十一話「やること」
ライアスが言う。
「で、この東部前線なんだが、今の状況的には言うほど前線じゃなくなった」
ライアスはそう言いながら地図をテーブルの上に広げた。
レオンはその地図を見ながら言う。
「そうなのか。ここでドンパチやってるのかと思ったんだが」
「ちょっと前まではそうだったよ。この先の山岳地帯が主戦場だったんだが、ソフィ様のお陰でそこら一帯は制圧できた」
「おおー。さすが賢者様」
レオンはそう言いながらソフィの顔を見た。
心なしか、ソフィはドヤッとしていた。
エステルがソフィに向けて小さく拍手する。
ライアスは皆の様子を見て少し笑った後、再度説明を続ける。
「山岳地帯にも砦があってな、そこを奪還した後、俺達は一旦補給のためにここまで戻っているわけだ」
ライアスは地図上に書かれた山を指さしながら言う。
「で、この山岳地帯を抜けた先の平原で、マギステルムとディヴィニアの援軍が基地を建設している。言うなれば東部最前線だな」
ライアスはそう言いながら山の北側を指差す。
「当面の目標としては長城東部奪還のため、東部最前線をしっかりと組み立てることだ。ここ東部前線にある物資を全て最前線まで運んでいき、全ての準備が出来たら全軍で長城東部に進撃する」
ライアスの指先が、『グラティウム長城東部』と書かれた場所に向けられた。
レオンはその指先を見ながら言う。
「よし、目標が分かったな。じゃあ早速山岳地帯へ向かおう」
「ああ。レオン達だけでも先行してもらえると助かる。山岳地帯を抜けるには軍の進行速度だと10日位かかるが、少人数ならもっと早く着くだろう」
今後の方針も決まり、四人はお互いに頷き合った。
「あと、レオン。言うまでもないが、西の大森林には絶対近寄るなよ」
「……まだあの大魔獣がいるんだな?」
「ああ。あんなの相手にしてられる状況じゃないからな。ディヴィニア軍もマギステルム軍も、当然俺達王国軍も完全スルーしたよ」
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東部前線砦は慌ただしい雰囲気となっていた。
兵士は皆、物資をかき集め、整理し、荷台に詰め込んでいく。
行軍に向けて、全員が動いていた。
砦外壁の門前にて。
装備をしっかり整えたレオン、エステル、ソフィに向かい、ライアスが話しかける。
「それじゃあ、少しのお別れだな。レオン」
「ああ。お前の顔が見れてホッとしたよ」
「俺もだ。先王陛下の真実も知れて本当に良かった。アトラス陛下もお前の凱旋を待っているはずだ」
「必ず帰るさ。その時はお前も一緒だ、ライアス」
「ああ。必ずだ」
レオンとライアスは固く握手を交わしながら、お互いに微笑みあった。
握手を解くと、ライアスはエステルとソフィに向けて声を掛けた。
「エステル様、ソフィ様、どうかレオンの力になってやってください」
「はい、私達三人で必ず悪魔王を討伐します」
「ライアスさん、元気でね」
そして三人は、東部前線を発った。
三人の背中に向けて、多くの兵達が手を振ってその姿を見送った。
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山岳地帯は高い山で連なっている地帯であったが、比較的整備が進んでおり、容易とまではいかないが苦も無く進むことが出来た。
一日目は特に何も起こらず平和に進み、夜になったため野営を始めた。
この時点で既に高い位置まで登っており、崖の向こうには広々とした景色が月明かりに照らされるように映っていた。
「結構いい眺めだな~」
レオンはそう言いながら崖の縁に立ち、景色を眺めていた。
どこまでも続く大森林がレオンの視界に映るが、高所から眺める森の木々は月の光に照らされて幻想的な雰囲気となっていた。
後ろに視線を戻すと、エステルとソフィが岩陰に設置された焚き火の前でくっつきながら体を温めていた。
「寒いね~」
「ね~」
くっつきながらそう呟く二人の近くに、レオンも腰掛ける。
焚き火の暖かさが少しだけ体に伝わってくるが、同時に冷たい空気が背中を撫でる。
背中の冷たさを感じながら、レオンは二人に尋ねる。
「なんかこう、もっと一気に温まる魔法って無いのか?」
レオンの質問に、エステルが答える。
「難しいですね。屋外だとどうしても熱が逃げちゃいますから。洞窟の中とかならいいのですが」
「そうなのか……」
レオンはそう言いながら焚き火を見つめる。
焚き火の中には炎よりも明るい光の塊があり、その光が炎よりも温かい熱を生み出してはいるものの、いかんせん外の空気は突き刺さるかのように冷たく、光と炎の暖かさもそこまで強くは感じられなかった。
