三話「祖父の思い出」
オーガ討伐の宴から五日後。
レオンとエステルは猛烈な吹雪に見舞われていた。
必死の思いで歩き回り、運良く風と雪を凌げそうな洞穴を発見し、逃げ込むようにその洞穴へと足を踏み入れたのだった。
「おお、寒い寒い……参ったなこりゃ……」
「今日はもう進めないですね……」
洞穴内にて、体を震わせながら話す二人。
しっかりと防寒具を身に着けてはいるが、吹雪の寒さは防寒具を貫通し、突き刺すかのように二人に襲いかかっていた。
また、二人の近くには二頭の馬もいるが、疲労と寒さでぐったりと地面に転がっていた。
もはやこれ以上の移動は不可能な状態だった。
レオンはバッグから毛布を取り出し、馬に掛ける。
「よしよし、可哀想に、寒かったろう」
馬は毛布を掛けられ、静かに呼吸を立てながら休息を取っていた。
そんな中、エステルは杖を地面に向けていた。
杖を向けた先の土が光り出すと、徐々に温かい空気が洞穴内に循環していく。
温かい空気に包まれ、レオンが安心した表情で話し始める。
「おお、あったかい。やっぱ魔法って便利だなあ」
「明かりも付けましょう」
エステルはそう言うと、洞穴の天井に向けて杖を向ける。
杖から光が放たれ、その光は天井に触れると一気に洞穴内が明るくなった。
「おお、明るい。本当に魔法って便利だなあ」
照らされた洞穴内は、広すぎず狭すぎず、一晩過ごすには丁度いい位の大きさであり、
どこかに繋がっている訳でもないただの洞穴であった。
「いい感じのほら穴じゃないか。今日はここで吹雪をやり過ごそう」
「ええ。いい場所が見つかってよかったですね」
二人は近くの岩に腰掛ける。
レオンは背中のバッグを外して中を漁りだすと、乾パンと水筒を取り出してエステルに手渡した。
「ありがとうございます、レオン様」
「ああ、疲れたし、早く食べよう」
レオンはバッグの中から自分の分の乾パンと水筒を取り出し、片手に水筒を持ったまま、もう片方の手で持った乾パンを齧り始める。
「うん、うまい。エステルも早く食べなよ」
「はい、いただきます」
エステルは水筒を座っている岩の上に置き、両手で乾パンを持って食べ始める。
「おいしいですね。お腹も空いていたのですごく甘く感じます」
「うん、うまい。やっぱ運動の後の食事は最高だよな」
二人が食事を楽しんでいると、それに誘われるかのように馬も起き上がり、レオンの方へと近寄っていった。
「お、起きたか。待ってな、今メシをやるからな」
レオンはバッグの中を漁ると、中から干し草を取り出した。
近くの岩の上に草を乗せ、乗せ終わると更に草をバッグから取り出し、草の上に草を乗せていく。
それを繰り返していると草が山のようにこんもりと盛られる。
そして、出来上がった山に馬が顔を突っ込んだ。
そんな様子を見ながらエステルは話し始める。
「馬の飼料まで入るなんて、本当にすごいですよね、このバッグ」
「ああ。この立派な馬をもらった時は餌はどうしたもんかと思ったけど、これさえあれば何でも出来るな」
「中がどうなってるのか、やっぱり気になりますね」
「あ、やめときなよ、エステル」
バッグの中を覗こうとするエステルを制止するレオン。
「団長と息子さんから言われたろう。中の人が怒るからあんまり覗くなって」
「ごめんなさい、そうですね。どうしても気になっちゃって」
エステルはカバンから顔を離し、再びパンを齧り始めた。
唐突な吹雪に襲われたが、洞穴のお陰で平和に過ごす事ができた二人であった。
---------------------------------
食事を終えた後、明日に向けて早めに休もうと天井の光を消し、それぞれ寝袋の中に入って眠ろうとした時だった。
「あの……レオン様」
「ん? どうしたの」
寝袋に包まれながら、エステルはレオンに声を掛けた。
「その……ちょっと、外の吹雪の音が……怖くて……」
外から響いてくる激しい吹雪の音は、洞穴の中にも鳴り響いていた。
