十三話「『死霊王』」
戦場は地獄の様相と化していた。
暴徒と化したかのように、兵士達は魔物を蹂躙していった。
魔物達の死体は、直視も憚られるほどに、無惨な姿に成り果てていた。
頭部と四肢を切り落とされた上、分断された部位全てが線切りにされた死体。
執拗に高熱を与えられ、灰となり何の魔物だったのかすらもわからない死体。
脳漿と内臓を撒き散らしながら、爆散した死体。
ありとあらゆる破壊が、魔物の死体に与えられていた。
もちろん、こうする事となった第一の理由は不死化による復活を阻止するためである。
だが、それ以上の強烈な感情が、そのまま抑えられる事も無く叩き付けられていた。
「死ねッ!! 死ねえッ!! クソったれの魔族がァッ!!!!」
ある兵士は、狂人の如き表情と奇声を発しながら、倒れた魔族の顔面に何度も鈍器を振り下ろしていた。
もはや魔族は何も声を発していないし、指先すらも動かさない。
兵士が鈍器を振り下ろす動きの反動で微震するだけだ。
だがそんな事は一切意に介さず、兵士は鈍器を何度も何度も振り下ろす。
そんな中、兵士に向けて赤いローブ姿の魔道士が声をかける。
「低級といえど魔族だ。確実に仕留めよう。凍らせて粉砕する」
赤魔道士はそう言うと、魔族の死体に杖を向ける。
虹色の光が放たれたかと思うと、そのまま氷の息吹が杖から吹き出し、魔族の死体を凍てつかせる。
兵士は死体が凍りついた事を確認すると、再び鈍器を振り下ろした。
「地獄に堕ちろッ!!」
強烈な一撃が魔族の顔面に振り下ろされ、そして鈍い音ともに頭部を粉砕した。
氷漬けにされた後に、鈍器で粉々に破壊され原型の残らない死体が一つ、戦場に増える事となった。
赤魔道士は忌々しい物を見るように、その死体を見下ろしていた。
「二度と這い上がってくるな。汚物め」
そして、彼らのさらに先、最前線では兵士長の部隊が魔王軍の精鋭部隊と交戦していた。
オークを率いるリーダー、オークロードが兵士長と対峙する。
その大きさはオークよりも一回り大きく、鍛え抜かれたような筋肉と合わせて抜きん出て目立っていた。
しかし兵士長は全く臆する事は無く、双剣を構えながらオークロードに向けて疾走する。
「オークロードか。この程度の魔物で王国軍に勝てると思ったのか? 我々を舐めるな」
兵士長の体が紅い炎に包まれ、そして双剣は赤熱する。
オークロードが咆哮を上げ、巨大なハンマーを構え迎え撃つ。
兵士長は炎を巻き上げながら飛び上がる。
「失せろッ!! 紅蓮剣ッ!!」
兵士長の叫びに呼応するように双剣から炎が舞い上がり、そして二つの剣閃は迅速に、的確にオークロードの首筋を切り裂いた。
オークロードは断末魔すら上げる事無く、その頭部が空中に舞い上がる。
そして間髪入れず、頭部と体の断面それぞれから炎が吹き上がり、頭と体を焼いていく。
炎の勢いは決して消える事無く、最後には灰になり元の姿が判別不能になるまで焼き上げられた死体だけが残った。
王国軍は勢いを止める事無く進軍する。
そして神殿騎士団も、魔導師団も、王国軍との間を開ける事無く、怒りに身を任せながら突き進んでいた。
やがて、王国軍は魔王軍本陣の最奥にて、敵の司令官と思わしき者と邂逅する。
その司令官らしき魔族は、人を見下すような冷徹な笑みを浮かべていた。
人を嘲笑するかのような口調で、兵士長に語りかける。
「あらあら……ここまで来るなんて……。どうやって褒めてあげたらいいのでしょうね?」
黒いローブを羽織り、ローブの下は素肌を曝け出す、露出度の高い布切れのような薄着。
妖艶な姿でありつつも、人間とはかけ離れた青白い肌。
木管楽器のような構造も持ち合わせた不可思議な形の杖。
これまでの魔物や低級魔族とは明らかに雰囲気が異なった魔族がそこにいた。
兵士長はその魔族に双剣を向ける。
「貴様が指揮官か。人の姿に近い魔族……貴様、上級魔族か」
「上級魔族……確かにそうですが、少し惜しいですね……」
笑みを浮かべながら、兵士長を見下す魔族。
その兵士長の後方から、数人の人物が駆け寄ってくる。
その内の一人の女性が叫ぶ。
「そのおぞましい邪気、この世には一切残さない! 滅びなさい!!」
神殿騎士団副総長、セレナはそう叫んだ。
セレナの隣にいる男性が叫ぶ。
「自信ありげのようだが、討たせてもらう! 彼らの無念は絶対に晴らす!!」
魔導師団副師長、ゼファーはそう叫んだ。
最後に、一人の少女が叫ぶ。
「お前は絶対に許さない!! これまでに築き上げてきた魔術で、必ず倒す!!」
賢者、ソフィはそう叫んだ。
彼らの叫びを聞いた魔族は、その笑みの表情を更に歪めて笑う。
「じつにくだらない前口上ですこと……。死人に無念なんてありませんのよ」
人の想いを踏みにじるその物言いに、ソフィ達は更に怒りを募らせる。
だが魔族は人間の心情など一切気にもせず、杖の先端を口元に近づける。
艶めきはあるのに血の気の無い唇から空気が吹き込まれ、いびつな高音が杖から響き渡る。
その音が鳴り響くと、近くで倒れている魔物の死体が次々と起き上がり始める。
「死人にあるのは、ただの死だけ……それ以外は何も無い……」
「そして私は、その死を与える存在……」
更に今度は、二度と復活させまいとバラバラに分解した死体が、まるでそれぞれの部位が意思を持ったかのように蠢き出す。
切断面の部分から血管が触手のように伸び、お互いの血管を結びつけながら、やがて一つに統合していく。
しかし統合した『モノ』は元の姿へ結びつくわけではなかった。
ソレは、生命の規則など一切感じさせない、得体の知れない血肉の集合体へと変貌していった。
そのおぞましい光景に人々は吐き気を覚えながら、魔族を見上げた。
『私は……死の象徴……私はいつだってそこにある』
『生きる限り……貴方達は常に私と共にある』
『誰であっても私から逃れる事は出来ない……』
『死を与え、生命の終わりを告げる者……』
『我が名は『死霊王』ネクロムス……』
『私と共に……死にましょう?』




