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八話「心技」

ライアスは、兵達に向けて問いかけた。


「誰か、手合わせを所望する者はいないのか?」


ライアスはそう言うが、兵達は誰も何も言わず、石の様に固まっていた。

何も知らない素人であればまだ多少は良かったであろう。

だが、これまで死地をくぐり抜けた兵達は、その経験故に誰一人として手を挙げる事が出来なかった。


多くの鍛錬を積んできたからこそ分かる。

目の前に立つ剣聖は、ただただ木刀を握って立っているだけなのに、そこには一太刀も打ち込む隙など微塵も無かった。

皆一様に頭の中で様々な戦法を立てるが、剣聖から一本を奪うビジョンなど、何一つ思い浮かべることは出来なかったのだ。

剣聖の放つ威圧感に、誰もが圧倒されていたのだ。

固まる彼らの内、一人の兵士に向けてライアスは声を掛ける。


「兵士長、お前はどうだ? またとない機会だぞ」


そう声をかけられた兵士長は、はっとしたようにライアスに反応する。

兵達の隙間を抜けて、皆の前に出る。

レオンは兵士長の姿を見て、話し始める。


「兵士長にしてはまだ若いな。有望株といったところか」


兵士長は見た目はエステルやソフィと同じくらいの年齢の少女であったが、戦士の顔つきをしており、頼もしい風格でもあった。

しかしその表情には緊張があり、硬い動きでレオンの前に立っていた。


「ライアス、剣を渡してやってくれ。皆は真剣でいい。実戦形式でやろう」

「わかった。兵士長、これを使え」


ライアスはそう言いながら近くに置いてあった鋼鉄の剣を兵士長に向けて投げ渡した。

兵士長はその剣を掴み取ると、ゆっくりと構えを取り始める。

深呼吸をした後、レオンに向けて落ち着いた声で話す。


「剣聖様。よろしくお願いいたします」

「ああ。どこからでも来るといい」


レオンは礼を述べる兵士長に向けてそう言いながら、軽く構えた。

兵士長はレオンのその姿を見て、表情を険しくさせる。

目の前に立つレオンに向けて剣を打ち込もうとするものの、やはり一部の隙も無く、動き出す事が出来なかった。

レオンの体の隅々まで視線を向け深く観察し、様々な手を講じるがどれも無意味な物にしか思えず、攻めあぐねていた。

レオンはそんな兵士長を見かねて声をかける。


「そんなに緊張しなくていい。まずは軽く打って来るといい」

「……はい」


レオンにそう言われた兵士長は軽く呼吸を整え、改めて剣を構える。

静かに呼吸を続け、剣に力を込める。

すると、剣が熱を帯びたかの様に徐々に赤く光り始める。


「参ります、剣聖様」

「ああ。来い」


兵士長の構える剣は更に赤い光を放つ。

赤熱した刃から噴き出す熱気はやがて兵士長の体をも包み始めた。

そして、熱と光に包まれながら、兵士長は叫ぶ。


「行きます!! ……紅蓮剣ッ!!」


その叫びと同時に、兵士長は駆け出す。

剣から舞い散る残火を撒き散らしながら、レオンに向けて勢い良く剣を振り下ろす。

それと同時に、レオンはほんの少しだけ木刀を動かした。

振り抜かれた兵士長の剣に添わせるかの様にその木刀を動かすと、

たったそれだけで剣は何も無い地面に向けて逸らされ、そのまま剣先が地面に深く突き刺さっていった。

兵士長は地面に食い込んだその剣先を、目を見開きながら凝視し、呟いた。


「そ……そんな……」


兵士長は、渾身の一撃を放ったつもりではあった。

手は一切抜いていない筈だった。

それ故に、目の前の出来事をすぐには信じられなかった。

そして兵達も、兵士長という立場の人間の一撃が全く通用しない事実に驚愕していた。


少し遠くから見守るソフィもまた同様に目を見開く。

剣技については全く知らない素人であるが、それでもレオンの強さはすぐに理解できた。


「あれが……剣聖なんだね」


ソフィはそう呟くと、エステルがその呟きに反応する。


「うん。すごいでしょ。でも、レオンさんの本当の凄さはあんなものじゃないよ」


エステルのその言葉を聞くと、ソフィはレオンの一挙一動を見逃すまいと、更に深く注視し始める。

これは剣聖の強さのほんの片鱗でしか無いと、ソフィはそう理解した。


驚愕し、固まる兵士長に向けて、レオンは語りかける。


「心に迷いがある。お前はそんな状態で何と戦うつもりなんだ?」

「……ッ! 私は……!」

「俺に負けるのが怖いのか? 部下に負ける所を見られるのが恥ずかしいのか?」

「くっ……!」

「来いよ。全力を見せてみろ」


レオンはまるで煽るかのように兵士長に語りかける。

煽られた兵士長は一度下がり、再び剣を構え直す。

剣を自身の目の前に構え、その剣の向こう側にいるレオンを見ながら、熟考する。

どうすれば、目の前の人間に自分の技が通用するのか?

