十一話「打破」
王国軍の後方にて、王国軍に合流しようとしていた神殿騎士団と魔導師団。
彼らもまた突如起き上がる魔物の死体に翻弄されていた。
緑色のローブを着た一人の魔道士が叫ぶ。
「うあああああーッ!! 姉さん!! 姉さーーんっ!!」
緑魔道士は、アンデッドの群れに向かってそう叫んだ。
アンデッド達は、一人の魔道士の死体に食らいついていた。
泣き叫ぶ緑魔道士に、青いローブを着た魔道士が声をかける。
「彼女はもう無理だ! 君だけでも早く逃げるんだ! 急いで王国軍と合流するんだ!!」
青魔道士はそう叫びながら、杖をアンデッド達に向け、更に叫ぶ。
「氷よ! 氷よ! 我が元に集まり氷嵐となれ!! 第七次元魔術、ブリザードストーム!!」
その叫びに呼応するように、氷雪を纏った暴風が吹き荒れ、アンデッド達は真っ白な竜巻に包み込まれ、見えなくなる。
やがて少しの時が経ち、風が収まると凍りついたアンデッド達の姿が露わになる。
それと同時に、緑魔道士が叫びながら走った。
「姉さん! 姉さんっ!!」
「おいっ! 待つんだ!! そちらに行ってはダメだ!!」
青魔道士の制止も振り切り、倒れた魔道士に駆け寄る緑魔道士。
倒れた魔道士のローブは元は緑色だったのであろう。
だが、それはおびただしい量の血痕で血濡れており、元の色がほとんどわからない状態だった。
緑魔道士はその体を起こし、声をかける。
「姉さん! しっかり、しっかりして!! 姉さんっ!!」
緑魔道士が呼びかけるが、もう姉は返事をしなかった。
「そ、そんな……。……ん?」
一瞬、緑魔道士は姉の手の方を見た。
わずかだか、確かに動いたのを見たのだ。
「姉さん! やっぱり生きてるんだね!! 早く逃げよう!!」
希望の表情を浮かべながら、緑魔道士は姉を背負う。
姉を背負い、ゆっくりだが走り出す。
そんな中、背中の姉が小声だが、かすかに声を発した。
「う……が……ぁ」
その声を聞いた緑魔道士は明るい表情で背中の姉に声をかける。
「よかった! 意識があるんだね! 大丈夫だよ姉さん!!」
満面の笑みを浮かべながら走り抜ける。
まだ愛する姉は死んではいない。これからも共に過ごしていける。
「帰ったらまた魔導の勉強をしよう! 一緒に青魔道士になろう! 姉さん!!」
頭の中で、姉との思い出やこれからの未来が描かれる。
様々な希望が胸に溢れる。そんな時だった。
「ぐあっ!! ……あがああああ!!」
彼は叫び声を上げた。彼は首筋に凄まじい痛みが走るのを感じた。
視界に何かが映ったと同時に、その何かが首に噛みついたのだ。
「ぶぐぇッ!! うげえッ!!」
ほんのわずかな一瞬で首元の何かは何度も首に食らいつき、喉笛を噛み切っていた。
彼は吐いた空気が口ではなく、首から漏れていく感触を味わいつつ、首元の何かを両手で引き剥がそうとする。
「うごぉッ!! こひゅっ……!! かっ……」
だがその間にも何かはずっと首を喰らい続けていた。
皮膚と血管がブチブチと引き裂かれる音と感触が彼の脳内に響き渡る。
やがて彼は力無く倒れ込む。
「う……あぁ……」
倒れ込み、天を仰ぐ彼が最後に見たのは、自分を見下ろす一人の人間だった。
だがその人間はもはや人間ではなかった。
白濁した瞳。生気の無い灰色の肌。口から垂れた血液。
そして。僅かに面影を残した姉の顔つき。
「ね……さ……」
姉の変わり果てた姿を見上げながら、緑魔道士は絶命した。
そして、その一部始終を見ていた青魔道士は、震えていた。
「うわ……うわ……うわああああああああ!!」
青魔道士は、それなりに魔法には自信がある。
これまでにも魔物と戦った経験が何度もある。
だが、とてもよく見知った大切な仲間がアンデッドと化し、
実の弟を殺す場面に出くわしたことなど、当然ながら一度も無い。
こんな事の対処法など、魔導学校でも、訓練所でも、師匠からも教わった事など無い。
恐怖に駆られながら、杖を振るい、叫ぶ。
「く、くるなあッ!! 第七次元魔術、アイスランス!!」
叫びとともに杖から放たれた一本の氷柱は、的確にアンデッドと化した血濡れの魔道士の心臓を貫いた。
それからそのまま動くことはなかった。
「……や、やった、やった、はは、はは……」
彼は血濡れの魔道士を眺めていた。
理由は分からないが漏れ出た笑いと、そして、流れ出る涙と共に。
だが……。
「グァァ……」
うめき声とともに、その死体は再び歩き始めた。
心臓のある位置から、氷柱を生やしながら。
「そんな、バカな、うあ……うわああああ!!!!」
彼は叫んだ。同時にすぐさま振り返り、逃げ出した。
しかし、それはもはや出来なかった。
この合間に、彼はもう既にアンデッドに囲まれていたのだ。
そこら中に転がる魔物の死体が一斉に起き上がり、彼を取り囲んでいた。
「ああ……ああああ……」
絶望の中、反対側に逃げようと、もう一度振り返る。
