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十二話「生きる意味」

翌朝。

西の大森林の向こうから昇る朝日の光を受け、三人は目を覚ました。

視線の先には、朝日を受けて輝く、神聖な雰囲気を放つ大森林が眼下に広がっていた。

昨夜に見下ろした、月光に照らされた神秘的な風景とは全く異なった雄大な大自然の姿に、三人は心を奪われていた。


そんな景色を見ながら、レオンはバッグの中から茶葉と水筒を取り出して、3つ並んだお洒落なカップに茶葉と水を入れていく。

ソフィがそのカップに杖を向けて念じると、瞬く間に湯気が立つ。

立ち上る湯気を見ながら、しばらく待つ。

そして、エステルは笑顔を浮かべながら『いただきます』と言うと、そのカップを手に取り、一口飲んだ。

飲んだ後、目を閉じつつ、深いため息をこぼした。


「はぁ~。気持ちの良い朝だね~……」


そんな事を気持ちよさそうに言うエステルに同調し、ソフィも声を上げる。


「最高の朝だね~……」


ソフィもまたカップのお茶を飲みながらそう言う。

レオンはそんな二人を見た後、カップに口を付けながら、再び朝日に視線を戻す。

こうして三人で美しい景色を眺め、一日のスタートを切った。



--------------------------------------



野営の後始末を行い、出発の支度を終え、旅を再開する三人。


「二人共、準備はいいかい? 俺は準備オッケーだ」

「私も大丈夫です。ソフィは?」

「僕も大丈夫! 行こっか」


ソフィがそう言った所で、レオンが先頭を歩き出す。

エステルもまたレオンに続いて歩き出す。

何歩か歩いた所で、エステルは気付いた。

後ろから足音が聞こえず、ソフィが立ち止まってるのかと思い、振り返る。

振り返った先にはソフィがいたが、ソフィもまた後ろを振り返っていた。


「……ソフィ?」


エステルが呼びかけるも、ソフィは返事をせず後ろの方へと視線を向け続けていた。

レオンもエステルの声に反応し、ソフィの方へと視線を向ける。

ソフィは、ただずっと後ろを見ながら固まっていた。


エステルとレオンは、ソフィが見ている方向を見た。

見た瞬間、レオンは剣を抜き、エステルは杖を構えた。

そして、レオンが怒気を含めて言った。


「……ヴァルザー! 貴様、何の用だ!?」


ソフィの向こう側には、ヴァルザーが立っていた。

前回同様、黒いローブを着込み、不気味な笑みを浮かべつつ、こちらを眺めていた。


「やあやあ、レオン。新しい仲間が増えたみたいだね。それも、賢者様。賑やかになったもんだね」


ヴァルザーはそう言いながらソフィの近くに寄ろうとする。

すぐにレオンはソフィの前に立ち、剣を向ける。

エステルはソフィの横に立ち、杖を構える。

ソフィは固まったまま、動かない。

ヴァルザーは歩みを止めて立ち止まる。


「一昨日からずっと待ってたんだよ。何やら積もる話もありそうだから、話しかけるタイミングを待ってたのさ」

「そうか、俺達の感動の再会を邪魔せず待っててくれた訳か。有り難い話だよ、下衆野郎」

「おお、冷たい冷たい。そう冷たくせず我とも話してくれないか? もう一度感動の再会をしようじゃないか」


ヴァルザーのその言葉に、レオンは舌打ちをする。

エステルもまた苛立ちを浮かべながら、ヴァルザーに当てつけるように声をかける。


「用が無いなら早く消え失せなさい。あなたの顔は不愉快です」

「おお、さすが聖女様。実に冷たい。悲しいねえ」


ふざけた様子でヴァルザーはそう言う。

だが、少しだけ間を置くと、今度は打って変わって静かな声で、真剣な表情で語り始めた。


「……だがそうだな、用と言えば、我は一つ、剣聖に聞きたい事があるのだ」


レオンの目が、その言葉に反応するかの様に鋭く細められる。

ヴァルザーはレオンの目を見ながら、その場をゆっくりと歩き回り始める。


「剣聖、お前は何の為に生きているのだ? 我はそれが知りたいのだ」

「…………は?」


ヴァルザーの唐突な、意味不明な質問に、レオンは困惑する。


「……一体何の話だ? 哲学的な話か?」

「そう、哲学的な話だ。何故、何の為に今を生きるのか? 我はそれが聞きたいのだ」


レオンはヴァルザーの意図を掴みかねるが、その問いの答えならすぐに回答出来た。


「決まっている。お前を殺すためだ。お前に全てを奪われた恨みを晴らすために俺は生きている」

「ほう。なるほど。それは我にも分かるぞ。我もお前を殺したい。お前を殺して、その魂を喰らい、より強い力を得たい。そのためだけに我も生きている」

「なるほど、分かったぞ、ヴァルザー。この間の宣戦布告の続きという訳だな?」


レオンがそう言うと、ヴァルザーは歩き回るのを止めた。

動きを止めて、しばらく空を見上げる。

そして空を見上げたまま、口を開いた。


「……では、我を殺した後は?」

「……何だと?」

「望み通り、我を殺したその後だ。お前は何の為に生きるんだ? 我を殺して満足したら、お前は死ぬのか?」


レオンは、その言葉を聞くと、深く考え始めた。

そこについては、考えたことなど無かった。

剣聖は悪魔王を倒すために女神に選ばれ、この世に生を受けた存在である。


