表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/25

第13話 フカフカのベッドで眠れた

 寂れたおんぼろ宿とは比べ物にならない立派な部屋に案内されて、唖然とした。


 部屋は広くて綺麗だし、調度品も豪華だ。


 何より、フカフカのベッドが二つある。




「シドは嘘が上手い。皆、信じていた」


「大衆を巻き込む口上には慣れておる。ちょっとは幻術も使ったがな」


「幻術?」


「そもそも冒険者はギルド登録が必須だ。冒険者登録証明書の提示を求めるのが普通だが、そこを突っ込まれると面倒だ。だから、少しだけ吾の幻術で興奮させて、忘れさせた」


「そんな幻術も使えるのか。シドは凄いな」




 あの場で不審がられたら、宿ではなく牢に入れられていた可能性もある。


 良かったと思った。




「悪くないフカフカだ。やっと、ゆっくり眠れる」




 シドがベッドにゴロンと横になった。


 ソウも横になってみた。


 前の宿に比べて、フワフワでふかふかのベッドに感動した。




「おい、何故同じベッドに寝転がる。この部屋にはベッドが二つあるのだから、お前はあっちで眠れ」


「一緒に寝た方が、シドは元気になるのだろう?」


「今は、生気は要らぬ」


「魔力は使っただろう。補充しろ」


「お前ほどではない。むしろ、ソウの方が疲れていよう」




 問われて、ソウは自分の手を見詰めた。




「疲れている感覚はないが。魔力を使ったのは初めてだから、よくわからない」




 あの程度なら体の疲労もない。


 魔力が減っている感じもしない。




「まだ自覚がないか。無意識の消耗は危険だ。今日は吾が魔力を分けてやる。仕方がないから、隣で眠れ」


「シドに生気や魔力が必要ないなら、いい。一人で眠る」




 隣のベッドに移ろうとするソウの腕をシドがひいた。




「いいから、隣で横になれ」




 そういう命ならばと、ソウは隣に横たわった。




「ソウは、アレをどう思った?」


「アレとは、老婆か? 不気味な気配だった。俺が知っている、どの生き物とも違う」




 この世界で出会った魔獣もシドも、ソウが知る生き物ではない。


 けれど、それとはまた別の、得も言われぬ不気味さがあった。




「あの場での会話を、覚えているか?」


「覚えている」




 何気ない声や言葉を記憶するのは慣れている。


 そういう聴術や記憶術もまた草の体術だ。


 命を繋ぐ術でもある。




「老婆と吾の言葉、ソウはどちらを信じる? 奴らは救う者か、侵す者か……」


「シドだ」




 即答したソウを、シドが苦々しい顔で睨んだ。




「もっと考えよ。頭を使ってから返事をしろ」




 こめかみをグリグリされた。


 気に入らなかったらしい。




「考えろというなら考えるが、答えは変わらないぞ」


「吾が依頼主だからか? ならばそれ抜きで考えよ」




 主の命ならば、とソウは考えてみた。




(不気味だったのは、老婆や蛇の中にあったトガル(破壊の種)だ。あの種は、良くない。この世界を蝕んで壊す。排除しなければいけないと、感じる……)




 排除、と思い至って、思考を止めた。




(この世界を知らないのに、何故、そう感じるのだろう)




