四話「恋心」
レオンの不運の呪いの封印後、二人は医務室でそのまま眠る事とした。
部屋には他には誰もおらず、静かな空間で二人きりとなった。
出会ってまだ日も浅いため、お互いに少し緊張しつつ眠ろうとしていた。
そんな中、ソフィがレオンに声をかける。
「ねえねえレオン?」
「ん? どした?」
「レオンとエステルって、この戦いが終わったら結婚したりするの?」
「……へっ?」
唐突なソフィの質問に、レオンは驚いた。
何故、自分とエステルが結婚?
考えてみたがわからず、レオンはソフィの質問の意図を掴みかねていた。
そもそもエステルと付き合ってすらいない上に、お互いに恋愛感情は全く無いのだ。
もしかしてソフィは何か勘違いしているのではないかと考え、レオンは返答した。
「いや、結婚なんてしないよ? 俺達はただの旅の仲間だし、そういう関係じゃないぞ」
「……えっ?」
レオンの返答内容に、ソフィは困惑した。
レオンとエステルはただの旅の仲間?
考えてみたが、ソフィはレオンの返答内容の意味が理解できなかった。
あれだけベッドの上で、同じ寝袋の中で、二人で体を重ねて愛し合っていたではないか。
もしかしてレオンは、何も知らない純真無垢なエステルを騙してふしだらな関係を続けているのではないかと、ソフィはそう考えて更にレオンに質問した。
「エステルはただの遊び相手ってこと?」
「……えっ?」
レオンは体を起こしてソフィを見た。
ソフィは何か少し怒りのような、あるいは見下すような表情をレオンに向けていた。
その表情を見てレオンは少し慌てて答えた。
「待ってくれソフィ。誤解なんだ」
レオンはそう言ったが、言ったのをすぐに後悔した。
この台詞はどう考えても誤解じゃない人が慌てて取り繕う為に言う台詞である。
一旦レオンは冷静に考えてみた。
ソフィは今、エステルはただの遊び相手かと言った。
その台詞から察するに、ソフィの頭の中ではレオンとエステルが付き合っている関係であると考えていることが、恐らくだが伺える。
何故ソフィはその様な考えに至ったのか考えてみた。
「……もしかして、あれか?」
「ん? 何さ?」
ソフィはレオンの言葉に耳を傾け始める。
一体どんな言い訳をし始めるのかと考えながら静かに聞く。
エステルとソフィは言うまでもなく親友である。
お互いに大人に近い、自立出来る年齢になったとは言えども。
親友が悪意のある大人に騙されているのを見過ごすわけにはいかないのだ。
「……あの、エステルが俺に抱き付きながら寝てる件だよな?」
「そうだよ。それ以外何があるのさ」
「やっぱりか……アレなんだけどな……」
「うん?」
レオンは、どうやってこれを説明したものかと悩む。
だが、もしかしたらエステルの幼馴染であるソフィなら分かってくれるかも知れないとも思いつつ、レオンは正直に説明を試みた。
「おじいちゃんがやってくれた様に、頭撫でてくれーって言われてな……」
「え……」
「最初はちょっと横で近寄って寝る位だったんだけど、日に日にエスカレートしていって最終的に俺を抱き枕にして寝るのが当たり前になってな……」
「え……」
「ソフィが想像してるような関係じゃないんだよ……完全に孫と祖父だよ……」
「ええ……」
ソフィは、何とも言い難い表情を浮かべていた。
レオンが嘘を言っている様にも見えず、またエステルの祖父に対する甘えん坊っぷりは子供の頃によく見ていた。
更によくよく思い起こせば、エステルと出会った日に、確かそんな事をエステルが言っていた気もした。
エステルの頭を撫でるのが上手い人がいて、そしてそれがレオンであると。
あの日は結局うやむやになって終わってしまったが、確かにエステルはそう言っていた気がした。
そこまで考えると、それと同時に、ソフィの中でエステルに対する奇妙な感情が湧き出てきた。
その奇妙な感情のまま、ソフィは率直な感想を述べた。
「嘘でしょ……? だって、僕達もう17歳だよ……?」
「あー、まあ……いや、でも、一応エステルにも言い分はあってな。とにかくディヴィニアの生活が辛かったと」
「あー……。確かにずっとそういう手紙送ってきてたもんなあ……。おじいさんの訃報の手紙を出した後の返事の手紙は僕も読んでて辛かったよ」
「そうそう。そういうのもあってな、おじいちゃんに向ける様な目で俺の事を見てくるんだよ」
「なるほど……」
ソフィの中で、ようやく合点がいった。
エステルがディヴィニアで具体的にどんな生活をしていたかはエステル本人が語らないため知らない。
だが大好きだった祖父の葬式すら来れないまま、聖女の辛い修行を無理矢理させられていたとしたら、精神的ショックになっていても不思議ではないと、ソフィはそう思った。
「あの子、生まれてすぐに両親を亡くしててね、それはもう物凄くおじいさんにベッタリだったんだよね」
「やっぱりそうだったのか……祖父の話はするのに、両親の話を全くしないからそうなのかなとは思ってたけど」
「うん……。結局おじいさんにお別れも出来ないままだったし……そういう風になっても仕方ないのかもね」
「そうだな……」
「大変だろうけど、優しくしてあげてね」
「ああ。もちろんだよ。エステルには散々助けられてきたからな」
二人はそこまで語ると、改めてそれぞれのベッドに横たわった。
夜遅くなったせいか、部屋全体が非常に冷たい空気に包まれていた。
「寒いね、レオン」
