五話「親友」
「見苦しい所をお見せしてしまい、申し訳ございません、エステル様」
応接室にて、ライアスはエステルに向けて深く頭を下げていた。
エステルは椅子に座りつつ、優しく微笑みながら返す。
「大丈夫です。17年もレオン様を探していたのですよね。お気持ちはわかります」
「お心遣い痛み入ります」
ライアスは顔を上げると、椅子へと腰掛けた。
「それでは改めて、ようこそお越しくださいました。エステル様。我ら兵士一同はこの時を待っておりました」
「はい。聖女として、全力で皆様とともに戦う所存です」
「頼もしい限りです、エステル様。それに……」
ライアスはレオンの方へと視線を向けた。
レオンはその視線に応える様に話し始める。
「ああ。俺も全力で戦うつもりだ。改めてよろしく頼む、ライアス」
「ありがとう、レオン。まさかお前……剣聖までいるとは思ってなかったよ」
「俺もこんな日が来るなんて思ってなかったさ。全部エステルのお陰さ」
レオンがそう言うと、ライアスはエステルへと視線を向ける。
エステルは落ち着いた様子でライアスへと答える。
「いえ、私は何も。レオン様の努力のお陰でしょう」
「ご謙遜を、聖女様。レオンがこの場にいるのはきっと貴女のお陰なのでしょう。レオンの友として深く感謝します」
ライアスは改めてエステルに向けて頭を下げる。
「ありがとうございます。ライアス様」
エステルもまた軽く頭を下げるが、ライアスは少し慌てた様子でエステルに声を掛ける。
「エステル様、私相手にその様な呼び方は不要です。私はただの兵、剣聖とは程遠い者です。普通にお呼びください」
ライアスがそう言った所で、レオンがすぐに口を挟む。
「ああ、エステル。ライアスはそんな偉い奴じゃないぞ。ただの飲んだくれだ。呼び捨てにしてあげなよ」
「お前な……」
レオンが軽く悪態を付くと、少しだけ怒るライアス。
エステルはそんな二人の様子を笑みを浮かべながら見た後、ライアスに話しかけた。
「わかりました。ライアスさん。改めて、よろしくお願いいたしますね」
「はい、よろしくお願いいたします。エステル様」
そう挨拶を交わす二人を見ながら、レオンはエステルに向けて呟く。
「ねえ、エステル。そろそろ俺も様付けやめたりしない? なんかこう、壁を感じると言うか……」
レオンにそう言われたエステルは少し考え込む。考えた後、レオンに答える。
「そうですね、これまで一緒に旅をしてきましたものね。レオンさん」
「おお、ちょっと距離が縮まった感じがするぞ」
レオンは笑みを浮かべながらエステルに返事をした。
エステルもまた、柔らかい表情をレオンに向けていた。
ライアスはそんな二人の様子を眺めたあと、レオンに向けて話す。
「これからの事を話す前にレオン……改めて聞きたいんだが、今までどうしてたんだ?」
「ああ……そうだな……」
レオンは腕を組み、語りだす。
ライアスはレオンの話を神妙な面持ちで聞き始める。
「かいつまんで言うと、まず陛下と俺は悪魔王の呪いを受けた」
「なるほど……奴の呪いを……うむ、呪いか……」
「どうした? ライアス」
呪いという言葉に対し何か思考を巡らし始めるライアス。
「いや、奴の呪いが関わっているのなら、ソフィ様を交えて改めて話を聞きたいと思ってな……」
エステルはその言葉に前のめりで反応した。
「やはりソフィがいるのですね?」
「え、ええ。お知り合いなのですよね。先程兵士にここにソフィ様をお連れするよう頼んだので、そろそろ来る頃ですが」
急に距離を詰めてきたエステルに少し驚きながら、ライアスは答えた。
ライアスのその説明を聞き、落ち着き無くソワソワしはじめるエステル。
レオンはそんなエステルの様子を見ながら話す。
「よかったね、エステル。ようやく会えそうだね」
「はい! ずっと会いたかったんです!」
唐突に声のトーンを上げながら話すエステル。
ライアスとレオンはエステルの様子を見て、笑みを浮かべていた。
そんな中、応接室の扉がノックされ、全員が扉に視線を向けた。
『ライアス様。ソフィ様をお連れしました』
扉の外から兵士の声が聞こえてきた、その瞬間、エステルはガタリと音を立てながら椅子から立ち上がった。
ライアスとレオンはゆっくりと立ち上がる。
ライアスは立ち上がった後、扉の外に向けて声を掛けた。
「案内ありがとう。入ってもらえ」
『はっ! ソフィ様、どうぞお入りください』
扉の外側にいる兵士がそう言うと、扉が開け放たれた。
そして扉の向こうから、一人の人物が入ってくる。
それは、紫色の魔道士のローブを着た一人の少女だった。
見た目はエステルと同じくらいの年齢に見えるが、非常に落ち着いた佇まいをしており、熟練の魔道士の様でもあった。
少女は部屋に入ると、自分に視線を向けるエステルに気付き、優しげな笑みを浮かべた。
静かに落ち着いた声で、少女はエステルへと声を掛けた。
「エステル、久しぶり。待ってたよ」
その声を聞いたエステルは、ゆっくりとその少女へと近付き、静かに声を掛ける。
