四話「戦友」
日が沈み始め、赤い景色が輝く頃だった。
ようやくレオンとエステルは東部前線へとたどり着いた。
レオンの視界の先には石の壁に囲まれた大きな砦があり、その砦の塔の先には旗が立てられていた。
レオンはその旗を見ながら懐かしげに呟く。
「王国旗か……久々に見た気がするな」
塔の先で風に揺られるその旗には、一本の剣をモチーフにしたかの様な記章が描かれていた。
旗を見上げながら、二人は砦へと向かっていく。
砦の外壁の門に近付くと、門番と思われる鎧を着込んだ兵士が二人に話しかけた。
「東部前線砦へようこそ。ご要件は何でしょうか?」
比較的穏やかな物腰で兵士は二人に話しかける。
エステルもまた落ち着いた物腰で兵士に答える。
「聖女エステルです。長城東部の奪還のため参りました」
「聖女様……! お待ちしておりました、中にお入りください!」
兵士はすぐに門を開けると、エステルとレオンを中に招き入れた。
「指揮官が中央の砦にてお待ちです。このまま真っ直ぐお進みください」
「ありがとうございます、失礼します」
エステルは兵士に向けて一礼すると、門をくぐり抜けていった。
レオンもまたその後ろをコソコソとついていく。
エステルはそんなレオンを見ながら問いかける。
「レオン様……何故そんな盗賊の様な動きを……」
「あ、いや、王国の兵士を見るとつい……」
長年の逃亡生活のせいで、王国の兵士を見ると反射的に挙動不審になってしまうレオン。
そんなレオンに向けてエステルは優しく諭す。
「大丈夫ですよ。何かあれば私が説明しますから」
「あ、ああ……頼むよ……」
エステルは堂々と前に進み、レオンはキョロキョロと顔を動かしながらノタノタと歩く。
門から入った先を見ると、そこはまさに軍隊の駐屯地と言った雰囲気であった。
掛け声を発しながら武器を振り回す兵士達に、あらゆるところに積まれた武具の数々。
兵士達はエステルに気付くと、皆その視線をエステルに向ける。
この物々しい雰囲気に似つかわしくない、美しいその姿に誰もが見惚れていた。
レオンは背中を丸め下を向きながらエステルの後ろを尾行していた。
エステルが兵士達の視線を受けながらまっすぐ進んでいると、やがて大きな砦の入口へとたどり着いた。
砦入口にいる兵士がエステルに声を掛ける。
「ようこそいらっしゃいました。ご用命を承ります」
兵士はエステルに向けて丁寧に挨拶をした。
エステルもまた丁寧に返答をする。
「聖女エステルです。指揮官殿との面会を希望します」
「おお……! やはり聖女様でしたか……! こちらへどうぞ、お入りください」
兵士は砦入口の扉を開けてエステルをいざなう。
エステルは一礼し、中へと入っていく。
レオンはオタオタとしながらそれを眺めていた。
兵士はそんなレオンにも声をかけた。
「お連れの方もどうぞ。お入りください」
「お、あ、ども、お邪魔します……」
挙動不審な聖女の付き人らしき男も一礼すると、砦の中へと入っていった。
兵士もまた二人が入った後に続き中へと入っていった。
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その後二人は兵士によって応接室に案内され、その一室で座って待っていた。
無骨な雰囲気の砦ではあったが、この一室だけは綺麗に整えられており、落ち着ける雰囲気であった。
レオンはテーブルに置かれたティーカップを手に取り、一気にゴクリと飲み下して、言った。
「はあ~、緊張した……」
エステルはそんなレオンに視線を向けつつ、受け皿とカップを両手で持ちながら話す。
「大丈夫です。もうレオン様は犯罪者ではないのですから。リラックスしてください」
「わかってはいるんだけどねえ……もう長い事ずっとこうだったからさ……はあ~」
