十話「天を裂く刃」
ロードは後ろの方へと顔を向けた。
顔を向けた先には一人の人間が立っていた。
妙な光る剣を持った、矮小な一人の人間。
そんな人間に殺戮のショータイムを邪魔されたロードは、明らかに苛立ちの様子を浮かべながら男に問いかけた。
「オロカ、ナ……シニタイ、ノカ……ニンゲン……!」
町人達はロードと男を見ながらざわめき出す。
「あ、あの人、偽物の……」
「なに考えてんだ……!」
「早く、早く逃げろよ……! 殺されるぞ……!」
レオンと名乗って団長の怒りを買い、一撃で仕留められた男。
そんな男が、団長も勝てなかったバケモノに敵うはずが無い。
誰もがこの男の意図が分からず、混乱していた。
だが男は町人の思惑とは裏腹に落ち着いており、何も言わずただ静かに剣を構えた。
「……イイ、ダロウ。コロシテ、ヤル」
剣を構えた男の戦意を感じ取り、殺意を向けるロード。
少年の方へ向いていた体の向きを変え、改めて男の方へと向き直す。
少年は自分へ背を向けたロードから視線を外し、ロードの更に向こう側にいる男の方へと視線を向けた。
光り輝く剣を静かに構えるその姿を、少年はじっと見つめていた。
同様に、町人達も男をじっと見つめ始める。
おぞましい怪物と対峙しているにも関わらず、極めて落ち着いた様相。
そして、その手に携えた光り輝く剣。
その剣を構える姿には何か、人の目を惹き付けてやまない不思議な魅力があった。
やがて、ロードはその男から少し離れた位置で棍棒を後ろに向けて構える。
「ショケイ、シテヤル」
ロードがそう言うと、再び棍棒に風が纏わりつく。
そして先程とは比べ物にならない早いスピードで、その風は見る見る内に肥大化していく。
強烈な暴風が本部前に吹き荒れ、そしてその風はロードの持つ棍棒へと収束していき、棍棒の周りの風の威力を強めていく。
町人達がざわめき出し、ロードと男を交互に見る。
本部の外側にいる少年はその風を強く受けながらも男の方を見つめる。
男もまた暴風をその身に受けているが、全く意に介さず構えを崩していなかった。
やがて全ての暴風が棍棒に収束していき、ついに風のオーラを纏う一本の武器となった時、オーガは言い放った。
「レックウケン!!」
その言葉と同時にロードの体は瞬時に男の眼の前へと移動し、その武器を男に向けて振り抜いた。
ロードは勝利を確信した。完全に決まった。そう確信した。
だが……。
「……アァ?」
ロードのすぐ眼の前には、変わらず立ちふさがる男がいた。
おかしい。何かがおかしい。ロードはそう感じたが、何がおかしいのかは瞬時に理解出来なかった。
そんな中、眼の前の男が言った。
「裂空剣か。良い技だが、お前ごときが使っていい技ではない」
「キサマ……ナニヲ……」
そう言った男に向けて、ロードが何かを言おうとした、その時だった。
ロードの後ろの方で、何か重量のある物の落下音が、地響きとともに鳴った。
その音を辿り、音のした方へロードは視線を向けた。
「ア、ア、ア……!」
ロードの視線の先には、自分がさっきまで持っていた巨木の棍棒があり、
そしてその棍棒の持ち手の部分には……。
「ア、ア…………アガアアアアァァァ!!!!」
切断された自分自身の両腕があった。
その事実に気づいた途端、両肩に激痛が走っていく。
「ギ、ガ、グガアアアアアアアァァァ!!!!」
絶叫を上げるロード。
少年も、町人達も目を見開きその光景を見ていた。
偽物だと思っていた人物が、圧倒的な力で怪物を退けた。
全員が瞬時に理解した。この人物は、紛れもなく。
「……剣聖様ーーーーー!!」
「剣聖、レオン様! レオン様ーーーっ!!」
「うおおおおおおおおッ!!!!」
ようやく、本物の剣聖が現れた。
願っても無いその事実に、誰もが震えていた。
少年も涙を浮かべながら、レオンの姿を見つめていた。
団長もまた、声を上げることは叶わなかったが、確かにその目にはレオンの姿が映っていた。
レオンは絶叫するオーガに向けて静かに言う。
「剣技には……心が必要だ。体だけが取り柄のお前に、人間の技は使えない」
レオンはそう言うと、剣を自分の後ろの方向へ向けた。
ロードはその構えを見て、怯えながら呟く。
「ヤメ、ロ……! ヤメロ、ヤメロ……!!」
ロードは後退りしながら、レオンの剣を見る。
その剣には静かに風が集まっていた。
その風はまるでそよ風の様な小さい風だったが、まるで研ぎ澄まされた刃の様に鋭く凪いでいた。
その場にいる誰もがレオンの掲げる剣に目を奪われていた。
その剣を希望に満ちた目で見る人々と、絶望に満ちた目で見るロード。
ロードは恐怖に染まった目で言った。
「イヤダ……ヤメロ、シニタク、ナイ……!! シニタク……!!」
死の恐怖に怯えるロードに向け、レオンは静かに言い放った。
「……天破・裂空剣」
レオンのその言葉と共に、剣は下から上へと向けて振り上げられた。
人々は見た。
光の筋が遥か上空へ向かって舞い上がったのを。
人々は聞いた。
金属音の様な鋭い音が、まるで天に昇っていくかの様に響いていったのを。
「ア、ア……」
ロードは天を見上げていた。
人々もまた、天を昇る光と音に吸い込まれるかのように、天を見上げていた。
