五話「説得」
山岳地帯の砦を出発し、更に4日後。
東部前線を発ってから1週間が経過した頃だった。
山岳地帯突破の旅もいよいよ終わりを迎えようとしていた。
そびえ立つ連山を超え、そして最後の山の頂上へと辿り着いた時だった。
その山の麓には、複数の真新しい砦や多数の建造物と、その回りで動き回る数多くの兵士達の姿が見下ろせた。
麓には一つの町の様な拠点が完成しつつあり、膨大な軍の規模が伺えた。
それを見ながら、レオンは感心した様な声を上げる。
「おお……すごい大軍だな……王国軍が全部ここに集まってるのか?」
レオンの言葉を聞き、ソフィもまた麓を見下ろしながら答える。
「全部ではないけど、それでも殆どがここに集まってるよ。それにディヴィニアとマギステルムの援軍も来てるから、全部で10万くらいは集まってるかな」
「うおお……本当に長城を奪還する気なんだな……」
「長城西部と違って東部は重要防衛ラインだからね。みんな本気だよ」
拠点を見下ろしながら、二人は最後の山を下っていった。
下に降りるにつれて拠点が間近に見えていくが、近づけば近づくほどその広大な広さが実感できた。
一番近くに見える砦の頂上にはグラディオンの国旗に加えて、他に2つの国旗も並び立っていた。
夜空に光る大きな月の国旗と、虹色のグラデーションを形取った国旗。
レオンは高くそびえ立つそれらの国旗を見上げていた。
「おや……あれはディヴィニアとマギステルムの国旗か」
「うん、三国揃ってるよ。3つ並べるとかっこいいよね」
「うーむ、壮観だなー」
三種の色鮮やかな国旗はこの広大な拠点の力強さを示すかのように雄々しく風に揺られていた。
東部最前線。グラティウムの長城東部の大砦からそう遠くない位置にあり、
そしてそこは紛れもなく魔族との戦いにおける現時点での最前線の場所であり、現時点で最も危険な位置と言えるであろう。
レオンとソフィは間近に見える砦へと歩みを進めていった。
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「さあ、どうぞお入りくださいませ、ソフィ様。皆様がお待ちです」
巨大な砦の入口前にて、一人の兵士がそう言った。
兵士の案内に従い、ソフィとレオンは砦の中に入っていく。
砦の敷居を跨ぎながらソフィは言う。
「お邪魔します。皆は中にいるのかな?」
「はい。セレナ副総長、ゼファー副師長、そして我らが王国軍元帥、エルンスト様が中でお待ちです」
その言葉に、ソフィよりも先にレオンが反応した。
「エルンスト……あの人もいるのか……」
レオンの呟きにソフィが反応する。
「うん、エルンストさんもいるよ。レオンのよく知ってる人でしょ? ちょっと話は聞いたよ」
「そうか……けどあの人は……」
レオンは気まずそうな雰囲気でそう語った。
ソフィはその様子を見て、落ち着いた声で語りかける。
「何となくレオンが不安な理由が分かるよ。去年王国で最初にエルンストさんに会った時から違和感はあったんだよね」
「違和感?」
「王国の偉い人達って何か変な物に取り憑かれてるんだよね。当時は分からなかったけど、今思えばレオンに付いてる呪いに近いものがあったんだよ」
「……なるほど? ……つまり?」
レオンが問いかけると、ソフィは少し歩みを止め、レオンの方に顔を向ける。
「レオン、すごく悲しそうな顔してる。呪いの影響を受けたエルンストさんに何か酷い事されたんでしょ?」
「…………」
レオンは何も答えなかったが、その表情が全てを物語っていた。
過去の裁判にて、王国の有権者は皆一様にレオンを伝って呪いの影響を受けた。
グラディオン王国軍元帥、エルンストもその一人だ。
その事を思い出したレオンの表情は暗かった。
そんなレオンの表情を見て、ソフィは察した。
「やっぱりそうなんだね……。大丈夫、僕がなんとかしてみるよ」
「ああ……すまない、ソフィ」
「うん。それじゃあ行こっか」
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「こちらです、ソフィ様。どうぞお入りくださいませ」
砦内の大部屋の扉前にて、兵士がそう言いながら扉を開け放った。
扉の先には3人の男女がおり、皆ソフィを見ていた。
老齢ながらも、重厚な鎧を身につけた厳かな雰囲気の男性。
無精髭を生やし、どこか胡散臭さを感じる表情を浮かべた、紫色のローブを着た中年の男性。
髪を束ね、白いマントと軽装の白銀色の鎧を身につけた、清廉かつ真面目な雰囲気の女性。
ソフィはその3人に向かって歩み寄り、声をかけた。
「ソフィ、ただいま戻りました。皆さん大丈夫でしたか?」
明るい雰囲気で話しかけたソフィに、先に中年の男性が声をかけた。
「待ってたよ~! 麗しのソフィちゃん!! 今日も可愛いね★」
両手を上げながら、半ばオーバーリアクション気味でソフィに話しかける中年男性。
そんな男性のリアクションも気にかけることもなく、ソフィは普通の笑顔で話しかける。
