二話「宣戦布告」
町の出入り口にて。
多くの者が剣聖と聖女の旅立ちを見送ろうと殺到していた。
レオンは団長からもらったバッグを背中に身につけており、これまで着けていたような大きなカバンは着けていない。
ハンマーステッドを旅立つ頃と比べるとかなり軽装となっていた。
エステルもまた重たい荷物の殆どをレオンのバッグに入れ、小さめのカバンだけを身に着けた身軽な格好となっていた。
「いやあ、このバッグほんとに便利だなあ」
「本当に何でも沢山入りましたね」
このバッグは少年の言う通り、様々な物資を無限かとも思えるほどに詰め込める事が出来た。
現在は服や毛布の他、多くの食料が多数詰め込められている。
便利なアーティファクトのバッグについて二人で語っている中、二人に団長が話しかけた。
「他に必要な物はもう無いですね?」
「ああ。防寒具に、保存食に、その他諸々の生活用品に、もうこれだけ貰えれば十分だよ」
「本当に何から何までありがとうございます、団長さん」
「町の英雄ですから。お安い御用ですよ。……馬も来たようですね、これで必要な物は全部揃ったでしょう」
町人が二頭の馬を連れてレオン達に向かってくる。
毛並みや筋肉の付きも良く、優れた馬であるのがすぐに分かる体つきだった。
レオンとエステルはその馬を見て喜びながら話す。
「本当に助かるよ、これで東武前線まですぐに着きそうだ」
「ようやくソフィと合流できますね」
「さ、二人共どうぞ乗ってください」
二人は馬に乗り込む。馬に乗って高くなった視界から町の方を見ると、多くの者が集まってこちらを見上げているのがよく見えた。
軽く手を振ると、それに合わせて町人達が喜びの声を上げる。
共に戦った人々や話をした人々が皆、二人に向けて手を振り返していた。
「それじゃ、行こうか。エステル」
「はい、行きましょう。レオン様」
馬を操り町を出ていく二人に、町人達は様々な声を掛け、大きく手を振っていた。
レオンとエステルは昨日この町を出ようとした時の事を思い出す。
偽物と思われ、冷たい視線を向けられながら逃げる様に出ていった時の気まずい気持ちを思い出しながら語る。
「気持ちよく町を出れてよかったな」
「そうですね、昨日はとても気まずかったですから」
昨日の出来事を語りつつ、町人達の見送りを受けながら二人は町を後にした。
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町を出てからしばらくした時だった。
二人は、道の先の木の影に何かがいるのを発見した。
最初はよく見えず、馬に乗りつつ目を凝らしその何かを見つめる。
だが、それが何なのかがわかった瞬間、二人は馬を即座に降りた。
そして、間髪入れず、レオンは剣を抜き、エステルは杖を構える。
エステルの構える杖が光り始める。
「おい……何故貴様がここにいる」
レオンは敵意のある目を木の陰にいる者に向けて、問いかけた。
すると木の陰から、ゆっくりとその人物が現れる。
それは、黒いローブを身にまとい、下卑た笑みを浮かべている人物だった。
レオンはその人物に向けて、怒りを交えた声を掛ける。
「悪魔王……ヴァルザー……!」
ヴァルザーは二人にニタニタとした笑いを浮かべながら近寄っていく。
少し距離を置いたところで立ち止まり、二人に声をかけた。
「やあ、元気にしていたかな。二人共」
友人に声をかけるように、フランクな物腰で二人に話しかけるヴァルザー。
レオンは戦闘態勢のままヴァルザーに応える。
「何を企んでいる。貴様と話す事など無い」
「おお、嫌われてるねえ。聖女様はどうだい? 元気だったかい?」
ヴァルザーはエステルにも声を掛け、その反応を待つ。
エステルは輝く杖の先端を向けながら、冷たい声で応える。
「黙りなさい。あなたと交わす言葉はありません。消えなさい」
エステルはそう言うと、杖の先端から光を放った。
その光は凄まじいスピードでヴァルザーに向けて飛んでいく。
だが、その光はヴァルザーの体をすり抜けるだけだった。
「意味ないからやめなよ。聖女様」
「くっ……!」
「あの屋敷でこの幻影体を破壊したのは他でもないお前達だぞ。聖女ならもう何の能力も無いのが見えるだろう?」
ヴァルザーがそう言うと、エステルは改めてヴァルザーの体を見る。
ヴァルザーの言う通り、聖女の目には何一つ邪気が映らず、本当にただの幻の様な物であることが分かった。
「……一体何が目的なのです、悪魔王」
「ただの世間話だよ。昨日からずっとここで待っていてね。町の反対側の出口から出られていたらどうしようかと不安になっていたところだ」
二人は全くヴァルザーの意図が分からず、武器だけを構えながら動きを止めていた。
そんな二人の考えはお構いなしにヴァルザーは語る。
「我はな、やり方を変えることにしたんだ」
「やり方……だと?」
唐突なヴァルザーの話を理解しかねたレオンは疑問の反応を示す。
「17年前、配下の殆どを倒され、我をも討ち取らんとするその勢いに、正直に言うと我は怖くなった。この500年の間でここまで強かった人間は他には一人くらいしか思いつかん。なのでお前には封印をさせてもらった訳だが……」
「ほう、そうか。怖くて震えてた訳か。なら震えたまま死んでくれないか」
「まあ聞きなって」
ヴァルザーは小さく歩き始めながら続きを語りだす。
「我の封印の呪いは完璧だったはずなんだ。剣聖のチカラを封じ、後はお前が老いるまで待って、適当なタイミングで聖女を殺して、この世界を掌握しようと思っていた。だが……どういう訳かお前は立ち上がり、再び我を殺そうとしている。おまけに聖女も簡単に殺せるほどヤワでも無かった」
ヴァルザーは歩くのを止め、二人に語りかける。
「だから、我はより魔力を磨き上げて、そして全力で、真正面からお前達を潰す事にした」
「……つまり、何が言いたい?」
レオンはヴァルザーの意図を改めて問いかける。
ヴァルザーは二人に体を向け、答えた。
「剣聖、聖女よ」
そう言ったヴァルザーからは下卑た笑みは消えていた。
無感情に近い表情で、しかし強めの語気で語り始める。
「我は北の旧帝都跡にて待つ。我を倒す力が揃ったと判断したら、いつでも来い。我もまた貴様達を全力で迎え撃つ。それまで我は玉座にて、お前達をただひたすらに待とう」
ヴァルザーはそう言うと、背を向けて歩き出した。
少し歩き出した所で、ヴァルザーの体はゆっくりと消えていき、最後には何も残らなかった。
「……消えたのか」
「そのようです……」
ヴァルザーが消えてしばらくして、二人は武器をしまう。
「宣戦布告という訳か」
「わざわざご苦労な事ですね」
「旧帝都跡か。まあどうせそこにいるんだろうとは思っていたが」
「悪魔王の言う事です。どこかで待ち伏せを仕掛けて襲いかかってくるかもしれません」
「そうだな、あまり真に受けん様にはしよう」
二人は改めて馬に乗り直す。
馬に乗った所で、レオンが語りかける。
「ここから北は寒くなりそうだ。気を付けて行こう」
「はい、夜は暖かくして休みましょう」
二人は改めて旅を再開した。
ここから東武前線まで残り半月の旅。
人間の集落も殆ど無く、寒さに震える旅が始まる。