椅子により掛かるように座りながら深くため息を吐く。
そんな時、応接室の扉がノックされ、外から声がかかる。
「失礼します、聖女様」
その言葉を聞き、エステルはすぐに立ち上がる。
レオンもまたエステルの様子を見て立ち上がった。
二人で扉に視線を向けていると、その扉が開かれ、豪華な装飾の鎧を着込んだ人物が部屋に入ってきた。
その人物は部屋に入ると、エステルに向けて挨拶をはじめた。
「この度はようこそお越しくださいました、聖女様。
グラディオン王国、東部前線指揮官。ライアスと申します」
ライアスは深く頭を下げる。
「ディヴィニア神聖教国、五代目聖女。エステルと申します」
エステルもまた深く頭を下げる。
お互いに礼が終わると頭を上げ、改めて話を始める。
「聖女様、会えて光栄です。これで兵達の士気も上がるでしょう」
「はい、ここまで来るだけでも時間がかかってしまいましたが、これで本格的に長城の奪還が出来ます」
「遠路はるばるありがとうございます。ディヴィニアからここまでどれくらいかかったのです?」
「ディヴィニアを発ってからもう半年近く経っているかと……」
「おお……さぞ大変だったことでしょう。さあ、お座りください」
ライアスは仰向けにした手を椅子に向けながらエステルに促す。
エステルは再び椅子に座った。
だがレオンはここまで何も言わず、ずっとライアスを見ながら固まっていた。
ライアスはレオンにも声を掛ける。
「さ、お連れの方も、遠慮せずどうぞ」
ライアスがレオンに向けて着席を促すが、レオンは動かず、じっとライアスの顔を見ていた。
やがて、レオンが口を開く。
「お前……ライアス……なのか?」
「ん……?」
レオンに声をかけられ、改めてライアスはレオンの顔を見た。
そして、その表情は徐々に驚きの表情へと変わっていった。
「ま、まさか……」
ライアスはレオンの顔をまじまじと見始め、そして言った。
「レオン……レオンなのか……?」
ライアスはレオンに近付いて語りかける。
「レオン……今までどうしてたんだ……?」
「お、俺は……」
ライアスの言葉に、レオンは言葉を詰まらせた。
今までどうしてたか。レオンの脳裏に、すぐに浮浪者としての負の記憶が蘇る。
そんな記憶についての説明など、簡単に言葉に起こせるはずも無かった。
レオンが語るべき言葉を考えている中、ライアスは続けて語った。
「……いや、どうしてたかなんて、後にしよう」
ライアスはそう言うと、柔らかい表情を浮かべながらレオンの肩に手をかけた。
「レオン……ずっと、ずっと探していたんだ……!」
ライアスはレオンの肩を握る手に力を込めた。
そして、ゆっくりと涙を流し始めた。
それを見たレオンの脳裏に、かつての古い記憶が蘇る。
幼少の頃より共に過ごし、騎士として数多の戦場を駆け抜けた比翼の友との記憶。
失われた青春の記憶が色を取り戻したかの様に、レオンの脳裏を駆け巡ってゆく。
「ライアス……! ライアス……!!」
レオンもまたライアスの肩に手を掛け、お互いの肩を寄せた。
同様にレオンの頬にも涙が流れていき、そして次々とかつての記憶が鮮明に蘇っていく。
幼い頃、厳しい訓練に耐えきれず、こっそり抜け出して二人で遊んでいた所を教官に見つけられ、こってり絞られた記憶。
初めてのダンジョンに勇んで挑んだものの、命からがらボロボロの状態で二人で逃げ出した記憶。
鍛錬を積み上げ、初の戦場に赴き、共に多くの魔族を打ち倒し戦果を上げ、国王から褒章を賜った記憶。
幼い王子の剣術指南役として、二人で共に王子に剣術を教え、三人で国の未来について熱く語った記憶。
様々な記憶が、一つずつ、色が塗り足されるように蘇っていった。
涙を流し再開を喜ぶ二人を、エステルは優しく見守っていた。