だからこそ人々は希望を持って自分を祀り上げる。

だからこそ自分は使命を持って人々を救い上げる。

それが当然の事であり、それが全てであった。

悪魔王を倒したその先など、これまで考えもしなかった。


レオンはすぐに答えられず、沈黙していた。

ヴァルザーはレオンの様子を見て、呟き始める。


「……そうか。剣聖……お前も知らぬのか。お前程の人間なら、答えを持っていると思ったのだがな」


そう呟いたヴァルザーに、エステルが問いかける。


「人に生きる意味を問うにも関わらず、何故あなたは人の命を奪うのです」


ヴァルザーはその質問を聞くと、ため息を吐いた。

吐いた後に、呆れたように答える。


「お前達人間はいつもそうだな。何故自分達を殺すのか? そんな事を必ず聞いてくる。実に愚かしい」

「……そうですか。ならば早く消えなさい」

「だが、いいだろう。答えてやろう。剣聖は優しく我の質問に答えてくれたからな」


そう言いながら、ヴァルザーは再びその場を歩き始める。


「我々魔族は、極北の大地で生まれる。そこで生まれると、生まれたモノ同士でお互いに魂を喰らい合う。そして残った一体が力を付け、その一体はやがて人間の魂を求め、人の支配する大地に降り立つ」


エステルは静かにヴァルザーの話に耳を傾ける。


「人間の魂を喰らうと、我らは更に成長する。強い人間の魂を喰らえば、その分だけ強くなる。故に、強くなるため、我らはお前達人間を殺す」

「……それだけのために、多くの人々の命を奪ったと言うのですか」

「そうだ。だが、本質的にはお前達と変わらん。お前達は命を繋ぐために血肉を喰らい、成長する。喰らう対象が人か動物かの違いだけだ」


エステルは、黙ってヴァルザーを見ていた。

ヴァルザーの話を簡単には否定出来なかった。

事実、人は何かの命を奪い、毎日を生きているのだ。

『全ての生命に感謝し、清く生きなさい』

ディヴィニアの教えがエステルの心の中に響く。


「そうして我は五百年の歳月を生きてきた。ただそれだけの話だ。それ以外には何も無い。何もだ」


ヴァルザーはそう言うと、レオン達に背を向けて歩き出した。

歩いてしばらくすると、その姿は霧の様に消えていった。


ヴァルザーが姿を消した途端、ソフィがその場に倒れ込んだ。

すぐにエステルが声をかける。


「ソフィ!? どうしたの! 大丈夫!?」


ソフィは何も答えず、宙を見つめていた。

宙を見つめるその目は、白目がなく全てが黒く塗り潰されていた。

レオンが冷静さを欠いた声でソフィに声を掛ける。


「ソフィ!? どうしたんだ!? エステル、何が起こってる!? この、真っ黒な目は……!!」

「これは……暗黒魔法の暴走かと……」

「暴走だって……!?」


エステルはソフィの目の上に手をかざした。

手から光が放たれ、ソフィの目を優しく包み込み始める。


「本でしか見たことがありませんが、暗黒魔法の力の源泉である、呪いの力が暴走するとこうなるのです」

「呪い……ヴァルザーの仕業か!」

「分かりません……ですが大丈夫です。対処法なら知っています。すぐに治せます」


エステルはそう言いながら、光をソフィに向けて当て続ける。

やがて、ソフィがゆっくりと口を開く。


「エステル……ごめん……やらかした……」


レオンはその声を聞き、すぐにソフィに声を掛ける。


「ソフィ! 大丈夫か!? 一体どうしたんだ!?」

「レオンさん……心配かけてごめんね……エステルがいるから、大丈夫……ありがとうね、エステル」

「大丈夫だよ。すぐに良くなるよ」

「うん……ありがとう、エステル……」


ソフィはそう言いながら、自分の目を手で抑える。

エステルが手を離すと、ソフィもまた手を離す。

先程まで真っ黒に染まっていた目は綺麗に元に戻っていた。


「大丈夫……なのか? ソフィ……?」

「うん、もう大丈夫。心配かけてごめんね、レオンさん」

「一体何があったんだ?」


レオンにそう聞かれ、ソフィは呆然としながら答える。


「……暗黒魔法にはね、先代賢者様が残した哲学的な台詞が教訓として残されててね……」

「教訓?」

「深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ……。僕は今さっき、思いっきりそれをやらかしてしまった……」

「深淵を……?」


ソフィは体を起こしながら、レオンに答える。


「端的に言うとね、呪いの力には呪いの力が一番効くんだよ」

「そうなのか……?」

「さっきアイツを見た時、呪いの力を少しだけ感じたから、呪いの力……暗黒魔法で退治してやろうと思ったんだけど……」

「……逆にやり返された、ってことか……?」

「お恥ずかしながら……迂闊だったよ……」


エステルはソフィに手を貸しながら、ソフィを立たせた。


「無茶したらだめだよ、ソフィ」

「ほんとにごめん。まさか悪魔王がこんなとこにいると思わなくて。でもエステルのお陰でもう大丈夫、行こう」


ソフィはエステルの手を離すとそう言った。

レオンは頷きながら、ソフィとエステルに言う。


「ああ、まだ先は長い。大丈夫そうなら行こうか、二人共」


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