ただそれだけを考え始める。


……だが。どれだけ考えても答えは出なかった。

何を思いついても、その全ては視界に映るたった一本の木刀によって無に還る。

考えれば考えるほど思考の沼に嵌り、何が正解なのか分からず時間だけが過ぎていく。

やがて、兵士長の闘志は勢いを失った炎の様に消えていった。


自分には、勝てない。

これが自分の限界なのだ。

そう考え出すと、負の感情が兵士長の心を支配し始めた。

目の前にいる剣聖がまるで化け物の様にすら見え、その手に握られた何の変哲も無い木剣が、凶悪な魔獣の爪の様にすら見えてくる。

そんな奇妙な錯覚が兵士長の脳を支配し始める。

その錯覚の中、兵士長はまるで自分を納得させるかのように、心の中で呟いた。


相手は伝説の英雄なのだ。

勝てるわけがない。

ただの兵士である自分が敵うはずがない。


そう考えると、若くして兵士長と呼ばれ舞い上がっていた自分が愚かしく感じ、一刻も早くこの場から立ち去りたい、ただその一心となっていた。

もう、兵士長の心には闘志は何一つ残っていなかった。


……降参しよう。

そう思った時だった。


「本当にそれでいいのか?」


レオンは、兵士長に向けてただ一言、そう言った。

その言葉を聞いた兵士長の体が一瞬、少しだけ動いた。

まるで心の中を見透かしたかの様なその一言は、兵士長の心に深く突き刺さっていた。


「わ、私は……」


……本当に、これでよいのだろうか?

兵士長は自分自身にそう問いかけた。

ここで降参しても、特に何も変わりはしないだろう。これはただの訓練だ。

だが、強敵を目の前にして逃げ出した人間が、これから先に待ち受ける恐ろしい魔族に打ち勝てるのだろうか?

きっとこの先の戦いで、強敵と出会っては同じ様に逃げ出すのだろう。

本当に、これでよいのだろうか?

兵士長が自問自答を繰り返す中、レオンは静かに兵士長に問いかけた。


「もう一度聞くぞ。お前は本当にそれでいいのか?」


……いいはずがない。

自分は、兵士長だ。

多くの部下をまとめ上げる立場にある。

自分の為に、命懸けで戦う部下がいるのだ。


そう考えながら、兵士長は自分を見る兵達の姿を見た。

兵達は誰もが不安を感じさせる表情を浮かべていた。

その表情を見て、兵士長は決意した。


「……私は、逃げない……!」


そう言うと、視線をレオンに戻し、剣を強く握りしめる。

剣は再び熱を取り戻し始め、徐々に赤熱していく。

兵士長の中で新たに燃え上がり始める闘志に呼応するかのように、赤熱する刀身から炎が噴き上がり始める。


「私は……! グラディオン王国の兵士長だ……! 私は、我々王国軍は……! 何者にも屈する事は無いッ!!」


兵士長がそう叫ぶと、剣から噴き出す炎は瞬く間に激化し、一瞬で兵士長の体を包み込み、その炎はまるで燃え盛る巨大な華の様に形どられてゆく。

そして、掲げられた剣は真紅に眩く光り輝き、それはレオンへと向けられた。

レオンはその姿を見て一瞬だけ笑みを浮かべるが、すぐに集中した表情に戻り、兵士長へ言葉を向ける。


「来い。全力で受けて立つ」


レオンが構えを取ったのを見て、兵士長は全力で駆け出した。

前進する兵士長を後ろから追いかけるかの様に、残火の炎が無数の花びらの様に宙へと舞い上がってゆく。

そして、レオンの目前まで来た時、兵士長は叫んだ。


「参る!! 閃華・紅蓮剣ッ!!!!」


紅の一閃が、剣聖へ向けて放たれた。


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