二話「呪いの真実」
レオンは息を吐きながら腕を組み、少し下を向きながら静かに語る。
「……先に呪いをかけられたのは、俺ではなく国王陛下だった」
市長と長老の鋭い視線が再びレオンに向いた。
「国王陛下にかけられたのは、国をも滅ぼしかねない強力な呪いだった。
誰かに話せば大勢の者に災いが降りかかり、誰かに伝えようと筆を執っても同じ事が起こる。
何もしなくてもすぐ近い内に災いが起こる。そんな呪いを陛下はヴァルザーにかけられた。
眠りにつく前に突然奴が現れ、ご丁寧に説明をしてくれたらしい」
少し間を置いて、ため息を吐いてから話を続ける。
「加えて、俺相手なら話してもその呪いの影響を受けないことも一緒に説明してくれたとさ」
「そうですね、剣聖には女神の加護がありますので……」
「そうしてその話が陛下から俺にだけ伝わってきたんだが……。
俺からこの話を誰かにしたり手紙を書こうとするのもダメだとも聞かされた。
話が人に伝わったり、話を絵や文字として存在させたりすると発動のトリガーになるらしい」
「そうだったのですね……。そして陛下の相談を受けたのですか?」
「ああ……。俺は魔術や魔法の類には疎いが、それでもなんとかしようと思って、
呪いについて書かれた本を漁ってみたりはしたが……」
目を閉じ、軽く目を抑えながら続けて語る。
「結局どうにもならなかった。あの時はまだエステルが生まれる直前くらいの頃だった。
赤ん坊でもいてくれれば何か手は打てたかもしれないが……」
「ごめんなさい。力が及ばず……」
「あ、いや、ごめん、そういうわけじゃないんだ」
軽く下を向くエステルに、慌てて声をかけながら手を向ける。
手を向けながら、気まずそうに続けて言う。
「とにかく、俺と陛下だけではどうしようもなかった。それで……」
「……レオン様?」
エステルに向けられていた手が、力なくテーブルに置かれた。
絞り出すような、か細い声がレオンの口から発せられる。
「陛下は……。陛下は、自分を……殺す様に、俺に頼んできた」
「な……」
目を見開くエステルと、驚きの表情を向ける市長と長老。
三人の視線を受けながら、震え始めた声で続ける。
「誰かに殺されれば、呪いは発動しないと……そう仰っていた……」
「そうだったのですね、レオン様……」
「それで、俺は…俺は、陛下を……」
「おやめください、レオン様、目を開けて、私を見てください」
言われるがまま目を開くと、レオンの視界に力強い視線を向けるエステルが映る。
「大丈夫です。私がいます」
優しげに、しかしはっきりと言葉を発しながら、レオンの手に自身の手を添えた。
「エステル……ありがとう……」
静かに深呼吸を始め、落ち着きを取り戻す。
少し冷静さを取り戻した声で語る。
「それで、その後だった……陛下のご遺体から、黒い煙が噴き出した。
俺はその煙を咄嗟にかわし、しばらく距離を保って見ていたが、その間は何も起こらなかった。
黒い煙が収まって、陛下のご遺体に近づこうと歩こうとした瞬間、そこで強烈な重みを感じたんだ。
それからだ。何もかもが狂っていったのは……」
「その煙というのは……」
「恐らく、陛下にはまた別の呪いがかけられていたのかもしれない。
自分を殺した相手に呪いをかける呪い……そんなところだろう。俺は見事に奴の罠にハマったわけだ」
再び、自身の拳を見つめながら自嘲気味に呟いた。
エステルもまたその拳を見つめていた。
「詳しい原理は分かりませんが、それで能力を奪われてしまったのですね。
おそらく、それは先王陛下を依り代とした高度な呪いなのでしょう。
呪いというのは普通はかからない様なものでも、
複雑な条件を付け加え、それを達成させる事で難しい呪いをかけたりすることができるのです。
それにより呪いの力が女神の加護を貫通したのでしょう」
「なるほど……。
思えば、なぜ奴がわざわざご丁寧に呪いの内容を教えてきたのか……。
そこをもっと考えるべきだったのかもしれないな……」
息を吐き、目を閉じながらレオンは吐き出すように呟いた。
「まあそんな感じで、呪いがかけられたんだ。
剣技の封印もそうだが、何をしても色んな不運が起こるせいで、もうまともに生きていけなくなった。
乗った船が沈むとか、貯金しても全部失うとか、真っ当な生活は出来なくなった」
「経緯はわかりました。お辛かったでしょう……」
悲しげな表情を浮かべるエステルに、半笑い気味でレオンは語る。
「大変だったよ。知ってるかい?
