四話「心からの叫び」
「聖女様、剣聖様。お二人は常にお傍にいたほうがよいでしょう」
「私も長老に賛成です。このままではまともに街中も歩けないでしょう」
長老と市長がレオンとエステルに話をもちかけた。
先程自身に起こった異常を鑑みれば、長老と市長の提案は至極当然ではあったが……。
レオンとエステルは少し戸惑っていた。先にレオンが口を開く。
「つ、常に……はちょっと、やだよねえ……エステル……?」
そう問いかけられたエステルは何とも言えない表情でレオンに返す。
「えー……あの、いやという訳ではないですが……常にとなると……む、難しいかなと……」
「だ、だよねえ、はは……30過ぎの、ねえ……?」
二人の何とも言えない空気に、長老と市長はやってしまった、と思う。
「す、すみませぬお二人とも」
「危ない呪いだったので、思わず……」
慌てて取り繕う市長と長老ではあったが、何とも言えない空気は相も変わらず空間に流れ続ける。
そんな中、エステルが口を開く。
「別の方法ならあります」
「おお、さすが聖女様。何が策があるのですか?」
「ええ。少し練習が必要ですが」
視線を向けてくる三人に、エステルは手の動きなども交え説明をはじめた。
「まず呪いというのは、生者・死者を問わずあらゆる魂が持っている負の感情を操る術法の様な物です」
「ほお……」
聖女の話に耳を傾ける三人。
「ですので、対抗するには魂が持っている正の感情をコントロールする事が重要です」
「なるほどの……」
「なんとなくはわかったが、具体的にどうすればいいんだ?」
「はい、それはですね……」
エステルが言葉を溜めるかの様に間を置いた。
今か今かとその言葉を待つ三人。
そしてエステルの口が開かれる。
「気合と根性です」
「……なるほどな?」
「気合ですか……」
「根性とな……」
「エステルって意外と根性論好きなタイプなんだね……」
「いえ、しっかりとした理由があるのです」
エステルはそう言うと、食堂の出口へと向かっていった。
「え? エステル? どこ行くんだ」
「古来から悪魔や呪いというのは人の心の弱みに付け込んだりしますが、
それは心が弱っているからこそつけこまれるのです」
そう言いながら、食堂の出口をくぐり抜け、出口の外側から中にいるレオンへと声をかける。
「危なくなったら戻ってきます。よいですか、心の弱みは邪なる者の格好の餌なのです。
心を強く持ってください。先程見た時にわかりましたが、心持ち次第で十分対処可能な範囲です。
頑張ってください」
「え、ちょっとちょっと! エステル!?」
そういうと、エステルは食堂の外の廊下を歩いて行った。
取り残された三名がお互いに顔を見合わせながら話し始める。
「もしかしてエステルって実は結構厳しいタイプ?」
「ううむ……しかしわしらを信じているともとれる。頑張ってみようではありませんか、剣聖殿」
「気合と根性ですか……まるで精神修行ですね……」
「精神修行……エステルは俺達に修行させたいのか……?」
困惑しながらも、各々深呼吸をしたり、軽く体を動かしたりしながらその時を待つ。
しばらくすると、長老が静かに声を上げ始めた。
「きた……これだ……わしは先程これに……」
目を閉じていた長老の体がわずかに震えだす。
続いて、市長も声を上げる。
「き、きました……私もです」
「何といえばよいか……頭の中がざわつき始める……」
「ふ、二人とも……?」
市長と長老の呼吸が段々と荒くなり、二人ともそれぞれ何かに語り掛け始める。
「剣聖殿の、剣聖殿の責ではない……! 悪魔王の仕業ではないか……!!」
「アウロラリスの英雄ですよ……罵っていいはずがないでしょう……!!」
「二人とも……。しっかり、しっかりしてくれ!」
何者かは不明であるが、何かが二人のすぐ傍、あるいは中にいて、その何かに二人は話しかけているようだった。
そんな中、レオンは恐怖心を抱いていた。またこの二人が先程の様に声を荒げ自分を責め立てて来るのではないか。