その音は洞穴内を反響し、目を閉じると何かの唸り声の様にも聞こえる音となっていた。
レオンはその音を聞きながら答える。
「ああ……ちょっと怖いよな、この音」
「えと、あの……それで、その……」
「ん?」
エステルは寝袋に入ったままモゾモゾと動き、レオンの近くに寄る。
「今日はその……ちょっと、近くで……」
レオンの寝袋に顔を近付けながら、エステルはそう言った。
「ああ。まあそういう事もあるよね。結構エステルも怖がりなとこあるんだね」
「起きている時ならいいのですが、眠る時だとこれはちょっと怖くて……失礼します……」
エステルはレオンの寝袋にピッタリとくっつくと、目を閉じた。
「やっぱり安心します。わがまま言ってごめんなさい、レオン様」
「ちゃんと寝れないと明日に響くからね。ゆっくりお休み」
「はい、お休みなさい……」
そう言うとエステルは目を閉じ、眠り始めた。
突然泣いたり、夜中に怖くてくっついてきたりと、聖女っぽくないところも結構あるのだなあ。
という様な事を考えながら、レオンもまた目を閉じて眠りについた。
---------------------------------
翌日は気持ちいい程の快晴となっており、二人は快適に旅を再開していた。
馬も絶好調で一気に距離を延ばし、その日は何事も無く旅を進めることが出来た。
そんな日の夜。岩陰で寝袋に入り、寝ようとした時だった。
「あの……レオン様」
「ん? どうしたの」
寝袋に包まれながら、エステルはレオンに声を掛けた。
「えと、あの……えっと……」
「え、どうしたの」
エステルは少し恥ずかしそうに、モゴモゴと喋りだす。
「あの、今日も……」
「……ん? 今日もくっついて寝るの? なんかあった?」
「あ、いえ……何かあったわけではないのですが……」
エステルはそう言いながらモゾモゾとレオンの方に近寄くと、呟き始める。
「レオン様の横で寝ていると、昔の事を思い出すのです」
「昔の事?」
「はい、子供の頃はおじい……祖父に寝かしつけられていたのですが……その時の事を思い出してしまって」
「昔はおじいちゃん子だったんだ?」
「はい……」
エステルはレオンにピッタリとくっつくと、目を閉じ始める。
「マギステルムにいた頃は毎日のように祖父にべったりだったのですが、ディヴィニアに行ってからは……」
「そうだったんだ。ディヴィニアでは一人で寝てたの?」
「はい、聖室でずっと一人でした……。そのせいか、昨日レオン様と一緒に眠った時におじいちゃんの事を思い出しちゃって……」
「なるほどね……」
そこまで話すと、エステルはすやすやと寝息を立てて眠り始めた。
酔った勢いで父親を名乗った事はあるが、今度はおじいちゃんかあ。
そんな事を考えながらレオンもまた眠りについた。
---------------------------------
「あの……レオン様」
翌日。寝る直前にて。
今日もまたエステルがレオンに声を掛けていた。
レオンはすぐに察してエステルに答えた。
「ああ、いいよ。おいで」
レオンが一言そう言うと、モゾモゾと動きながらレオンの真横にやってくるエステル。
ここ数日の様にピッタリとレオンにくっつき始める。
くっついた後で、エステルが呟き出す。
「あの……もう一つお願いがあるのですが……」
「え? どうしたの」
エステルは顔をレオンの胸にくっつけながら呟く。
「あの、その、頭を……」
「頭?」
エステルは頭をレオンの顔の方に差し出すかのように向け、呟く。
「あの、おじいちゃんは……頭を撫でてくれたのです……」
「あっ……ああ、なるほどね、はい」
レオンはエステルに言われるがままにエステルの頭を撫で始める。
サラサラとした感触がレオンの手に伝わり、エステルは頭を撫でられる感触を味わう。
エステルは頭を撫でられ始めるとすぐに眠りについた。
「う~ん……まるでおじいちゃんと孫娘だなあ」
そんな事を呟きながら、レオンもまた眠りについた。