腐りかけの食べ物はうまいなんていうが、あれは全くもって嘘なんだ。普通に腐った味がするんだ。はは……」
「レオン様……」
自虐発言を行うレオンに、悲しげな表情を浮かべるエステル。
見かねた市長が、レオンに声をかけた。
「剣聖様、お疲れでしょう。こちらをお飲みください」
「ああ、ありがとう市長さん……」
渡されたグラスに入った水を、一気に飲み干す。
そして深いため息をつく。
「話し込んでしまいましたね。少し席を外しますね」
「ああ。長くなってしまってごめんな」
「いえ、貴重なお話でした。聞けて良かったです」
礼をしながら食堂を出てゆくエステル。
エステルが食堂を出た後に、長老が口を開く。
「本当に大変だったのですな、剣聖殿」
憐れみの様な、同情のような表情を浮かべつつレオンに優しく声をかけた。
市長もまた、長老に続き声をかける。
「本当に貴重な話が聞けたと思っております、剣聖様。国王陛下の崩御の真実が知れて本当によかった。お辛かったでしょう」
「ああ……本当にしんどかった……。誰かに話を聞いてもらえるって、すごい嬉しいことなんだな……」
目を閉じ、息を吐きながら下を向くレオン。
そんなレオンの肩を軽く手を置く長老。
「わしらがついておりますぞ、剣聖殿」
「我々は真実を知りました。あなたの力になりましょう」
「ありがとう……。ありがとう……!!」
一筋の涙を浮かべながら、言葉を絞り出すレオン。
これまで誰にも人として見られる事も無く、苦しい生活を強いられてきた。
あの事件から早17年、ずっと耐え忍んできた。
その苦労がようやく報われたと感じた瞬間、自然と涙がこぼれていた。
そんなレオンの様子を優しい目で見守りながら、市長と長老は話し始める。
「長老、やはりこの事は王都に知らせたほうがよいのでしょうか?」
「うむ。そうすべきであろうよ。剣聖殿がいれば、大陸の状況も一転するだろう」
「そうですね。……剣聖様、我々と共に王都へ参りましょう。無実を説明し、正式に剣聖として再び戦いましょう!」
力強くレオンに語り掛ける市長だったが、レオンは少し力なく呟く。
「だが……皆俺の話を聞いてくれるものかな……あの時は誰も信じてくれなかった……」
「きっと国王の突然の崩御のせいで皆正気を保てなかったのでしょう。今度は我々がついております!」
「わしにお任せあれよ、剣聖殿。わしは当時の国王とも今の国王とも深い親交がある。きっと聞き入れてくれますとも」
「長老さん……! 市長さん……!」
頼もしい言葉をレオンにかける二人に、レオンは期待の目を向け始めた。
誰かを信頼するのも、誰かに信頼されるのも長い間無かった事だった。
レオンの心の中に、確かな光が生まれ始めていた。
「この話は確かに当時の人々がすぐに信頼するのは難しかったかもしれぬな」
「そうですね、いきなり国王を暗殺して、それが悪魔王のせいだと聞かされても……」
「ああ……誰も信じてくれなかった」
レオンがそう言ったところで、市長と長老が続けて言った。
「うむ。わしもにわかには信じられぬ」
「そうですね、こんな話、私も信じられませんね」
「……え?」
急に市長と長老が声のトーンを下げて、そう言ったのだ。
先ほどまでレオンの言葉を真摯に聞いていた時とは打って変わって、冷たい視線をレオンに向け始める……。