二話「大失敗からの大泣き」
レオンはエステルと共に東部前線へと旅に出る事となったが、馬でも1か月はかかる距離がある。
また、東部とは言いつつもハンマーステッドからは真北の位置にあり、東部前線に近づけば近づくほど寒くなる。
次の町についたら防寒具を買おうか。そんな事を語り合いながら二人は北へと進んでいた。
そして、ハンマーステッドを出発してから順調に旅も進み、はや一週間。そんな中の夜の野営での出来事だった。
「レオン様、申し訳ございません」
「え、どしたの。急に」
旅にも手馴れ、ここから本格的にペースを上げて行こうかと、そんな事をレオンが考えている時だった。
唐突にエステルの深い謝罪を受けたのであった。
「私は、愚か者です」
「いやいや、ちょっとどうしたの」
深く頭を下げ続けるエステルに慌てて近寄るレオン。
「全然話聞くよ。なんかあるなら全然手伝うし、どしたの」
「はい、実は……」
エステルはゆっくりと頭を上げ、レオンの顔を真剣な表情で見つめながら答えた。
「私は以前、不運の呪いは完全に解除したと言いました」
「う、うん。聞いた。すごいなあって思ったけど」
「出来ていませんでした。本当に申し訳ございません」
「…………え」
エステルの言葉に、少し間を置いてから声を発するレオン。
背中か、頭の後ろあたりか、冷たい物が流れる感触が広がる。
「……出来てなかった?」
「はい……」
「……マジか」
力なくその辺の岩に腰掛けるレオン。
腰掛けながら、思考を巡らす。
不運の呪い。この呪いによって強いられた過酷な生活が、
意思とは無関係に自動で脳内に繰り広げられ、力無く呟く。
「マジかあ……」
そんなレオンの様子に、更に表情を暗くするエステル。
「気付いたのはおとといだったのですが、ずっと言い出せなくて……」
「そうだったのか……なんかしばらく元気無いなって思ってたけど……」
ここ最近のエステルとのやりとりを思い浮かべるレオン。
どうにもエステルの覇気がなく、暗い表情をしていたのを思い出す。
声はかけたものの、エステルも「大丈夫です」しか言わないため、
もしかしたら自分が何かやらかしたのかともレオンは考えていた。
10代の娘と30代の男が二人で旅はやはり無理があったのかもと、
そう考え始めていたところであった。
「本当に、本当にごめんなさい……。
早く、早く言わなきゃとは思っていたのですが……。
何て言えばわからなくて……ずっと抱え込んでいました……」
泣き出しそうな表情のエステルであったが、
そのエステルの表情を見たレオンはすぐに落ち込むのをやめた。
明るい声でエステルに話しかける。
「いや、大丈夫大丈夫。全然、慣れてるし!」
「レオン様……」
縋るような眼でレオンを見つめるエステルを、身振り手振りでなだめすかせるレオン。
「いやエステルも頑張ってくれんだし、ね?