そう考えると、レオンは心の中がどんどんと重くなり、黒くなって行く様な感触を味わっていた。
だがその時だった。
「かーーーーーーーっ!!!!」
突然大声で、長老が叫んだ。
老人と思えぬその声量に、レオンも少し体を後ろに下げる。
叫んだ長老は深く呼吸をし、息を切らしながら語る。
「やりました、やりましたぞ剣聖殿!」
「長老さん……?」
「ほれ、市長! 早くするのだ!」
長老が市長の背中を叩くと、それに呼応するかのように市長もまた叫んだ。
「剣聖様バンザーーーーーーーーーーイ!!!!」
市長は諸手を上げなら大声で叫んだ。
異質な光景にたじろぎながら、レオンは二人に問いかける。
「あ、あのう……二人とも……?」
「大丈夫ですぞ! 剣聖殿!」
「完全に克服しました!」
二人の様子は生気に満ち溢れたかのようで、呪いの影響は全く受けていないようであった。
レオンもまた二人の様子から力強い何かを感じ取っていた。
「耐えきれた……のか?」
「ええ、ええ、やりましたとも。剣聖様」
「剣聖殿もやってみましょうぞ」
「え、俺も?」
「まあまあ、物は試しで、やってみましょう」
二人に押され、レオンは目を閉じ、呼吸を整えた。
深く瞑想し、心の中へと深く入り込む。
体は静かに、しかし心は海の中を泳ぎ回るように、深く深く水の底へと降りていく様な感触。
しかし決して悪くない感触を受けながら、心の中が平穏に包まれたそんな時だった。
何かがレオンの足を掴み、そして言った。
『お前が殺した』
心の中のレオンはその声に驚き、溺れたかのようにもがき始める。
いくらもがいても、その何かはレオンの足を強く握りしめ、決して離さなかった。
『お前が殺した』(剣聖殿! 剣聖殿!)
『裁きを受けろ』(気を確かに! 剣聖様!)
場面が移り変わり、レオンはいつの間にか大きな広間の様な場所へと移動していた。
レオンはその広間の中心に立っており、周りを見渡すと、様々な人々がレオンを取り囲んでいた。
そしてその人々は皆が一様に悪意に満ちた目を向け、憎しみの言葉を躊躇なくぶつけていた。
極刑の罰を望む者、人格否定の馬事雑言を延々と叫ぶ者、
レオンはそれら全てをただひたすらにその身に受けていた。
『レオンよ。何か申し開きはあるか?』(剣……! ……殿!)
「ありません……私が……陛下を殺害しました……」
『では、極刑に処す。その罪は決して償われる事はない』(……様! 気……に!)
「はい……罰をお受けします……」
『この世に生を受けた事を神々に謝罪し、この世から消えるがよい』
「はい……」
心の中のレオンは力無く、渡された判決を受け入れていた。
そんな時だった。レオンの目の前に、何か小さな光が現れた。
その光は、優しくレオンに問いかけた。
『本当にあなたが悪いの?』
小さな光は、そう問いかけてきた。
レオンはか細い声で答える。
「俺が……俺が悪いんだ。俺が何もできなかったから」
『違うよね?』
「違くない、俺が、俺が弱かったから」
『あなたは強いよ』
『国王陛下は誰に殺されてしまったの?』
「それは、俺が」
『違うよね?』
「違くない、俺がこの手で」
『悪魔王がやったんだよね?』
『どうしてそうしたの?』
「陛下を……国を、守るため」
『そうだよね、あなたは、国のために戦ったんだよね』
「でも、俺は」
『全力で頑張ったんだよね』
『もう一度聞くね。本当にあなたが悪いの?』
「俺は……俺は……!」
『言ってみて。言いたい事、全部』
光に諭され。
これまでにため込んだすべてを、
吐き出すかのように。
「……俺は! ……俺はッ!!」
レオンは叫んだ。
「俺は国の為に戦ったんだ!! ずっと!!
俺は陛下を手にかけた!!
けど、陛下から託されたんだ!!
この国を守れと!! そう託されたんだ!!
だから、泥水を啜ってでも、
これまで生きてきたんだ!!
俺は、俺は!!」
「俺は剣聖として、戦ったんだ!!!!」