 明確な理由はわからないが、ソウはトガルを好まない。


 それは確かだ。




「老婆と蛇に巣食ったトガルは、気色が悪かった。あれが良いものだと、俺は感じない」




 人喰しない魔獣を人喰に変えてしまうような種は気味が悪い。




「シドの白くて冷たい魔力の方が、美しくて俺は好きだ」




 シドが、ちらりとソウを眺める。




「エフトラの使徒は、この世界を正す者だと思うか? 侵略者だと思うか?」


「よくわからないが、どちらであっても余計な世話だと思う。国を正すか捨てるかは、この国の住人が決めればいい」


「違いない」




 シドが、軽く吐き捨てた。




「老婆の話では、ソウは魔王討伐のためにリンデル王国が召喚した、異世界からの救世主のようだ」


「その依頼を俺は受けないぞ。今はシドの依頼を受けている」




 依頼を受けたら一つに専念する。


 ソウの矜持だ。




 シドがソウを流し見た。




「なれば、依頼が終わったら、どうだ。吾に心臓が戻れば、依頼は終わりだ。その後なら、受けるか?」


「受けない。俺はトガルが嫌いだ。あんなものを生物の体に仕込む輩には関わりたくない」




 直感的で感覚的だが、草には大事な感性だ。


 自分が嫌悪するモノに不用意に近付くと、命を縮める。


 依頼は自分で見極め判断する。


 それが里の教えだ。




「顔を見る前に攻撃を仕掛けた吾も、同じようなものだろう。結果、お前に魔力を奪われたがな」


「あの蔦か? 避けようと思えば、避けられたぞ」




 シドが怪訝な顔をした。




「なら何故、避けなかった?」


「避ける必要がないと判じた。受け止めても死なないと感じた」




 シドが、ぱちくり、と瞬きした。




「お陰でシドに会えたから、良かったと思う」




 何故かシドに頬を摘ままれ、引っ張られた。




「出会ったのが吾で、幸運だったな。他の三人の魔王に比べれば、吾は温厚だ」




 自分を温厚と語る者が本当に温厚かは謎だと思う。


 とりあえず、他の三人の魔王も癖が強いのだろうと思った。




「何にせよ、リンデル王国がエフトラの使徒と組んで、魔王を排そうと動いているのは間違いない。吾の生存はトガルを通して仲間に知れたかもしれん。道中、敵が増えそうだ」




 シドがソウの頬から手を離した。




 心臓を取り戻すまでの道すがらで、襲われる危険は充分ある。


 シドが話していた以上に、道のりは険しくなったんだろう。




 ソウは上体を起こして、シドを見下ろした。




「魔力を増やすには、どうすればいい。シドを確実に守るには、今より血魔術を使えた方がいい」


「考えても、答えは変わらぬか」


「初めから、そう言ったぞ。俺が信じるのも守るのも、シドだけだ」




 シドから流れ込んでくる魔力は心地いい。


 ソウにとって、シドを信じる理由は、それで十分だ。


 シドの依頼を受けると決めたのも、主と定めたのも、ソウ自身だ。




「吾は良い拾い物をしたようだ。ソウなら、この先の道行で何を見ても、自分の頭で考えられような」


「草は矜持を持って仕事を全うする。何も考えていないわけではないぞ」


「そうだな。ソウの考えは奇想天外で面白い」




 シドがソウに手を伸ばした。


 頬に触れた手は、やっぱり冷たくて気持ちがいい。




「食って寝て、魔力に馴染め。常に血魔術で遊んでいろ。ソウなら、それで十分だ。吾のために魔力を増やせ」




 シドが嬉しそうに微笑んだ。


 その顔から緊張や悲壮感が抜けていた。


 少しだけ、安堵した。




「わかった。なら今は、眠ろう。起きたら飯を食って、風呂にも入りたい」


「そういえば、大浴場があるとか言っていたな。起きたら行くか」


「行く……」




 ごろりと横になって、シドに手を回した。


 唐突に疲れと眠気を感じた。


 フワフワしながら、シドの体を引き寄せる。




「やけに、眠い……な。俺も、疲れていたようだ。普段は眠っていても起き様に、人の首くらい落とせるのに……」




 そういえば昨日も、シドに触れたら眠くなった。


 いつもより深い眠りに落ちそうになる。


 それではシドを守れないから困るのに、瞼が重い。




「初めて魔力を使ったのだから、当然だ。眠くなるのは、吾に生気を喰われているせいだ。だから、引っ付くな。自分の魔力を回復しろ」


「シドも魔力を使った。俺の生気を喰っていいから、シドも回復しろ」


「生気は要らんといったぞ。くっ付くな」




 シドがソウの体を押し退ける。


 その手を払って、体を寄せた。




「ダメだ。シドの元気がないと心配だ。大人しく俺を喰え。空腹を隠すな」


「……頑固者め。普段は鈍のくせに、時々やけに敏くて、面倒だ」




 鬱陶しそうに零したシドが、抵抗をやめた。


 冷たい魔力と温かな肌が心地よい。


 ソウの意識は抗えない眠りへ落ちていった。

ブロマンス、あくまでブロマンスです。

負けるものか……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