三話「恨み、憎しみ」
「大体おかしいのです。人に話せば災いが降りかかる呪い……? あまりにも都合がよくありませんか? 長老」
「うむ。どう聞いても言い訳にしか聞こえぬな。そんな呪いがあるとは到底思えぬ」
「長老さん……? 市長さん……?」
態度の急変した二人に、レオンは困惑しながら視線を向けるが、二人は構わずレオンに言葉をぶつける。
「おぬし、いったい何が目的で先王を殺害した? わしと先王は幼い頃からの親友だったのだぞ」
「長老さん、待ってくれ……! その理由はさっき……」
「黙れ、聞いているのは殺害の理由だ。言い訳など聞きとうない」
明確な敵意を持った目を長老はレオンに向けていた。
先程までの暖かい目をしていた長老とは別人のような、仇敵に向けるかのような痛烈な目をレオンに向けていた。
「現王がどれだけ貴様を呪ったかわかるか?
まだ子供だった若様が咽び泣く姿を……!!
それをわしは、何度も、何度も見てきたのだ!!」
「待ってくれ、俺の話を聞いてくれ!!」
「黙れ!! この裏切り者め!!」
声を荒げる長老に、必死にレオンも声を上げる。
「長老さん、頼む、話を聞いてくれ!! どうしたんだよ、さっきまで……!!」
「黙れと言っている!! 聞く価値も無い!!」
身振り手振りを交え必死に声をかけるレオンであったが、もはやその言葉は届かなかった。
「市長! こやつを王都に突き出すのだ!」
「もちろんです長老。この男は大罪人です。相応の罰を受けるべきです」
「そんな……長老さん、市長さん……なんで、なんで……」
レオンは目の奥に熱いものを感じた。
その熱さは決して心地よいものではなく、その熱さに耐えきれないままレオンは力なく手を降ろした。
同時に、レオンの頭の中に強烈なフラッシュバックが起こり始める。
国王を殺害したのち、多くの人々がレオンに罵声を浴びせるあの時の記憶が、レオンの脳を埋め尽くした。
記憶の中の罵声と、市長と長老のかける罵声がレオンの内と外を満たしてゆく。
『人殺し!!』
「この裏切者め! 先王の無念を思い知れ!!」
『こいつを処刑しろ!!』
「人間の屑が! よくも平気でいられるものだ!」
『こいつを殺せ!!』
『死ね!!』『殺せ!!』『裏切者!!』
「ああ……。あああ……」
レオンは力なくその場に崩れ落ちる。
脳と臓物が同時に搔き乱されるような感触がレオンを支配していた。
打ち震えるレオンに対し、罵声は止まることもなく浴びせられ続けた。
その時だった。
「どうしたのです!? 何があったのです!?」
慌てた様子のエステルが、食堂の入り口から大声をかけた。
市長と長老の罵声にも劣らない大声だった。
「おお、聖女様、戻ったのですな。こやつを王都に突き出そうとしていたのですぞ」
「そうです、この男に罰を与えねばなりません」
「な、何を言っているのです……?」
エステルは困惑しながらレオン、市長、長老の三人を眺めていた。
少し時間を置くと、エステルは何かを察したかのような表情を一瞬見せた。
「なるほど、わかりました。お二人とも、少し失礼します」
「聖女様? どうなされました?」
「あまりこの男に近寄らないほうがいいですぞ」
エステルは市長と長老に近づくと、手のひらを二人に向けはじめた。
その手のひらには暖かそうな光が宿っており、二人はその光に視線を集める。
「ブレッシング」
エステルがそう一言発すると、二人に向かって一瞬だけ眩い光が放たれた。
二人はその眩い光を瞬きもせずにその目に受けた。
光は一瞬だったが、少し長めの間を置いた後に、市長と長老がやがて動き始めた。
「これは……長老……」
「うむ……少し頭が痛むが……」
自身の頭を抑えながら深く呼吸始める二人であったが、
しかし先程の怒りにまみれた様子は全く無くなっていた。
「お二人から邪気を感じ取りましたので……」
