十二話「反撃」
王国軍、最前線。再侵攻を行う魔王軍が迫りくる中。
一人の女兵士が、倒れ込んだ一人の不死者の胸に剣を突き立てていた。
その兵士はまだあどけなさが残る少女であり、涙を流していた。
「お願いだ……もう、もう起きてこないでくれ……」
懇願する様に、足元の不死者に声をかける。
その不死者もまた、女兵士と同じ程の少女だった。
不死者はその懇願を無視するように、おぞましいうめき声を発しながら、両の手を振り回していた。
振り回す度に女兵士の足の防具に当たり、度重なる金属音を発する。
「お願いだ、お願いだよ……もうやめてよ……」
これがただの魔物なら勇ましく切り捨てていたであろう。
だが、今まさに剣を突き立てている相手はそうではない。
女兵士の頭の中で、不死者が人間だった頃の思い出が駆け巡る。
だがその思い出はすぐに不死者の放つ、少女とは到底思えぬ奇声にかき消される。
思い出に映る美しい姿が、不死者の灰の肌と白い瞳で黒く塗り潰されていく。
もう何人もの仲間を切り捨てたのだろうか。
不死者は首を切り落とせば、二度と動かなくなる事は分かった。
だから、何度もそうしてきた。だけど、もうそれは出来なかった。
こうして懇願する事しか、出来なかった。
「兵士長!! あなたも早く退却を!! 後は我々だけです!!」
近くにいた兵士が女兵士にそう叫んだ。
その言葉を聞いた女兵士は、涙を見せぬよう、背中を兵士に向けたまま叫ぶ。
「分かった! 私もすぐに行く! お前も早く戻れ!」
兵士長はそう叫ぶと、足元の不死者から剣を引き抜く。
引き抜くとすぐに、不死者は関節の概念を無視したかの様な、人間ならばありえない奇怪な動きで立ち上がる。
骨の軋む音を立てながら、逆向きの足を引きずりながら突き進む。
痛々しいその姿に、兵士長は悲しみの表情を向ける。
「痛い思いさせてごめんね……今楽にしてあげる……」
兵士長はそう言うと、不死者の首筋を見据え、剣を構えた。
十分に不死者が近寄ってきたところで、剣を振り抜こうとする、その瞬間だった。
突如、頭上から、青か、あるいは白が入り混じった光が差し込んできた。
「な、なんだ……!?」
兵士長も、近くにいた兵士達も、アンデッド達ですらも皆が頭上を見上げる。
彼らの遥か頭上には、青と白の色合いで構成されたオーロラがそこにあった。
そのオーロラから放たれる青白い光が、戦場全域を照らしていく。
最初にその光の影響を受けたのは、アンデッドと化した魔物達だった。
『ガ、ギ、グギィィィァ……!!』
悲鳴の様な声を上げながら、不死の魔物が苦しみ悶えていた。
やがて、その体は赤く燃え上がっていく。
『ギギィアアアアアッ!!』
『グギィィィィッ!!』
数え切れぬほどの大量の不死の魔物達が放つ絶叫が、戦場に鳴り響いた。
耳を突き刺す地獄のような断末魔が、空気と大地を鳴動させる。
だが、その悲鳴もやがて静かになってゆく。
炎と共に真紅に染まった不死の魔物達の体はやがて燃え尽き、消えゆく絶叫と共に灰となっていった。
そして次に、頭上を見上げていたアンデッドと化した人間達が光の影響を受けていく。
しかしそれは不死の魔物とは異なる物だった。
不死者達は、まるで救いを求めるかのように、両手を天に伸ばしていた。
やがて彼らの体は青く輝き、その体を粒子のような無数の白い光が包みこんでいた。
その白い光は彼らの灰の肌に吸い込まれるかのように消えてゆく。
白い光が触れた箇所は、生前の様な血の通う肌色へと戻っていったのだった。
オーロラに照らされる夜の星空の様な輝きに、
その神聖な光景に、誰もが目を奪われ、誰も言葉は発しなかった。
やがて、不死者達は光に包まれながら、ゆっくりと地面に倒れ込んだ。
光が完全に止み、それから、もう彼らが起き上がる事は無かった。
だが、彼らの眠りにつくような安らかな表情は、彼らの苦痛が終わった事を物語っていた。
兵士長は、先程まで相対していた戦友の亡骸の側へ向かい、その隣に膝をつく。
「おやすみ……」
そう言いながら、戦友の手を優しく握った。
まだ若干の暖かさが残るその手を、兵士長は優しく握っていた。
だが、別れの挨拶すらも許さないとばかりに。
戦友との穏やかな静寂を打ち壊すかのように。
魔王軍の侵攻する地響きと野獣の様な咆哮が届いてきた。
しかし兵士長は魔王軍に視線を向けることもなく、戦友のすぐ側に落ちていた剣を拾う。
両の手に剣を持ち、戦友に視線を向ける。
「仇は討つよ。一匹たりとも生かして帰さない」
兵士長は一言だけそう言うと、殺意の籠もった目を魔王軍へと向けた。
戦場の最前線にて、双剣を構え、目前に迫る魔王軍を迎え撃たんとする。
誰かが整列指示を出すわけでもなく、彼女の隣に、次々と兵士達が並び立つ。
兵士一人一人が皆一様に、怒りに満ちた表情を浮かべていた。
後方から、甲高い角笛の音が鳴り響いた。
その音は、強烈な怒りが籠もったかのような、全身全霊で息を吹き込んだ音だった。
そして。
誰かが号令を出すわけでもなく。
戦場にいる全ての者が、一斉に。
言葉にならない咆哮の如き怒声を上げ、突撃を開始した。




