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一話「討伐記念」

オーガロードを倒した日の夜、町はお祭り騒ぎとなっていた。

宿屋の前の大通りは様々な屋台が並び、食事を取るための即席のテーブルも置かれ、そこでは多くの人々が酒と料理を楽しんでいた。

宿屋の直ぐ前に置かれたテーブルにて、レオンとエステルは町人達からあれよあれよと料理を勧められていた。


「剣聖様、これもぜひ食べてくださいませ!」

「こちらもどうぞ聖女様!」

「さあどうぞどうぞ!」


テーブルの上には数多くの料理が並べられ、レオンとエステルは圧倒されていた。


「いやあ、さすがに全部食うのは無理だなあ」

「皆さん張り切って作ってくれましたね」


置かれた料理の内、肉と野菜が詰められたパンを手に取り頬張るレオン。

両手にパンを手に持ち、交互にそのパンを齧っていく。


「おお、さすがにウマい。エステルも食べなよ」

「はい、いただきましょう」


プレートに置かれたパンをフォークで抑え、ナイフで切り取り、丁寧に口に運んでいくエステル。

そんなエステルの様子を、町人達は見惚れるかのように見つめている。

ただパンを食べているだけなのであるが、皆その姿に目を奪われていた。


「エステルってめっちゃ上品に食べるよねえ」

「聖女の嗜みですからね」

「はえぇ……」


何をしても気品が漂ってくるエステルに、レオンは感心する。

長年の浮浪者生活で何をしても貧乏臭さを漂わせる自分とは大違いだ、なんて事を考えながらパンを貪る。

そんな時だった。宿屋の主人がレオンに話しかけてきた。


「やあ、剣聖様」

「あ、どもども」


主人は一本のボトルを手にしながらレオンに話しかける。


「昼間は済まなかったね。偽物かと思って、酷い事を言ってしまって」

「仕方ないさ。オーガ憎しだったっていうのはわかってる」

「ああ……聖女様も本当に済まなかったね。この通りだ」


深く頭を下げる主人に、エステルは優しく応える。


「よいのです、奥様の仇だったのでしょう。お気持ちはわかります」

「ああ……本当にありがとう。ようやく仇が取れて本当にスッキリしたよ」


頭を上げた主人は昼間浮かべていた暗い表情はなく、晴れた表情だった。

主人はボトルを開け、ジョッキに中身を注いでレオンに渡す。


「ああ、ありがとう。何だか高そうな酒だな」

「うちの店のとっておきだよ。それにしても、本当にすごい親子だねえ。剣聖と聖女だなんて」

「あー、いやそれは実は違くてな……」

「あれ、違うのかい? 昨日の夜は俺の娘だーって……」


エステルは不思議そうな表情でレオンと主人を見る。

レオンは少し気まずそうな表情で話す。


「いや、父親だなんだとおだてられてたら気持ちよくて、酔いに任せてデタラメ言っちゃって……」

「おいおいおい、父親の方は偽物だったんですかい! ハハハ!」

「レオン様、そんな事言ってたのですか?」

「すまん、気持ちよかったんだ……」


豪快な笑い声を上げる主人と、少し困った様な表情のエステルに挟まれながら苦笑いを浮かべるレオン。

主人に渡されたジョッキを手に取り、一口だけ飲み味わう。

店のとっておきというだけあって、上品な旨味がレオンの口の中に広がっていった。

適当な安酒とは全く違う旨味に、唸りを上げていた時だった。