振り返った先には、血濡れの魔道士。
だが、さらに。
「う、嘘だ……」
彼の視界には、つい先程絶命した緑魔道士が立ち上がり、こちらを向いていた。
そして、その緑魔道士が生きてはいない事もすぐに分かった。
血濡れの魔道士と同じく、白濁の瞳に灰の肌。
今もなお首から流れ出る多量の血液。
呆然とそれを見つめる間にも血液は垂れ流され、緑色のローブを赤く染めていく。
「い、いやだ……だれか、だれか助けてくれ……」
少し経ってから、青魔道士の絶叫が鳴り響いた。
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「ソフィ様! おられましたか! 融合魔法を使いますのでご助力願います!!」
魔導師団と神殿騎士団の軍の境目にて、セレナはそう叫んだ。
ソフィはその声に反応する。
「セレナさん! 僕も探していました! 聖浄化の魔法は使えますか!?」
「可能です! そのために来た次第です!」
「さすが副総長ですね!」
「貴方の著書は擦り切れる程に読みましたので!」
二人はそう言うと、お互いに向き合う形で杖を構える。
セレナは構えながら、近くの神殿騎士団員に指示を飛ばす。
「これより長詠唱に入る! 完了までの援護をせよ!!」
「はっ! 副総長と賢者様を護衛しろーッ!! 大魔法の詠唱を開始するッ!!」
神殿騎士は白いマントをなびかせ、剣を掲げながらそう叫んだ。
彼の叫びに応え、神殿騎士達のほか、白いローブ姿の司祭達、赤いローブを着た魔道士達が駆け寄る。
「では始めます、ソフィ様」
「いつでも大丈夫です!」
ソフィがそう返事をすると、セレナは目を瞑り、静かに語り始める。
『深淵の中で、我らの光をその手で拾い給え……』
青と白が混ざった美しい光が、辺りを照らし始めた。
神殿騎士が叫ぶ。
「始まったぞ!! 全力で迎え撃てーッ!!」
叫びに応えるように、各々は杖や剣を構える。
同時に、その青と白の光に誘われるように四方八方からアンデッド達が集まりだす。
迫りくるアンデッドに向けて、赤いローブを着た一人の魔道士が杖を構え、詠唱を開始する。
『極寒の氷雪よ! 我が声に呼応し、今ここに顕現せよ!』
大勢のアンデッド化した魔物に加えて、
アンデッド化した魔道士や神殿騎士も、赤魔道士に向かってにじり寄っていた。
いくつもの白濁した瞳が彼を見ていた。
赤魔道士は、その集団に向けて杖を向ける。
『青嵐の氷獄にその身を委ね、解ける事の無い眠りに落ちるがいい!!』
『第九次元魔術、グレイシャルブリザード!!』
その言葉と共に、凄まじい氷雪の嵐が吹き荒れる。
アンデッド達は成す術も無く、その嵐に一瞬で飲み込まれる。
氷嵐は大勢のアンデッドを凍てつかせながら、やがて消えていった。
消えた後には、もう動くことのない数多の氷像だけが残った。
そして、その氷像の中の一つを、彼は見た。
見た瞬間、絶句する。
「あ……ああ……」
一つの氷像。それは、青いローブを着た魔道士だった。
彼はその青魔道士をよく知っている。
それは、幼い頃から面倒を見てきた、愛弟子だった。
その事実に気がつくと、その場に膝をつき、嗚咽する。
「こんな……こんな事をするために、私は……私は、魔導の道を……!!」
うなだれる赤魔道士。
その隙を突くように、背後から一体の不死者が飛びかかった。
その瞬間、赤魔道士の体が虹色の光に包まれる。
咄嗟に発動した防御魔術が、彼の首筋を不死者から守った。
赤魔道士は背中の不死者を払いのけ、振り返るとすぐに杖を向けた。
向けたと同時に、彼は固まった。
「そんな……君も……」
赤魔道士に襲いかかった不死者は、血だらけになった緑色のローブを着た少女だった。
その少女の事も、彼はよく知っている。
かつて愛弟子が自信ありげに、『自分にも新しく弟子が出来た』と、そう紹介した人物。
彼の孫弟子の少女だった。
「……もう、無理だ……私は……もう、無理だ……」
赤魔道士の杖を持つ手は、力無く降り下がった。
これまでにも何人もの見知った者を、この杖で、その魔法で倒してきた。
その度に彼の心はひび割れ、乾いていった。
そして、いよいよ限界が来た。
少女の死体が間近に迫ろうとも、もはや彼の戦意は無く、抵抗もしなかった。
彼の脳内で、楽しかったあの頃の会話が響く。
『大師匠、実は私、双子の弟がいるんですよ。今度皆で食事に行きませんか?』
『いいね! 師匠、是非行きましょう!』
『ああ、勿論だ。この前、良い店を見つけたんだ。そこに行こうじゃないか』
止まらない涙が、赤魔道士の頬を伝う。
眼の前の不死者は、何の感情も無いかのような顔を彼に向け、奇怪に体を揺らしながら近付く。
赤魔道士は目を閉じると、最期の時を静かに待った。
やがて、彼の耳に声が届いた。
『第十次元融合神聖魔法、聖浄化≪アーク・レメディウム≫』




