五話「希望」
レオンは、固く閉じていた目を開けた。
開けるとすぐに明るい光が目に刺さってきた。
だが、光の中には一人の人物が立っており、優しい声で語りかけてきた。
「おかえりなさい。レオン様。頑張りましたね」
目の前にはエステルが立っており、微笑みをレオンに投げかけた。
それを見た途端、理由はわからないが、レオンの両目から涙がこぼれはじめた。
「ああ……。ああ……!」
市長と長老は何も言わずレオンの両肩に手を置き、エステルは優しくレオンをただ見つめていた。
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「これからなのですが、私は東部前線に赴くつもりです」
食堂内のテーブルにて、椅子に腰かけながらエステルはそう言った。
レオンもまたエステルの向かい側に腰掛けながら、エステルに答える。
「そうなのか。東部前線に何かあるのかい?」
「はい。東部前線には三代目賢者が控えています。
賢者と合流して戦力を蓄えつつ、北上して長城の東部を奪還するつもりです」
「賢者か……。なら、俺も一緒に行かせてくれないか?」
「勿論です。是非お願いいたします。レオン様」
「ああ、こちらこそ。エステル」
これからの目標を確認し、改めてレオンとエステルは挨拶を組み交わした。
そんな二人に、長老と市長が声をかける。
「では剣聖殿。わしは市長とともに、今から王都へ向かいますぞ」
「陛下を説得し、指名手配を解いてもらうつもりです」
「長老さん……市長さん……ありがとう」
長老と市長に深く頭を下げるレオン。
二人はレオンの礼を受け止めながら問いかける。
「もうお体のほうは平気なのですか? 剣聖様」
「ああ。エステルのお陰でとても良くなった」
「うむうむ。わしも感じますぞ。先程までの悪い物は剣聖殿からは感じなくなっております」
三人がお互いの体を見まわしたりする。
長老と市長はレオンの叫び以降、
レオンから放たれていた何かおぞましい物を感じ取れなくなった。
エステルがその場にいてもいなくても、レオンが人々に影響を与える事はもう無くなっていた。
「やはりレオン様はお強いですね」
「いやいや、エステルが助けてくれたからだよ。俺一人ならきっとダメだった」
「ありがとうございます。その調子で心を強く保てば、少なくとも呪いが無差別に悪意を撒き散らす事は無いでしょう」
「そうか……これからも精神修行頑張ってみるよ」
「はい、応援しております」
優しく微笑みを投げかけるエステルに、レオンもまた笑いかける。
そんな二人を市長と長老が見守っていると、食堂の出口から荷物を持ったメイドが声をかけてきた。
「市長、準備整いました。いつでも王都に出発できます」
「おお、ありがとう。では長老。早速行きましょう」
「うむ。聖女様、剣聖殿。どうかアウロラリスを頼みましたぞ」
座っていたエステルとレオンは立ち上がり、長老と市長に歩み寄った。
「もう行かれるのですね。お世話になりました、市長さん、長老さん」
「本当にありがとう、二人とも、お元気で」
「ええ、お元気で。本日は屋敷で休んでいかれるといいでしょう。この屋敷は自由にお使いください」
「それでは行ってまいりますぞ」
エステルとレオンは二人を見送った。
しばらくして、エステルとレオンは再び椅子に座る。
更に少しすると、レオンは何か悔しそうな表情を浮かべ始めた。
「呪いの事だが……この事実に……あの時に気付いていればな……」
「あの時……?」
「あの裁判で、俺は人々に気圧されて何も答えられなくなってしまった。もしあの時に心を強く保っていれば……」
当時の記憶がよみがえる。
人々から剣聖と称され、誇りと共に剣を振るった時代。
誰もが自分を信頼し、自身もまた人々の希望に応え魔族と戦う日々。
辛い事はあれど、苦には思わなかった。
だが、まさかその人々から糾弾される日が来るとは、レオンも全く思っていなかった。
故に、レオンは耐えきる事が出来なかった。守るべき人々に、真正面から憎悪を向けられる事が。
「結局俺は逃げ出してしまった……」
「レオン様。あなたは悪魔王を撃退し、聖女誕生までこの国を守り抜いた。あなたはまごう事なき英雄です」
「エステル……」
「自信を持ってください。聖女と出会う為にあなたは今日まで生き抜いたのです」
「……ああ。本当にありがとう。エステル」
再び涙が流れそうになるレオンであったが、ぐっとこらえながら話を続ける。
「けど、やはり変わらず剣技は封印されているみたいだ……」
「はい、この食堂にいる間、ずっと解呪を試みておりますが、まだ出来ておりません」
「え、そうなの?」
「ええ。ただ、半分は解けたと思います」
「え? ホント?」
そう言われ、レオンは自分の体を眺めまわす。
時には体を動かしてみたりする。
「何も変わらない気はするけど……」
「はい、剣技を含む、様々な身体能力を封じる呪いは解けませんでした。ですが、もう片方は完全に解けました」
「もう片方……? まさか二つあったってことか……?」
「はい。レオン様には二つの呪いがかかっておりました。
封印の呪いと、不運の呪いとでも呼びましょうか。不運の方は完全に解けました」
「……マジか」
聖女の力を改めて思い知るレオン。
まさか、17年自分を苦しめてきた呪いがいとも簡単に解けるとは思ってもいなかった。
剣技や身体能力を封じられたのも大変であったが、
そもそも浮浪者の生活を強いられていたのは何をしても不運が起こるからだ。
「え、じゃあカバンの中に食べ物全部詰め込んでもいいのか?」
「え、ええ……。背負ってたあのカバンですよね……」
エステルの頭の中で、レオンと出会った際に背負っていたカバンが想起される。
何が入ってるかは不明だったが、出来れば触りたくない見た目のカバンが思い起こされた。
「水浸しになったりとか、どっかに飛んでったりとかしないのか?」
「無くはないですが、不自然に起こる事はもう無いでしょう」
「じゃ、じゃあお金を貯めてもいいのか!?」
「ええ、お金を貯めて好きな物を買う事もできますよ」
「じゃ、じゃあ、働いてもいいのか!? 働いたら運悪く事故ってクビとかにならないのか!?」
「働く……のですか? 出来なくはありませんが、これから魔王軍と戦うのでは……」
「お、お、おおおお……!!」
レオンの心は熱くなっていた。
働けて、事故も起こらず、お金を貯められる。貯めたお金で好きな食べ物が買える。
それがどんなに素晴らしい事だろうかと、レオンは心の底から歓喜し、胸を躍らせていた。
「ありがとう、ありがとうエステル!! 俺、働くよ!!」
「ええ……?」
狂喜乱舞するレオンを困惑しながら見つめるエステル。
そんなエステルに、メイドが話しかけてきた。
「市長からお話は伺いました。本日は当屋敷にお泊りください。お部屋にご案内いたします」
「ありがとうございます。お世話になります」
深々と礼を交わすメイドとエステル。
屋敷の外に目を向けると、すっかりと暗くなっていた。
「レオン様、今日はもう休みましょうか。明日、出立しましょう」
「ああ、そうだな。今日は本当に、本当にありがとう、エステル」
「はい。私こそありがとうございます。会えて本当に良かったです。レオン様」
二人はお互いに頭を下げ、聖女と剣聖の出会いを喜んだ。