「そうでしたか……いや、それよりも……!」
「剣聖殿!!」
落ち着きを取り戻した市長と長老であったが、
長老はすぐにレオンの元へと駆け寄った。
市長もまたすぐにレオンの傍へと走り寄り、二人で共にレオンの肩に手をかけながら声をかけ始めた。
「剣聖殿、本当にすまぬ、すまぬ!!」
「剣聖様!! お気を確かに、剣聖様!! ああ、なんてことだ……!!」
二人に声をかけられるレオンだったが、変わらず床にへたり込んだまま下を向き、もはや何も答える事もなかった。
エステルもまたレオンの傍にしゃがみ込み、レオンに声をかけた。
「レオン様! レオン様!」
エステルの声も届かず、レオンただずっと下を向き続けた。
エステルはレオンの体を支え、少し上げた。それによりレオンの表情が三人の前に露わになった。
「ああ……剣聖殿……!!」
長老の悲哀に満ちた声が上げられた。
レオンは光の無い目でただ虚空を見つめ、何も語る事は無かった。
「レオン様、失礼します」
エステルはそう言うと、レオンを抱き上げ、自身の胸元にレオンを引き寄せた。
レオンの顔はエステルの胸元へと沈むが、何も反応は示さず、何も動きもしなかった。
自身の胸元に力なくもたれかかるレオンを抱きかかえつつ、エステルはレオンの頭の後ろへ向けて手をかざしはじめた。
やがて手に光が集まり、レオンに注がれるかのように流れ込んでいった。
「大丈夫です。大丈夫ですよ……レオン様。私がついています……」
穏やかな声と優し気な笑みを浮かべながら光をレオンに与え、温かくレオンを抱きしめる。
その姿はまさしく聖女そのものであった。
「う……エステル……?」
「はい、エステルです。大丈夫ですか?」
エステルの胸元からゆっくりと顔を上げるレオン。
先程までの色を失ったかの様な瞳とは異なり、少しばかりの光が取り戻されていた。
気を取り戻したレオンに声をかける市長と長老。
「ああ、よかった……!!」
「剣聖殿、どうか、どうかお許しを……」
「お二人とも……」
安堵する二人であったが、レオンは少し恐怖の残った瞳を向けていた。
「レオン様、もう大丈夫ですよ。お二人は変わりありません」
「エステル……。ああ、ありがとう……」
三人に肩を支えられながら立ち上がるレオン。
支えられた手が離され、自立したところでエステルが語り掛ける。
「お二人はレオン様の呪いから漏れ出る邪気に当てられてしまったのでしょう」
「……そうだったのか」
「本当に、本当にすまなかった、剣聖殿」
「申し訳ございません、剣聖様」
深く頭を下げる二人に、レオンはなだめる様に語り掛ける。
「いや、もう大丈夫だ。エステルのお陰で戻ってこれた」
「お役に立てて光栄ですレオン様。ですが申し訳ありません……貴方を一人にすべきではありませんでした」
「いや、君のせいじゃない、呪いのせいなんだから」
市長と長老に並び頭を下げるエステル。
なだめさせるかのような手の動きを三人に向けるレオン。
その手の動きをやがて止めると、静かに語りだす。
「思えば、あの時もそうだった……」
そう言ったレオンの脳裏に、かつての記憶が思い起こされる。
国王殺害の罪の為に行われた裁判。
もはや裁判とは名ばかりの、レオンを糾弾するだけの場にしかならなかったが。
あの場では誰もが皆、先程の市長と長老のように聞く耳を持ってくれなかった。
「あの裁判の時はみんな俺の邪気に当てられていたのか……」
「裁判……?」
「断罪裁判ですな。わしは内容は知りませぬが、酷いものだったとか」
「ああ。裁判なんてもんじゃなかった。一方的に極刑が決められたんだ……」
悔恨の残る表情でレオンはそう語る。
その様子に、エステルは優し気な声で語りかける。
「大方想像はつきます。大丈夫です。今はみんなレオン様の話を聞いてくれますよ」
「ありがとう、エステル……」