で、この数を? 皆、大人の:女子に見えるが」
「エルフは産まれて半年程度で大人の形になる。人間とは違う」
「そうなのか」
形は同じでも、成長の仕方は違うらしい。
シドが苦々しい顔でエルフたちを眺めた。
「トガルを埋め込めば、成長はもっと早かろう」
ソウはエルフを凝視した。
森の中で出会った二人と同じように、首に黒いトガルが蠢いている。
首に埋まる種から全身に根を張るトガルは、出会ってきた魔獣同様、エルフの体に同化して見えた。
吐き気がする気配に、顔が歪む。
「吾がお前に聞きたい話は一つだ。大陸から魔王を排して、何がしたい。侵略者の貴様らが望む清浄な世界とは、どんな景色だ」
シドがババルを振り返る。
顰めた顔が醜悪な笑みで歪んだ。
「魔や邪の化身は排せよ。それがエフトラの信念だ。今までも同じ手段で色んな世界を救ってきたんだ。俺たちは英雄だぜ。この世界は俺たちに感謝すべきだ。長らく蔓延る魔王ってゴミを掃除してもらえんだからなぁ!」
「余計なお世話だ。異物の手は必要ない。早々に消えよ」
「異物はお前だろ、死に損ないが。俺に向かって偉そうな口を利くんじゃねぇ。綺麗な世界に蛇より弱い竜なんざ、要らねんだよ」
小馬鹿にした笑みがババルの顔に満ちる。
その手を上げるより前に、ソウは刀を横に薙いだ。
男の首元に一瞬、白い閃光が走る。
ソウは刀を収めて、隣にいるシドを抱えた。
「雑魚竜を先に殺せぇ! 今度こそ確実になぁ!」
男が手を上げて号令すると同時に、その首が地面に転がった。
エルフたちが一斉に矢を引く。
放つより早く、ソウは跳び上がった。
「すまん、殺した」
「構わん。まだ仕事は残っている」
ババルの体が地面に倒れる。
気付いたエルフたちが慌てて駆け寄った。
「ババル様? ババル様!」
「いつの間に? まさか、幻術か?」
「一体、どんな魔術を使った!」
エルフたちが戦々恐々叫んでいる。
「首を薙いだだけなんだがな」
「魔術も使わず、あの速さで首を落とせる生き物は、この大陸にもいないだろう」
「そうなのか? 確かに剣技は得意だが……」
数ある忍術の中でも剣技は得意分野だから、他の草より秀でていたが。
瞬で首を落とせる剣士は草に限らず、日ノ本にいる。
シドを抱えたまま、男とエルフの群れを飛び越して、ソウは後ろの大樹に寄った。
【後書き】
ソウはいつも簡単に首を落していますが。
時代小説なら、こういう描写はしませんよ。
人だけでなく動物もですが、首を斬り落とすって、動いてると無理。
骨に引っかかって斬れない。
座って動かない人の首を斬り落とす介錯人だって下手だと首落せなくて、切腹した人が余計に苦しむ羽目になる。
そういう短編とか時代小説であるくらい資料も残っていて、首を斬り落とすって難しかった。
山田浅右衛門、凄いね。
ま、この話はファンタジーなので。(最強の一言)
だって、その方が格好良いじゃん←。