その視線の先には、不自然に真っ二つに別れた雲があった。
「イヤ……ダ……イヤ……イヤダ……ア、ァ、あ」
ゆっくりと、ロードの左半身と右半身が離れていき、そしてそれらは互いに別の方向に向けて倒れていく。
重厚感のある音を立てながら、ロードの体は地面に崩れていった。
その光景を見て、町人達がにわかに声を上げ始めた。
「や、やった…………やったああああああああ!!!!」
誰かがそう叫ぶと、瞬く間に町人達が歓喜の声を上げ始めた。
「剣聖様ああああああああッ!!!!」
「レオン様ッ!! レオン様あああああああ!!!!」
レオンはその声に応えるかのように、高く剣を掲げた。
『うおおおおおおおおおおおおお!!!!!』
まるで絶叫の様な声を上げる人、安堵の涙を流しながら抱き合う人、誰もが皆一様に生の喜びを分かち合っていた。
そして少年は静かにレオンの姿をその目に焼き付けていた。
強敵を打ち倒し、人々の称賛を受けながら剣を掲げる英雄。
まさしく『剣聖』にふさわしいその姿を、瞬きする事無く見つめていた。
そんな中、団長は静かに一言呟く。
「よか……った……」
団長はそれだけ言うと、目を瞑った。
その言葉を聞いた少年はすぐに団長を見て叫んだ。
「父さんっ! 父さんしっかり、しっかりして!!」
少年が必死に呼びかけるも、団長はもう動くことは無かった。
「あ、あ、ああっ……」
勝利の喜びに浸かる間もなく、悲しみに包まれる少年。
そんな時だった。
「お、おい!! なんだあれ!!」
誰かがそう言うと、皆の騒ぎが緩やかに止み始める。
そして皆同様に何かを見て、静かにざわつき始める。
「何だ、あれ……」
「きれい……」
人々は一様に同じ方向を見始めた。
その方向には、美しい青い光と白い光が入り混じりながら町の中を移動しているのが見えた。
それはまるで穏やかな川を流れる清純な水の様に揺らめいていた。
そしてその光はやがて本部の前へとやって来る。
「エステル……やってくれたのか」
レオンは一言そう言うと、安堵の表情を浮かべ、光の行く末を見守った。
やがて光は本部の前で倒れている人々を静かに包みこんでいった。
一人ずつ、静かに、穏やかに包んでいく。
そしてその光は少年と団長の方へも向かっていき、そして同様に団長の体を包んでいった。
少年は光を見ながら呟く。
「この光……なんか……あったかい……」
少年が光を眺めていると、その光はゆっくりと小さくなっていき、やがて静かに消えていった。
他の人々を包む光もまた同様に消えていき、青と白の光は別の方向へと静かに流れていった。
人々が流れていく光を見送っていると、倒れている人々がゆっくりと動き始めた。
「う……ここは……」
「あれ……俺、死んで……?」
凄惨な姿となっていた人々はまるで何もなかったかのように生気に満ち溢れており、徐々に立ち上がっていく。
人々は眼の前で起こっている奇跡の様な出来事が信じられず固まっていた。
そんな中、団長も同様に目を開け、声を上げた。
「こ、これは……俺は……助かった、のか……?」
何が起こったかわからないまま声を上げる団長。
そんな団長を見た少年は、すぐさま団長に抱きついた。
「父さん!! 父さんっ……!」
「おう……ははは、よかった、よかった……」
人々は起き上がる人々と、抱き合う団長と少年を見て呟きはじめる。
「奇跡だ……」
偽物と思った剣聖は本物だった。
では、その剣聖と共にいた、聖女の名を名乗ったあの人物は……?
こんな奇跡を起こせるような人物がこの世にいるとしたら、それは……。
「聖女様……!」
「エステル、聖女エステル様……!!」
誰もが気付いた。
この町には、剣聖レオンと、聖女エステルがいると。
人々は叫んだ。
「聖女様、剣聖様ーーーーーーーーー!!」
「エステル様ーーーーっ!!」
「レオン様、エステル様ああああああ!!!!」
本部前は大歓声が巻き起こる。
先程まで倒れていた者達も、自分の体とロードの死体を見て何が起こったかを理解し、そして歓声を上げた。
倒れていた者同士で肩を組んだり、天に向けて叫んだりと、誰もが喜びを分かち合っていた。
それからしばらく経った頃だった。
先程青と白の光がやってきた方向から、人々の集団がやってきた。
多くの自警団メンバーと、斧やハンマーを携えて武装した戦士、青いローブを着た魔道士、
また多くの町民など、様々な者達が皆、本部の方へと戻って来ていた。
そしてその集団の先頭には、純白のローブに身を包んだ美しい少女が、まるで人々を率いるかのように優美に歩いていた。
「あの人は……!」
人々はすぐに気付いた。先程この場でエステルと、そう名乗った人だと。
そう気づいた瞬間、人々は叫んだ。
「聖女様ああああああああ!!!!」
「エステル様!! エステル様あああああっ!!」
エステルは本部の前に付くと、人々に向けて深々と礼をした。
レオンはエステルに向かい近付くと、一言彼女の名前を呼ぶ。
「エステル」
「はい、レオン様」
エステルがそう返事をすると、レオンは剣を高く掲げた。
そして、エステルもまた、その剣に合わせるかの様に杖を高く掲げた。
これ以上に無いくらいの、人々の大きな歓声が響き渡った。
第一章「真の英雄」 ~完~