十五話「太陽の様に輝く」
ザガンは、顔だけをレオンに向けると、静かではあるが明らかに怒りの混ざった声で問いかけた。
「なァ……てめえ、今なんて言ったんだァ……?」
その問いかけに対し、レオンはため息を吐いた。
そして、輝く剣の先端をザガンに向けつつ、面倒そうに言う。
「その汚い手をどけろと、そう言ったんだ。聞こえなかったのか? 頭まで低級なのか?」
「へえェ……」
ザガンはその言葉を聞くと、掴んで持ち上げていたソフィを地面に投げ捨てた。
「あぐぅっ!」
地面に叩きつけられ、ソフィが呻く。
だがザガンは一切ソフィには目もくれず、レオンへと体を向ける。
ザガンの紫色の額には、黒い血管の様な物が浮き出し始めていた。
「……おもしれェ。……お前、最高におもしれェよ」
巨腕がレオンに向けられる。
ザガンの口調が途端に荒くなる。
「マジでお前おもしれェよ!! いいぜ、お望み通り殺してやるよ!! ゴミ剣聖がァ!!」
「なら早くかかってこいよ、低級野郎」
レオンは剣を構える。
激昂したザガンが大声で喚き始める。
「てめえはタダじゃ殺さねえッ!! 生きたまま足先から輪切りにして……その汚え首を切り落として晒し上げてやるよォッ!!」
巨腕から突き出た刃に黒い霧が纏わり付き始める。
霧に包まれた刃を高く掲げながら、ザガンは叫んだ。
「ぶっ殺してやるッ!! ハラワタぶち撒けて無様に死にやが……」
叫びの途中、唐突に、ザガンは声を止めた。
そして、困惑混じりの声を上げ始める。
「あ、あ……? う、動かねえ……」
ザガンは目をギョロギョロと動かし始める。
目を動かすが、首から下、体については一切動かなかった。
目以外に、唯一動かせる口だけを使って声を出す。
「な、なんだ、お、俺の体……どうなって……」
口を動かしながら、必死に目を動かす。
視界に少し先の吊り橋や、辺りの岩壁、崖下の大森林が映り込む。
そこでザガンは、レオンがどこにもいない事に気付く。
「お、おいッ……!? どこ行きやがった、ゴミ剣聖ッ……!?」
ザガンは目だけを動かし視界の中を探るが、どこにもレオンの姿は無かった。
体が動かせないのはレオンが何かしたからだと、ザガンはすぐに推測したが、何がどうなっているのかは全く分からなかった。
ザガンの紫の額に、黒い一滴の水が滴り始める。
そんな中、ザガンの背後から声が響き渡った。
『足先から……輪切りにして……首を切り落とす……だったか?』
その声に、ザガンはすぐに反応する。
「てめェッ……どこにいやがるッ……俺に何を……しやが……」
自分に何をしたのか、そう聞こうとした所で。
ザガンはハッとしたように気付いた。
「ま……まさか」
たった今、背後から聞こえてきた声が、ザガンの脳内でこだまする。
足先から。
輪切りにして。
首を切り落とす。
「ま、まさか、そんな、あ、あ……」
ザガンの顎が小刻みに震えだす。
そして、震えた声がザガンの口から漏れ始める。
「ま、まて、よせ……まってくれ……」
ザガンは、自分が今、どうなっているのか、想像が付き始めた。
その想像が付いた途端、ザガンの真っ黒な目玉に、黒い液体が滲み始める。
すると、背後からまた声が響く。
『注文通りにしてやったよ。楽しむといい』
背後の声はそう言った。
ザガンはその声に向けて懇願する。
「い、いやだ、たすけて、たすけて……!」
注文通りにして、『やった』。
背後の声は確かにそう言った。過去形だった。
つまり、それはもう、既に終わっているのだ。
その事実に気が付くと、ザガンの目からは大量の黒い水が流れ始める。
「いやだ……! いやだ、まってくれ、しにたくねえ、しにたくねえッ……あ、あ、あ、あ」
ザガンの視界が、少しずつずれ込むように下に向かっていく。
下に向かうと共に、自分の顔が、ある地点から急に浮遊感を伴いつつ地面に向けて落ちていった。
急速に地面が顔に接近し、そして激突する。
「おぶぅっ!」
激突後、さらに視界は数回周ってから、ようやく止まった。
止まったのを感じ、ゆっくり目を開けると、そこには。
「あ、あ……!! おれの、おれの……あ、あ、ああ……!!」
視界の先には、首のない、自分自身の体があった。
そしてその体には幾重にも、切れ込みの様にも見える横線が何本も入っていた。
まるで、まな板の上で千切りにされた野菜の様にも見えた。
やがて、その体は徐々に崩れ落ちていく。
それを見ながら、目から滝の様に黒い水を流しながら呟き始める。
「まっで……じにだぐない……じにだぐない、だずげで、だずげで……」
ザガンは理解した。
自分の体は今、輪切りにされ。
今ここにある自分の首は切り落とされていて。
そして、そして死ぬのだと。
「いやだ……だずげで、だずげでぐだざい……だずげで、あ、あ、ああ……」
絶望の中それを眺めていると、遂に自分の体は完全に地面に崩れ落ちた。
そして、崩れ落ちた自分の体の先には、一人の人間が立っていた。
「けん、せい……」
その人間は、背中を向けながら輝く剣を携えていた。
ザガンはその背中を見ながら悔いた。
戦いを挑む相手を誤ったと。
だが、もう遅かった。
死にたくない、助けてと、そう言おうとしたが。
だらしなく舌が口の外に垂れ下がるだけで、もう声は出なかった。
目、鼻、口から黒い液体を汚物の様に撒き散らしながら、ザガンの意識はそこで途絶えた。
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ソフィは。
剣を携える剣聖の背中を見ていた。
それを見ている時、ソフィは子供の頃の記憶を思い出した。
魔導師を志したきっかけである、とある一冊の絵本を初めて読んだ時の記憶。
かつて世界を救った、伝説の大賢者の英雄譚。
世界が闇に包まれ、誰もが絶望した中でも、太陽の様に輝き、人々を導いた英雄の姿が描かれた絵本。
目の前の、太陽の光を受けながら、輝く剣を携える剣聖のその姿は。
初めてあの絵本を見た時の衝撃の様に。
ソフィのその目と、その心に、深く刻み付けられた。
第二章「英雄の使命」 ~完~