「あ、あの! 剣聖様……レオン様!」


レオンの横から、一人の女の子が話しかけてきた。

その女の子は顔を赤らめながらレオンに話しかけていた。

レオンはその女の子の顔を見て思い出す。


「君は……無事だったか。よかったよ、あの後怪我はなかったかい?」

「は、はい! ありがとうございました!」


女の子は慌てた様子で頭を下げる。

手には一口サイズの小さなケーキが乗った皿を持っており、その皿をレオンに向けて差し出した。


「あ、あの、頑張ってお菓子を作ったんです。その、食べてくれませんか?」

「おお、美味しそうだ、いただくよ」


レオンは差し出された皿の上のケーキを手に取り、そのまま口に運んだ。

そのケーキは非常に美味で、まろやかな風味があった。


「うん、うまい! 君、料理うまいねえ」

「わ、あ、わ」


笑顔を浮かべたレオンに料理がうまいと言われた女の子。

一瞬で顔を真っ赤にして、口ごもりながらも何とか返事をしようとする。


「あ、えと、じゃ、じゃあ、私はこれで! ありがとうございました!」

「ああ、ありがとう」


レオンに礼をされると、女の子はまるで逃げるように立ち去ってしまった。

そんな女の子の姿を見ながら、宿屋の主人はレオンに話しかけた。


「ありゃ完全に恋に落ちてるね。さすが剣聖様」

「はは……」

「かわいい女の子でしたね」


女の子が立ち去って背中も見えなくなった頃、主人はレオンに問いかけた。


「恋といえば、剣聖様は結婚はしてるんですかい?」

「いや、してないんだ。色々あってね……」

「おや、剣聖様とあろう者が勿体ない……なるほど……そうか……」


主人はそう言いながら考え込むと、少し経ってから言った。


「お礼として渡したい物があるから、ちょっと取ってきますよ」

「おお。ありがとう」


主人はそう言うと宿屋の中へと入っていった。


「何でしょうね? お礼って」

「何だろうな?」


二人が主人を見送りながら話していると、

今度は別の人物が話しかけてきた。


「レオン様、祭りは楽しんでいますかな」

「おや、団長。ああ、賑やかで楽しいよ。いい町だね」


レオンに話しかけたのは団長であった。

団長の隣には少年もおり、そしてその後ろには自警団の者達も揃っていた。


「レオン様、エステル様。此度の件、改めて感謝します。ありがとうございます」

「ああ。無事に解決して良かったよ」

「ええ。ようやくこの町も平和になりますね」


深く頭を下げる団長に続き、自警団の者達も頭を下げる。

少年はレオンに近付くと、何やらバッグの様な物をレオンにこれ見よがしに見せつける。


「レオン様、エステル様! 本当にありがとう! これ皆からのお礼だよ!」

「おお、ありがとう。これはバッグかい? 助かるよ」

「あら……これは……」


少年が差し出したバッグを、エステルはまじまじと見つめる。


「……不思議な魔力を感じます。アーティファクトでしょうか?」


エステルがバッグを見ながら呟くと、団長が話し始める。


「はい、エステル様。これは昔俺が冒険者だった頃に使ってた物です。旅の役に立つでしょう」

「まあ……」

「おお、なんだか凄そうなバッグだ」


バッグを見ながら感心の声を上げるレオンとエステルに、少年は喜びながら二人にバッグについて語りだす。


「このバッグはね、何でも沢山入るすごいやつなんだよ!