「ソフィ……! ソフィ……!!」
エステルは震えるような声でそう言うと、すぐにその少女に抱きついた。
抱きつきながら、エステルは涙を流し始める。
「会いたかった、会いたかったよソフィ……!!」
「うん、僕も会いたかったよエステル」
ソフィと呼ばれた少女は、自分の胸元に顔を寄せるエステルの頭を優しく撫で始めた。
エステルの頭を撫でつつ、ソフィは少し困惑した表情でレオンとライアスへと視線を向けた。
「エステル、ちょっと恥ずかしいかも……皆に見られてるし……」
そう言ったソフィに向け、ライアスは軽く頷きつつ温かい笑顔を向けた。
レオンも同様にソフィに優しく笑顔を向けた。
ソフィは二人の様子を見て、改めて穏やかな笑顔をエステルに向ける。
エステルは止まらない涙を溢れさせながら、ソフィに語りかけていた。
「私、ずっと、ずっと一人で、淋しくて……! ようやくソフィに会えて……」
「うん、手紙にずっと書いてたもんね。本当に会えて嬉しいよ」
「ソフィ……ソフィ……!」
「うん……エステル……」
泣きつくエステルを見ながら、ソフィもまた涙を浮かべ始めた。
レオンとライアスは二人の様子を暖かく見守っていた。
そんな中、エステルは吐き出すように語り始める。
「わたし、わたし、ずっとさびしくて、さびしくて」
「うん、うん。分かってるよ、エステル」
嗚咽混じりの声を上げながら話すエステルの頭を撫でつつ、優しい声を掛けるソフィ。
エステルは頭を撫でられながら続けて話す。
「ひぐっ、ずっど、ずっどかなじくて、まーちゃん、ひぐっ、えぐっ」
「うん、うん、エステル? 大丈夫?」
「ぐずっ、だいじょ、へぐっ……ひっ、そふぃ、えぐっ」
「ちょ、本当に大丈夫? エステル?」
明らかにグズグズに泣き出し始めたエステルに、心配そうな表情を浮かべるソフィ。
その様子を見て、レオンとライアスも心配そうな表情を同様に浮かべだす。
そんな三人の心配を余所に、更にエステルはボロボロと涙を流し始め、何かを言い出し始める。
「まーぢゃん、えぐっ、せいじょの、しゅぎょ、つらくて、ひぐ、お、えぐっ、ひっ」
「ちょ、ちょちょ、エステル、落ち着いて?」
ソフィが慌てた様子でエステルに声を掛けると、エステルは顔を上げてソフィの方を見上げた。
それによりエステルの顔がソフィの視界に入るが、その瞬間、ソフィは驚きの声を上げた。
「いや、顔ヤバッ!! 鼻水ぅ!!」
ソフィの視界に入ったエステルの顔は全力で泣き出した女児の泣き顔のようにしわくちゃになっており、普段の清楚な雰囲気はもはや欠片も残っていなかった。
ソフィは慌ててライアスに声をかけた。
「ちょ、ライアスさん、何か、拭く物、拭く物ォ!!」
「あ、はい!」
ライアスもまた慌てて近くの棚の引き出しを引っ張り出すと、そこから白いタオルを取り出し、すぐにそれをエステルに渡した。
エステルは渡されたタオルで自分の顔を覆うと、静かにメソメソと泣き始める。
ソフィはエステルの様子を見つつ、ライアスに声を掛けた。
「ライアスさん、ごめんね。ちょっとエステルを落ち着かせてきます。お連れの人もごめんなさい」
ソフィはライアスとレオンにそう話すと、エステルの手を軽く引き、応接室の扉へと向かった。
ライアスは部屋を出ていこうとする二人に声を掛ける。
「いえ、ソフィ様。積もる話もあるでしょうし、作戦会議は明日にしましょう」
「ありがとう、ライアスさん。また明日話そうね」
「ええ。明日改めて話しましょう。ゆっくりお休みください」
ソフィはエステルの手を引きつつ、応接室を出ていった。
エステルはその間ずっと咽び泣きながら、タオルを持ったもう片方の手で顔を抑え続けていた。
ライアスとレオンはその様子を見届けた後、ライアスが口を開いた。
「聖女ってやっぱ大変なんだな。あんな若いのに、可哀想に」
ライアスはそう言いながら、椅子へ腰掛けた。
レオンもまた椅子に腰掛けながら話す。
「ああ、なんか、10歳までは普通に過ごしてたけど、それ以降は故郷を離れて一人で修行してたんだとさ。大変だよな」
「なるほどな……けど、ソフィ様がいて本当に良かったな。話には聞いてたけど、本当に仲良いんだな」
「そうっぽいな。あそこまで泣き出すとは思わなかったよ。友達と会えて安心したら堪えられなくなったんだな。俺等もそうだったけど」
「うーむ、エステル様にはほんと変なとこを見せてしまったな。なんかあの人が近くにいると妙に安心するんだよな」
「ああ、わかるよそれ」
二人は椅子に腰掛けながら、そう語った。
少し時間を置いて、ライアスが改まってレオンに話しかける。
「まあ、俺等も改めて感動の再会と行こうじゃないか。砦の中にさ、酒場があるんだよ。一杯やっていかないか?」
「お、いいねえ。一杯と言わず何杯でも飲むぞ。早速行こう」
「おいおい、酒はここじゃ貴重品なんだ。節度を持って頼むぜ」
「大丈夫だって、飲み方くらい弁えてるさ」
「ぜってえウソじゃん」
二人はそう言いながら立ち上がり、応接室を後にした。