多分ほら、なんかすごい複雑な呪いだったとか、そんな感じでしょ?」
「はい……。複雑極まりない呪いでした……」
「ほらね! だから大丈夫だって!」
複雑極まりない呪いがかかってる時点で大丈夫な訳が無いのだが、
エステルの悲しげな姿を見てしまった以上、レオンもそう言わざるをえなかった。
「どんな呪いだったの、教えてよ」
「……はい。レオン様の呪いなのですが……」
エステルは視線を落とし、静かに呪いについて語り始める。
「……かなり大雑把な表現で言うと、レオン様にかかった封印の呪いは、生きているのです……」
「生きて……?」
想像していたよりも遥かに不可解なエステルの言葉に、眉をひそめながら次の言葉を待つレオン。
「出会った時、解呪の神聖魔法によって……二度も解呪しましたが……いずれも復活しています……。
これは、呪いそのものが自分で自分に呪いをかけなおしているのです……」
「なんだって……?」
「そして更に……。自分以外の別の呪いが解呪されると、
今度はその呪いを新しくかけなおして復活させているのです……。
これにより、不運の呪いは……」
「嘘だろ……」
思っていた以上に厄介な呪いに、レオンは大きく脱力して更に深く岩に腰掛けた。
そんなレオンの様子を見て、さらにエステルの表情が暗くなる。
「本当に、ほんとうに」
「あ、いや、大丈夫だって、エステルのせいじゃないって」
レオンは慌てて姿勢を正し岩に座りなおすが、
レオンのその落ち込む様を見て、下を向くエステル。
もはや今にも泣き出しそうな震える声で小刻みに呟き始める。
「出会った、時も、何も、できなくて、今も、レオンさまを、らくたんさせて、わたし、わたしは」
「あー! 大丈夫! 全然大丈夫だから! ね!? ね!?」
いよいよ我慢の限界が来たかのようなエステルをなんとか落ち着かせようとするレオンであったが、
それもまたエステルの悲しみを引き出してしまったのか。
エステルの涙腺は決壊した。
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「ごめんなさい。レオン様。もう大丈夫です」
「ああ。落ち着いたかい?」
「はい。辛いのはレオン様なのに、本当にごめんなさい」
目を真っ赤に腫らしたエステルに、レオンは暖かいスープの入ったカップを差し出す。
スープを飲みながらエステルは呟く。
「私、自分はもっと出来ると思ってたんです。でも、全然駄目でした」
「いやいや、奴の呪いがふざけてるだけだよ。あの幻体、もっと殴ってから斬ってやればよかった」
「……レオン様はあんなに格好よかったのに。本当に不甲斐なくて、悔しいです。ほんとうに、ほんとうに」
「あー! エステルの解呪がすごかったんだよね!! あの時!!
クリアランスだっけ!? すごいよねあれ!!
あとなんか星天術も魔術も使ってたよね!?
色んな魔法使えるのびっくりしたもん!!」
また泣き出しそうなエステルを慌ててなだめるレオン。
だがそれは決して出まかせのお世辞ではなく、レオンは本気でそう思っていた。
「絶対エステルは強いって。もっと全然自信持ってもいいって。俺が保証するよ」
レオンの言葉に少しだけ頷くと、再びスープを飲み、息を吐きだすエステル。
「……もしかしたらですが」
「ん?」
「不運の呪いだけなら、もしかしたらソフィに頼めば何とかなるかもしれません」
「ソフィさんか……」
ソフィという人物の名を口にし始める二人。
「賢者なら何でもお見通しって感じかい?」
「ええ、あの子なら何かわかるかもしれません。呪いについては聖女である私よりもずっと詳しいです」
「やっぱ賢者ってすごいんだな……」
「魔術や呪いの事なら何でも知ってますよ。あの子は本当に天才です」
「おお……」
レオンはここ数日の間で17年分の北方大陸の状況などをエステルから聞いていたが、
同時に賢者の功績なども少しだけ聞かされていた。
「融合魔法? だっけ。あれの開発で戦況が覆ったとか」
「はい。赤服の魔導士でないと使えないのですが、お陰でマギステルムの軍隊戦術は一気に変わりました」
「いやあ、すごいねえ。それが10歳の時か。そりゃ賢者にもなるわな」
「親友として誇らしいですよ。最初に出会ったのは5歳頃だったと思うのですが、その時からすごかったですよ」
「はえぇ。やっぱ天才ってのは子供のころから天才なんだねえ」
賢者であれば、もしかすれば不運の呪いが完全に解けるかもしれない。
レオンの胸に、少しだけ希望の光が灯った。
「幸い、不運の呪いは復活してもすぐに解呪出来るので、一緒にいる間は大丈夫です」
「あ、そうなんだ。ならやっぱり全然大丈夫じゃないか」
「とはいえ、5日で復活するのはわかったので……」
「5日かあ……割と結構短いね」
「はい。やはりソフィに何とかしてもらいましょう。ソフィの暗黒魔法ならどうにかなるかもしれないです」
暗黒魔法。そう聞いたレオンは口元に手を当てて少し考え始める。
「暗黒魔法か……。呪いの力を使ってる魔法だとは昔聞いた気がするけど、大丈夫なのかな」
「目には目を、というやつです。きっと大丈夫です」
赤く腫れた自分の目を指さしながらそう言うエステルであった。