前は父さんと母さんが使ってたやつなんだけど、あげるよ!」

「え、君の母さんって……」


レオンは昼間に少年が話した内容を思い出す。

母さんの仇と言っていたことを思い出し、レオンは尋ねる。


「いいのかい? これは形見なんじゃ……」


レオンは少し困惑しながら団長と少年に話しかけるが、二人は笑顔で応える。


「よいのです。妻も剣聖様と聖女様の力になれると聞けば喜ぶでしょう」

「すごい便利なやつだから! 使ってみてね!」

「そうか……本当に助かるよ。ありがとう」


レオンは少年からバッグを受け取り、礼を言った。

礼を言われ、二人は満足そうな表情を浮かべる。


「では、これで失礼します。重ね重ね、本当にありがとうございました」

「レオン様! エステル様! ありがとう!!」

「ああ、ありがとう、団長、息子さん」

「ありがとうございました。お二人とも」


団長と少年を見送った後、

今度は自警団の面々が話しかけてきた。


「聖女様、我々からも礼をさせてくださいませ」


青いローブを着た魔道士がエステルに話しかけてきた。

その手の平には、丸い形の、コンパスの様な物が置かれていた。


「これは……これもまたアーティファクトの様ですね」

「左様にございます」


魔道士の手の平に置かれたコンパスは一見すると普通のコンパスであった。

だが本来は方角等が描かれているであろう針の下には何もなく、針だけがあるやたらと簡素なデザインだった。


「ただ単に方角を指し示すコンパスではなく、欲しい物がある場所の方向を指すコンパスにございます」

「あら……不思議なコンパスですね。本当によろしいのですか? とても貴重な物なのでは……」

「わしの欲しい物は今日見つかりましたので。是非お役に立ててくださいませ」


魔道士はそう言うとコンパスをエステルに手渡した。

エステルはコンパスを受け取ると、自警団の者達に深く礼をした。


「ありがとうございました。皆さん。皆さんが守ってくれたからこそ、私は今ここにいるのです」

「ああ。一緒に戦えて誇らしいよ、聖女様」

「魔法、かっこよかったぜ!」

「では、失礼しますぞ、聖女様」


自警団の面々もまた深々と礼をすると、去っていった。

お互いに昼間の事やその後の事などを話しながら大通りを通っていく。


『ていうかお前、いつまでその胸当てつけてんだよ。肩のとこベコベコじゃねえか』

『俺はこれを家宝にするぜ。聖女様を守って死んだ名誉の戦死の証だからな!』

『戦死って、生きてんじゃねえか』

『ハハハ! というか爺さんよー。あんなつええ魔法使えるなら最初から使ってくれよ』

『いやいや、あれは使うと死ぬんじゃよ』

『生きてんじゃねえか!』

『ハハハ!』


騒がしくも楽しげな自警団の面々を見送った頃、

今度は戻ってきた宿屋の主人がレオンに話しかけてきた。


「お待ちどう。剣聖様、これが俺からの礼だよ」

「おお。指輪か。お洒落な指輪だな」


主人はレオンに指輪を手渡した。レオンもエステルもまじまじとその指輪を見つめる。


「こちらもまたアーティファクトですね」

「おお。なんか今日すごい沢山アーティファクトもらっちゃったな。これはどんな指輪なんだ?」

「これは恋愛成就の指輪でね。人から人へと渡っていって、手にした人に縁を運んでくれるんですよ」

「まあ、素敵な指輪ですね。これで良い人が見つかりそうですね、レオン様」

「おお……いよいよ俺にも結婚相手が……」


レオンは手渡された指輪を見つめながら呟く。

未来の結婚相手を思い浮かべつつ、その指輪を見つめていた。


「剣聖様ともあろうお方が独身だなんて勿体ねえことですよ。早くその指輪で見つけちゃいましょう」

「ああ、ありがたく受け取らせてもらうよ。けど良いのかい? 貴重品だろう?」

「いいんですよ。きっと女房も喜びますよ」

「え、もしかしてこの指輪って」

「ええ、女房の形見ですよ」


レオンは慌ててその指輪を主人に向ける。


「いやいや、そんな大事な物受け取れないよ」


主人はそんなレオンに落ち着いて語りかける。


「その指輪は俺も他の人からもらいましてね。この指輪はそういう物なんですよ」

「そうなのか……」

「前の持ち主は老人でね。妻の形見だって言って、こいつをくれたんですよ」

「なるほど……人から人へと渡る……わかったよ。改めて、ありがたく受け取らせてもらうよ」


レオンはそう言うと、指輪を先程もらったアーティファクトのバッグの中へと入れた。

指輪はバッグの中に吸い込まれるかのように入っていった。


「さあ、剣聖様。飲んで飲んで。今日は祭りですよ!」

「ああ、飲み明かすぞ~」


レオンは主人に急かされるように酒を注がれる。

そんなレオンの様子を見ながら、エステルは少し不安そうな表情で呟く。


「飲みすぎないようにお願いしますね……?」

「大丈夫大丈夫、自分の管理くらいは出来るさ」

「そうですか……」


ゴクゴクと酒を飲みだすレオン。

エステルはそんなレオンを見ながらひっそりと呟いた。


「ぜったいウソだもん……」


その後エステルは、泥酔状態となったレオンをベッドまで運ぶ役を町人達に押し付けられる事となった。


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