「ああ、しっかりあったかくして寝ような」
レオンはそう言いながら毛布を重ねて自分に掛けた。
ソフィはそんなレオンを見ながら、ふと気になった事を聞いてみた。
「ねえ、そうは言うけどさ……エステルとあれだけくっついてさ……その、何ともならないの?」
「え?」
そう聞かれたレオンは寝たままソフィに顔を向ける。
レオンを見るソフィの顔は少し赤くなっていた。
質問の意味が少しよく分からなかったので、改めてソフィに聞き直す。
「何ともならないって?」
「いや、その、あれだけくっついてたらさ、普通はドキドキするじゃん……しかもエステルって、ほら、すごい可愛いし……」
「んん……?」
ソフィにそう言われ、レオンはソフィの言った言葉を頭の中で繰り返す。
『すごい可愛いエステルと、あれだけくっついたら、普通はドキドキする』
言われてみれば、冷静に考えたら確かにそうだ、とレオンは思った。
そしてそれを考えた所で、レオンはようやく気付いた。
気付いたと同時に、長らく忘れかけていた重大な事実を思い出した。
「ああ……あの、俺はそうはならないんだよ……」
「え?」
「ヴァルザーにかけられた封印の呪いなんだが、封じられた身体能力の内の一つにな、あの……」
そこまで言った所で、レオンは悩んだ。
17歳の女の子に、これをどうやって説明したら良いのだろうか。
気の知れた同性の相手であれば説明は簡単だろう。
それこそライアス相手なら、股間の聖剣に呪いを掛けられて抜けなくなっちまった、とでも言えばよい。
だがそれを30代のオッサンが10代の若い女の子に、言えるだろうか? いや、言えない。
「あの、アレが、その……呪いでな、ああならないんだよ……」
「んん? 呪い? 呪いの事なら見てあげるよ」
ソフィは呪いという言葉に反応し、ベッドから起き上がりレオンに近寄ると、レオンの体を毛布越しに眺める。
レオンの体を見ながら、言葉を掛ける。
「呪いの事ならすぐに分かるから、僕に任せてよ」
「あ、いや、そんな大げさな事じゃないんだけど……」
ソフィはレオンの体を胸元のあたりから順に見ていき、そしてレオンの状態について語る。
「改めて見ると、えげつない呪いだね……。見た感じでは、心臓が真っ黒な感じになってて、そこから全身に黒いのが流れてってるのが見えるよ」
「そんな状態になってるのか……」
「うん。肉体も魂も両方とも完全に呪いと同化してて、酷い事になってるよ」
そう言いながら、ソフィは視線をレオンの腹部のあたりに向ける。
「胃腸も良くないんじゃない? お腹全体も黒く見えるよ」
「ああ、沢山食べても筋肉が付きづらいんだよな」
「難儀だね……」
そう言いつつソフィはレオンの股間の辺りに視線を向けた。
そこで、ソフィの動きが止まった。
レオンの股間の辺りを見ながら固まるソフィに、レオンは心配そうに声をかける。
「あの、ソフィ? どうしたの……?」
ソフィが明らかに股間を注視しており、何となくレオンは股間の辺りにかかっている毛布を整えた。
ソフィは更に股間に顔を近付けて凝視する。
そんなソフィに向けて、レオンは恥ずかしそうに声を掛ける。
「え、やだ、ちょっと、そんな、ジロジロ見ないでよ」
レオンは毛布の上から自分の股間の上に手を置いた。
やがてソフィは徐々に顔を赤くしていく。
顔が真っ赤になった所で、上ずった声を発する。
「あ、えと、うん……わかった……」
赤い顔のまま、ソフィは自分のベッドへと戻っていった。
そして、毛布を深く被ると、毛布から手だけを出し、レオンに向けて人差し指を立てた。
「あの、アレが、……こうならない……ってことだね……?」
レオンは立てられたその指を見て、ソフィが何を言いたいか理解した。
「そう、そうなんだよ! だからエステルとくっついても何ともならないんだよ、悲しいことに!」
「うん……とりあえず状態は分かったよ……僕にはわからないけど、大変なんだね……」
「ああ……」
「なんかごめん……」
「いいんだ……」
お互いに気まずさを感じながら、毛布を掛け直して改めて寝ようとする。
が、ソフィがまた一つ質問を投げかけた。
「じゃあ、エステルとは付き合ってないし、他に付き合ってる人とかもいないんだ?」
「ん? ああ、そうだな。残念ながらそういう人はいないよ。今まで出会いなんて無かったからな」
「そうなんだ……。ふ~ん……」
「え? なに、どうしたの」
「なんでもないよ、おやすみ、レオン」
「ああ、おやすみ、ソフィ」
そこまで話して、ようやくレオンは眠りに入った。
だが、ソフィはしばらく考え込んでいた。
今、レオンは誰とも付き合っていない。
その事実は、ソフィの頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。
頭の中で、レオンから救われた時の記憶が想起される。
窮地に陥った自分を守り抜き、太陽の光を受けながら剣を携えるレオンの逞しい姿。
そして、吊り橋の上でレオンからかけられた、まるでプロポーズの様な言葉。
『君の笑顔を守りたい』
『君と一緒に生きていきたい』
本当に単なる言葉のあやであって、レオンはそんなつもりは全く無いのだろうと、ソフィは思う。
けれど、その言葉を思い起こすだけで、レオンに対する特別な感情が芽生えていくのをソフィは感じていた。
そして、ソフィはこの感情が何なのかはすぐに分かった。
これは……。