---------------------------------
更に翌日。寝る直前。
「あの……レオン様」
エステルはそう言った。
だがもう既にエステルの体はピッタリとレオンにくっついており、その頭はレオンの手によって撫でられていた。
まだ何かあるのか、そんな事を考えながらレオンは答える。
「ああ……なにかな、エステル」
レオンがそう言うと、エステルはモゴモゴと答える。
「あの、おじいちゃんは……一枚の毛布で自分と私を包んで一緒に眠ってくれていたんです」
「……うん。それで……?」
エステルの語りに、レオンもとりあえず答える。
レオンの返答に対し、エステルは更にモゴモゴと答え始める。
「あの、えと、その、寝袋……一緒に……」
「ええ……」
女児かな? レオンはシンプルにそう思った。
かといってそんな事も言えず、レオンが答える。
「まあエステルが良いなら俺は大丈夫だけど……」
「あ、じゃあ失礼します……」
レオンの微妙な雰囲気の返答にも関わらず、エステルはどこか嬉しそうにレオンの寝袋へと潜り込んだ。
潜り込むと、完全に体を密着させ、満足そうな表情で目を閉じ始める。
目を閉じて、しばらくするとエステルが口を開く。
「あの……頭も……」
「あ、ああ。撫でるのね、はい」
レオンは言われるがままにエステルの頭を撫で始める。
最高に満足そうな表情を浮かべ、エステルはそのまま眠りについた。
レオンは一言呟く。
「もう完全に孫じゃん……」
そう一言呟くと、レオンもまた眠りについた。
それ以降、エステルは毎日レオンの寝袋に入り込み、頭を撫でてもらいながら寝るのが当たり前となった。
---------------------------------
東武前線まで残り一日。遂に明日でたどり着く。そんな目処がついた日の夜だった。
今日も当たり前のように、エステルはレオンの寝袋の中にいた。
寝袋の中で、唐突にエステルは語り始めた。
「私、ディヴィニアに移り住んでからは何度も聖女を辞めようと思ったんです」
「え? そうなの」
自分の胸元で丸くなるエステルに声を掛けるレオン。
エステルは丸くなりながら続けて語る。
「10歳まではマギステルムで普通に暮らしてたのですが……ディヴィニアで聖女としての修行が始まってから、嫌になっちゃったんです」
「そうだったのか……」
エステルは丸くなった体を更に丸めて語る。
「家族とも、ソフィとも離れ離れになってしまって……おじいちゃんの死に目にも立ち会えませんでした」
「エステル……」
明らかに暗くなっていくエステルの声色。
「それでも聖女だからと、必死に頑張ってきましたが……私は……怖いのです」
「……怖い?」
「もし聖女を辞められて、家族と一緒に過ごして、ソフィと一緒に毎日遊べたらって思うと、無性に逃げ出したくなってしまうのです。そんな無責任な自分が……怖いのです……」
「そうだったのか……」
「私は聖女だから……そんなの許されないのに……」
「エステル……」
レオンはエステルの気持ちに共感を覚えていた。
エステルが感じるその恐怖は、自分がかつてエステルと同じくらいの年に抱いていたものと変わりがないと感じた。
誰もが剣聖である自分に期待を向けるが、その期待に応えられなかった時、どうなるのだろうかと、そう考えていた時期があった。
きっとエステルもまた、そういった重圧に押し潰されそうになりながら孤独に戦っているのだと、そう共感を感じていた。
一人故郷を離れ、孤独な聖女の修行に耐えてきたせいで、子供でありながら誰にも甘える事も出来なかったのだろうと、レオンはそう思うと、自然にエステルの頭を撫で始めていた。
「ああ……とても安心します……レオン様……」
「おやすみ、エステル」
エステルは安らかな表情で眠りについた。
レオンはエステルの表情を見ながら呟いた。
「俺は……逃げ出してしまったからな。俺なんかよりもずっと強いよ、エステルは」