「なんかこう、魔法で壁に洞窟掘ったりとか……」
そう言いながら直ぐ近くの岩壁に視線を向ける。
そんなレオンの言葉に、ソフィが反応する。
「掘るのは出来ても、時間が経ったら崩れて生き埋めにされるかもですよ、レオン様」
「うへえ、それはいやだなあ」
「冬場はそういった事故がすごく多いんですよ。掘るだけなら爆発系の魔法ですぐ出来ますから」
「うわぁ……」
極寒の中、壁に埋まって死ぬ様を想像して震えるレオン。
そんなレオンに続けてソフィは語る。
「一応、風が吹いてこないように調整してますので、大分温かいはずですよ」
「たしかに、なんか風吹いてなくてすごしやすいな~と思った。ソフィさんのお陰なのね」
「さすがソフィ。すごいね!」
エステルに褒められ、ドヤッとし始めるソフィ。
そんな二人の様子を見ながら、レオンは呟く。
「なんか、二人ってすごい仲良いから……おじさん、疎外感を感じる……」
そう言いながらちょっと悲しそうな表情で下を向くレオン。
そんなレオンを見ながら、二人が話す。
「僕達親友だもんね~?」
「親友だもんね~」
レオンは顔を上げ、ソフィに向けて声をかける。
「そうだ、せめてソフィさんとか、レオン様とか呼び合うのやめない? 昼間自己紹介した時は何も言わなかったけども」
「え~、ですが剣聖様相手に……」
「いや、旅の仲間だし、もうちょっと親近感欲しいんだよね。出会う人み~んな剣聖様とか、レオン様とか呼んでくるからさ」
「う~ん……いっそ呼び捨てしあったりとかしてみます?」
ソフィがそう言うと、レオンは指を鳴らしながら答える。
「ソレだよ! そういうの! エステルなんて未だに何かよそよそしいし! 俺もそういう仲間が欲しい!」
「う~ん、でもさすがにな~……しばらくはレオンさんで。もうちょっと仲良くなったらにしましょう」
「あ~……溢れ出るエステル感」
呼び捨てしあう仲間は見つからず残念がるレオン。
三人での旅の初日はこうして和やかに進んでいった。
そんな中、エステルが口を開く。
「そろそろ眠くなってきました……」
「うん、僕も疲れたし、もう寝ようかな」
「よし、そろそろ寝るか」
レオンがバッグに手を突っ込み、ごそごそとし始めると寝袋を取り出した。
その寝袋をソフィに渡す。
「これソフィのやつね」
「ありがとうございます、レオンさん。そのバッグ本当にすごいですね。中身が気になるところです」
「中は絶対覗いちゃだめだぞ」
そう言いながら、レオンは再びバッグの中を漁り、もう一つ寝袋を取り出した。
エステルはその寝袋をレオンから受け取ると、地面に広げ始める。
綺麗に広げると、そこでレオンに向けて言う。
「さあ、今日も一緒に休みましょう、レオンさん」
「ああ。山登りのせいで腰が痛いよ」
二人はそう言いながら自然に、同じ寝袋に二人で一緒に入り始める。
ソフィはそんな様子を見ながら二人に話しかける。
「あ、あの、じゃあ僕はちょっと向こうで寝るので……」
そう言うソフィに向けて、レオンとエステルは揃って返事をする。
『なんで?』
「いやいやいや、なんでって……」
どこかに行こうとするソフィを、エステルとレオンは不思議そうな表情で引きとめる。
「普通にここで寝たら?」
「魔除けのコインがあるって言ったって、離れたら危ないぞ」
「ええ……」
さも当然のように答える二人に、ソフィは何も言えずその場で寝袋に入り始める。
同様にエステルとレオンも改めて同じ寝袋に二人で一緒に入る。
ソフィは二人が入ったのを確認し、声を掛ける。
「じゃ、じゃあ、寝よっか。二人共お休み」
「ああ、おやすみ、ソフィ」
「明日も頑張ろうね、ソフィ」
ソフィは二人に背を向けて、目を閉じ始めた。
最初は無音の空間が流れるが、すぐにエステルの声が暗闇の中に響いた。
『レオンさん、もっと……』
『全く、甘えん坊だなエステルは』
『ああ……きもちいです……』
その会話を聞いたソフィは、耳を塞いだ。
そして二人に聞こえない程度の小声で呟き始める。
「聞こえないッ、聞こえないッ……! 僕は何も聞こえないッ……!」
『こっちの方も撫ででください……』
『こうかな?』
『ああっ……レオンさん……』
ソフィの耳の穴奥深くに、ずぼりと指がねじ込まれる。
「聞きたくないッ……! 親友がやることやってるとこなんて僕は聞きたくないいッッ……!!」
そう呟きながら、ソフィは催眠魔術と昏倒魔術を自身にかけた。
ただただエステルがレオンに頭を撫でられているだけの話なのだが、ソフィがその事実に気付くのは大分先の話となった。