一話「新たな敵」
旧グラティウム帝国跡地。
玉座の間。
その場所は、酷く荒れ果てていた。
何年、何十年どころではない、もっと長い間手入れがされていない事が伺える状態だった。
壁は至る所が崩壊しており、その隙間から雪を伴った風が入り込み、悲鳴の様にも聞こえる音を立てる。
天井には崩落したであろう大穴が空き、その穴からは外の吹雪の様子が見て取れ、吹雪の音は獣の唸り声の様に玉座の間に鳴り響いている。
床はありとあらゆる所がひび割れており、凍った水たまりが所々に出来上がっており、天井の大穴の真下には山のように雪が積もっていた。
入口から玉座に向かって敷かれたカーペットは色褪せて、泥の様な物で固まっていた。
そして玉座は、もはや玉座とは呼べない程にボロボロの状態であり、座る事など出来ないのでは無いかと思える有り様だった。
だが、そんな状態の玉座に、一人の人物が座っていた。
その者は黒衣を纏い、頬杖を付き、足を組み、無表情で玉座に腰掛けていた。
そしてその目の前には、水晶の様な物が三個、宙に浮かんでいた。
その水晶に話しかけるかの様に語りかける。
「……ザガンがやれらたようだな」
そう言うと、その者の語りに反応するかのように、水晶の内の一つが淡く、赤色に光り始める。
やがて、水晶から何者かの声が響いた。
その声は低く野太く響く男性の声だった。
『そうなるとは思っていました。奴は数合わせで四天王になったに過ぎませんからな』
「うむ……ひとまず四天王の再編をしたはいいが……もはや適材は少ない」
玉座に座る者と、赤い水晶が会話を交わす。
そんな中、更にもう一つの水晶が緑色に光り始め、同様に声が響き始めた。
その声は女性の物であった。だが、その口調は独特な物だった。
『グフフッ、グフッ。ヤツがヨワいのか、ケンセイがツヨいのか……。オモシロいじゃないか。グフ、グフフッ』
その声は不気味な笑いを含んでいた。
しかし、その笑いに同調するかのように、赤い水晶が光る。
『フッ。その通りだ。実に面白い。いよいよあの時の雪辱を晴らす時が来た様だな。……ヴァルザー様、貴方も腕が鳴る所でしょう?』
赤い水晶の声はそう問いかけた。
その問いに対し、玉座に腰掛ける者、ヴァルザーが返答をする。
「……そうだな。あの屈辱、我は忘れてはおらぬ」
ヴァルザーは表情を険しくさせ、赤い水晶に向けて言った。
「手塩にかけて育てた我が軍は全滅。歴代最強と謳われた四天王ですら貴様を残し討たれ……そして我は辛酸を嘗める事となった」
『聖女がいれば我らは敗北していたでしょうな。五代目剣聖……奴はまさしく化け物と呼ぶに相応しい。だからこそ、燃え上がる』
『グフフッ……マゾクにすらバケモノよばわりされるほどのニンゲン……ホントウにオモシロいじゃあないか。グフフフッ』
赤と緑の水晶の声は、さぞ愉しそうに声を発していた。
水晶から続けて声が届く。
『ヴァルザー様、本当に宜しいので? 剣聖を倒した者は、ヴァルザー様に献上する事無く、その魂を食らってよい……』
『グフフフッ!! ヤクソク、ヤクソクですよッ、ヴァルザーサマッ!! ハヤく、ハヤくアジわいたいッ!!』
緑の水晶の声はひどく興奮した口調で言う。
ヴァルザーはそれを諭すように言う。
「約束は違えん。自由にするがよい。奴を殺せるなら何でもよい」
『グフヘヘヘェッ!! タマシイ、ウマいタマシイ、クイたいッ、クイたいッ……!』
『奴の魂を喰らえば、どれほどの力を得られるか……想像しただけで血が滾る』
水晶の声は渇望を滲ませるような声を上げ始める。
ヴァルザーはその声を聞きつつ、それまで光る事の無かったもう一個の水晶へと声を掛けた。
「ネクロムス。お前は奴の近くにいるのだろう? ザガンにより聖女は分断されている。攻め込むなら今が最適であろう」
最後の水晶に向けてヴァルザーがそう言うと、その水晶は青く光を放ち始めた。
やがて、水晶から女性の声が響き渡る。
それは暗く低めの声だった。
『剣聖……あの者を喰らえば、私は更に高みにゆける……』
女性の声に向けて、ヴァルザーが焚きつけるように言葉を掛ける。
「それだけではない。奴の魂から得た力があれば、お前が最も欲する……我が魂ですらも食らえるであろう」
『ヴァルザー様の魂も……。いいでしょう……。剣聖の魂、私が頂きましょう……』
青く光る水晶から届くその声もまた、剣聖の魂を求め始める。
青の水晶の女性は更に続けて語る。
『ふふふ……これで、私とヴァルザー様は永遠に……ふふふふ……』
「ゆけ、ネクロムスよ。奴を血祭りにあげるがいい」
『仰せのままに、ヴァルザー様……』
青の水晶から、地獄の底から響くような、低い女性の声が届く。
『私の力、剣聖に見せつけてあげましょう……。『死霊王』ネクロムス……参ります』