三話「謎の感情」
東部前線砦を発ってから3日後の夜。
山岳地帯を進み、いくつか山を超え、全体の中間地点に差し掛かった頃。
山岳砦と呼ばれる拠点にて、レオンとソフィは休息を取っていた。
少し前までは魔族や魔物に奪われていた故か、少し物が散乱していたり、壁が崩れていたりなどの戦いの痕跡が残っていた。
そんな雰囲気の砦内の医務室にて、二人はベッドに横になりながら会話をしていた。
「やっぱ魔法ってすごいよなあ。あれだけやられたのにもう全快かあ」
レオンはベッドに寝転びつつ、隣のベッドで横になっているソフィに向けてそう言った。
ソフィは寝転びながら片腕を上げて、答える。
「魔導師数人がかりで直してもらったからね。あれだけしてもらえば大体の怪我は治るよ」
そう言いながら上げた腕を軽く振るソフィ。
その腕はザガンに折られた方の腕であったが、もう完治と言っても良い位に具合が良くなっていた。
「あと、僕にかけられた封印の呪いの封印返しも出来たよ」
「おお、もう出来たのか!」
ソフィの言葉を聞くと、レオンは上体を起こしながら言った。
「さすがソフィだ。もう魔法は使えるのかい?」
「うん。完全に戻ったよ」
ソフィはそう言いながら体を起こすと片方の手の指を一本立てた。
立てた指の周りには虹色の光が渦を巻く様に回り始める。
そしてその指先をレオンに向ける。
「レオンの不運の呪いもこのまま封印しちゃおう。お陰で封印の呪いのコツもわかってきたし」
「えっ、そんなすぐ出来る物なの? 前は数ヶ月かかるって……」
「えっとね、不運の呪いの方は比較的低次元の呪術なんだよ。解呪は無理でも不運の呪いを封印するだけなら今出来るよ」
「マジか……」
「まあ、レオンにかかってる封印の呪いは別次元すぎて封印返しするのはちょっとムリだったけど……待ってね、今からやってあげる」
ソフィはそう言いつつ、更にもう片方の手の指先をレオンに向けた。
その指先には黒い煙の様な物が纏わっていく。
「今から融合魔法で封印するから、ちょっと動かないでね」
「お、おお……」
レオンは息を呑みながらソフィの指先を見た。
それぞれの手の指先には虹色の光と黒い煙が纏わりついていた。
やがてソフィはその指先を交差させるように動かす。
すると、黒い煙は七色の虹の光に陰影を付けるかのように溶けて混ざってゆき、まるで鮮やかな絵画の様な姿へと変わっていった。
レオンがその美しさに目を奪われていると、ソフィが静かに呟く。
『第七次元融合暗黒魔法、スペクトル・カース』
その言葉と同時に、虹色の影が指先から放たれ、そしてレオンの体を包みこんでゆく。
虹の様に鮮やかでありつつも、夜の闇の様に落ち着いた不思議な光に包まれながら、レオンは静かに目を閉じる。
目を閉じる最中、何かが体の中に入り込んで行く感触を感じていた。
しかしそれは決して悪い感触ではなく、むしろ新鮮な空気を取り込んだ時の様な爽快感すらあった。
やがてその感触も消え、消えてしばらくしてから再び目を開けた。
「やったよ、レオン! 成功だ!」
目を開けると、ドヤッとしたソフィがレオンを見つめていた。
レオンは自分の体を見ながらソフィに話しかける。
「ああ、俺も何となくわかるよ。エステルに解呪してもらった時に近い感触がするかな? ちょっとだけ体が軽いぞ」
体を捻ったり、腕を回したりしながらレオンは自分の体を確認していった。
身体能力はあまり変わらないものの、倦怠感の様なものが薄れていっているのをレオンは感じていた。
間違いなく呪いの力が弱まっていることを感じ取れた。
「さすがソフィ。やっぱ賢者って頼りになるなあ」
「フッフッフ。ようやく賢者っぽい所を見せられたかな?」
ドヤドヤドヤァ。
と、聞こえてきそうな表情を浮かべながら、ソフィは腕を組みつつレオンを見ていた。
「いやあ、これでようやく人間らしい生活が送れる訳だ。本当に良かった良かった」
そう言いながらレオンはベッドに勢い良く横たわった。
これまでの苦労を思い浮かべるが、それも全てようやく終わると思うと、非常に晴れやかな気分となった。
「でもレオン、解呪と違って呪いが残ってる事実は変わらないから、気をつけてね」
「え?」
「心持ち次第で元に戻る事もあるんだよ。呪いっていうのは心の在り方次第でいくらでも効果が変わるから」
「そうか……。エステルも同じ様な事を言ってたな……」
エステルと出会った時の事を思い出す。
呪いというのは、心の弱みに付け込む物だと、エステルはそう語っていた。
エステルのその言葉を思い出すと、レオンは改めて自分の心の弱さを思い知った。
ザガンとの戦いで心が折れそうになった事を改めて思い出す。
あの時は情けなく心が折れかけていたというのに、ソフィは心を奮い立たせて力強い言葉を掛けてくれた。
剣聖でも聖女でもない、普通の女の子があれだけの事を出来たというのに。
まだまだ心の鍛錬が足りていないのだと、レオンは深く自戒した。
ソフィがあの言葉と、あの笑顔を掛けてくれなければ、本当に負けていたかもしれない。
そう考えると、レオンの中で恐怖に似た感情が少しだけ芽生えてきた。
だがそれとは別にもう一つ。
何かは分からないが、あの笑顔を思い浮かべるだけで、
ソフィに対する何か特別な感情も芽生えていくのもレオンは感じていた……。