「おまたせ。ゼファー先生は今日もキショいね」
「照れる~」
ゼファーはいちいちリアクションが大きく、外見年齢の割にはあまり合わない何とも言えない振る舞いをしていた。
ソフィとゼファーの二人のやり取りを見ながら、隣にいる女性がソフィに声をかける。
「お待ちしておりました。ソフィ様。大事はありませんでしたか? 中継砦から連絡がありましたよ。大怪我をした状態だったとか」
「ああ……もう伝わってたんですね……。ちょっと色々あって、心配かけてごめんなさい、セレナさん。今はもう大丈夫です」
「ご無事で何よりです。皆心配しておりました」
セレナは落ち着いた声で静かに語りかけていた。
その人柄を表すような丁寧な口調と物腰には、どことなくエステルのような、神聖な雰囲気があった。
エステルよりも少し年上に見えるが、その年の同年代の女性よりも遥かに落ち着いた雰囲気をまとわせていた。
セレナとソフィのやり取りの後、老齢の男性が声をかける。
「ソフィ殿、お待ちしておりましたぞ。一体何事かと思って心配しておりました」
「ごめんなさい、エルンストさん、そんな大した事は無かったですよ」
「ご無事そうで何よりです。伝令に事細かに全て常に報告させるのも考え物ですな。要らぬ心配事が増えてしまう」
「本当に心配かけてごめんなさい……」
エルンストの声はとても低く重圧感を感じさせる静かな口調であったが、
しかし辺りに響き渡る様な不思議な声をしていた。
熟練の指揮官というのはこういうものなのだろうと感じさせる、確かな威厳がそこにはあった。
皆、ソフィの無事を確認して安堵の表情を浮かべていた。
そんな中、ソフィは表情を変え、神妙な口調でエルンストに語りかける。
「それでエルンストさん、エステルの件ですが……」
「うむ。既に手は打ってありますぞ。聖女捜索の秘匿任務……我が国の密偵と探索部隊を既に大森林に派遣しております」
「さすがエルンストさん、頼りになります」
「うむ。だがもう一つ、話すべき事がありますぞ」
エルンストはそう言うと、途端に険しい表情を浮かべた。
「剣聖によって四天王ザガンが討たれたと……中継砦の伝令から確かにそう聞きましたぞ」
「はい、そうです」
「……ライアスの部隊からの伝令も聞きましたぞ。間違いなくレオン本人であったと」
「そうです。間違いなくレオン本人です」
「レオン……レオンか……」
エルンストは険しい表情でその名を口にした。
明らかに雰囲気が変わり始めたエルンストに、ゼファーが慌てた様子で声をかける。
「エルンスト様、落ち着きましょう。前にセレナから聞いた通り、あなたは呪いの影響を受けている可能性が高いんです」
ゼファーの言葉に、セレナも合わせてエルンストに話しかける。
「そうです、心を強く持ってください。その怒りはあなた自身が発しているものではありません」
「わかっている。わかっているとも。神殿騎士団副総長の言う事だ。疑ってはおらぬ。だが、だが……」
エルンストは静かに体を震わせ、拳を強く握り始めた。
拳には相当な力が篭っているのが見て取れた。
「奴の名を聞くだけで虫唾が走る……! 自分でも信じられぬ程に、怒りが無限の如く湧き出してくる……!!」
握りしめた自身の拳を見ながら、エルンストは静かに言った。
「先程からそこの扉の前に……兵士の他にもう一人、誰かがいるのはわかっているぞ……!!」
そう言いながらエルンストは扉へと視線を移し強い怒声を放った。
「出てこいッ!! レオンではあるまいなッ!?」
その言葉と同時に、皆の視線が扉へと集中した。
数秒経つと、扉が開かれた。
そして、その扉からは暗い表情のレオンが入ってきた。
エルンストはレオンを見ると、すぐに怒りの篭った口調で問いかける。
「レオン……王国の反逆者め……。その罪を贖いに来たのか?」
「…………」
レオンは何も言わずエルンストを見ていた。
ゼファー、セレナ、ソフィもまた何も言わずレオンを見ていた。
セレナだけは一瞬、レオンの腰の剣、その柄に嵌め込まれた宝石に視線を向けていた。
やがてエルンストはゆっくりと動き出し、静かに語りだす。
「この17年、お前を殺す事を夢見ていたぞ、レオン……。先王の無念、ようやく晴らすことが出来る……」
エルンストはそう言いながら、腰の剣を引き抜いた。
周りの3人が慌てて止めに入る。ゼファーが真っ先に声を上げる。
「落ち着きましょう! エルンスト様!! ……セレナ、ソフィ、何か魔法は無いのか!?」
「ソフィ様、私の神聖魔法では手立てはありませんでした、ソフィ様の暗黒魔法で対抗できないでしょうか!?」
「やってみます! エルンスト様、待ってください! 僕が今から暗黒魔法で対処します!」
そう言いながらソフィが杖を構えた時だった。
レオンが唐突に声を上げた。
「待ってくれ! ソフィ! 俺が直接話す!」
レオンはそう叫んだ。
全員の視線がレオンの方へと集まった。




