九話「処刑場」
自警団本部前にて。
団長は、自身の目の前にいる巨人を見据えていた。
その巨人は、これまでに見たことのあるオーガとは何もかもが違っていた。
その大きさは、オーガの倍はあった。
ただでさえも人の倍もあるオーガの、更に倍。
眼の前の巨人は本部の二階の窓を軽々と覗ける程に大きく、
そして本部二階にいる人々は、その窓越しに見える巨人の顔を見て恐怖に震えていた。
「オーガロード……こんなバケモノがあの森にいたとはな……」
団長はそう呟きながら、自身の周りへと視線を向けた。
どこに視線を向けても、誰かしらの遺体が目に入ってくる。
どの遺体も惨たらしく、等しく原型を保っていなかった。
ロードに立ち向かうも、返り討ちに遭い殺された自警団のメンバー達。
命からがら本部にたどり着くも、ロードによって無惨に殺された町人達。
自警団達は決死の覚悟で戦ったが、この巨人をどうにかする事は出来なかった。
仲間達は全員倒れ、団長は遂に最後の一人となってしまったのだった。
団長は視線をロードに向け直し、改めて剣を構えた。
『ゲガガッ、グゲゲッ!』
ロードは笑っていた。
赤黒い肌の下の筋肉は一般のオーガよりも更に大きく発達し、まさしく金属の様な輝きを放っていた。
妖しく赤黒く輝くその巨体はもはや生物と思えぬ程の威圧感を放っていた。
そしてその手には、長年の月日を生き抜いたであろう巨木を加工した棍棒が握られていた。
この棍棒による攻撃を受けた者はみな、すり潰される果実の如き死に様を迎えていた。
「だからといって……退く訳にはいかん」
団長は深く腰を落とし、剣を後ろに向けるような姿勢で構える。
「この町は……俺が守ってみせる……!」
決意を込めてそう言うと、剣の周りの空気がうねり始める。
やがてそのうねりは大きくなっていき、刀身を中心にして竜巻の様に舞い上がってゆく。
ロードは変わらず笑いながら団長を見ていた。
何か迎え撃つようなそぶりもせず、ただ嘲笑うかのように声を上げていた。
「いつまで笑っていられるかな……! 行くぞ、バケモノめ!」
剣を包み込む竜巻が更に激しく舞い上がる。
そしてその竜巻が台風のように吹き荒れた時、一気に団長が動いた。
一瞬でロードとの間合いを詰め、竜巻と共にその剣をスイングしながら叫んだ。
「裂空剣ッッ!!!!」
轟音と業風と共に振り抜かれた剣は、ロードの巨大な足へと向かっていった。
そして、剣がロードの足へと接触した瞬間、甲高い金属音を発しながら。
へし折れた。
「…………ば、バカな……」
剣を包んでいた竜巻は一瞬で消えた。
団長は折れた剣の柄を見つめていた。
『ゲガガガッ!! グゲッ!! グガガガガッ!!』
ロードは自分の足元でちょこまかと動く脆弱な生き物を嘲笑うかのように笑い声を上げていた。
ひとしきり笑ったあと、その巨大な足を片方だけ大きく上に引き上げた。
「ま、まずいッ!」
団長はすぐに後ろに飛び退いた。
それとほぼ同時に引き上げられていた足が勢いよく地面に向かった。
「うおおおッ!!」
飛び退いた団長の体を若干掠めながら、ロードの足が地面へと叩きつけられた。
鈍い音が本部前に地鳴りとともに響き渡る。
中にいる人々の悲鳴が上がる。
「畜生……畜生ッ!!」
団長は人々の悲鳴に包まれながら、折れた剣を強く握りしめる。
ロードはそんな人々と団長を見て更に愉しそうに笑い声を上げた。
ひとしきり笑うと、ロードは団長に向けて指をさした。
『オマ……エ』
「なにッ……?」
団長は一瞬驚いた。確かに今、ロードは喋った。
指先をこちらに向け、「お前」と言った。
まともな知性の無い獣同然の存在かと思っていたが、そうではなかった。
驚く団長に、更にロードは言葉を続ける。
『オマエ、ノ、ワザ……オボエ、タゾ……』
「何だと……?」
お前の技を覚えた、確かに眼の前のロードはそう言った。
一体何の事かと考えた時、ロードは腰を深く落とし始めた。
『コウ……カ?』
「ま……まさか……!」
ロードは腰を深く落とした後、更に続けて、棍棒を後ろに向けた。
団長は目を見開いてそれを見た。間違いない。この動きは。
ロードの持つ棍棒に、風が纏わりつく。
「そんな……バカな……」
団長がそう呟く間にも、どんどんと棍棒に纏わりつく風は大きくなり、やがて竜巻を形成する。
そして、その竜巻が台風の様に吹き荒れ始めた時、ロードは言い放った。
『レックウ、ケン』
その言葉と同時に、ロードは一瞬で団長の眼の前に飛びつき、
そして、その巨大な棍棒を団長の体に向けて振り抜いた。
「ぐああああああああァッ!!!!」
棍棒は暴風と共に団長を飲み込んでいき、
棍棒が団長と接触した瞬間、団長の体は爆音を立てながら吹き飛び、自警団本部の壁へと激突した。
衝突音と共に硝煙が巻き立っていく。
「……っぁ……ぅあ……」
破片がこぼれ落ちていく壁にめり込みながら、団長は呻いた。
もはや立ち上がるどころか、呼吸すらままならなかった。
そんな中、本部の入口扉が勢いよく開け放たれると、中から一人の少年が飛び出してきた。
「父さんっ!」
少年は叫びながら団長に駆け寄り、必死に声をかけ始める。
「父さんっ! 父さんっ! しっかり、しっかりして!!」
「ぅ……ぁぁ……」
しかしもはや団長は返事もままならず、少年の声にも応えられなかった。
ロードはそんな団長の様子を見て、ただ笑っていた。
そして次に、ロードは腕を上げ、その腕を本部の二階の方へと向け、指をさした。
その先には、震える人々がいた。その人々に向けて、言い放つ。
『キサマラ……ゼンイン……ショケイ、スル』
その言葉を聞いた人々は戦慄した。
誰もが理解した。自分は今日、ここで死ぬのだと。
頭を抱えながら震える者。
家族と抱き合いながら涙を流す者。
誰もが皆一様に恐怖に震え、涙を流し、己の末路を思い浮かべた。
そんな人々の様子を見て、ロードはまた邪悪な笑みを浮かべる。
そして笑みを浮かべながら、ロードは少年へと視線を向けた。
少年とロードは目が合い、少年は悲鳴を上げる。
「ひっ……いやだ……! いやだ、父さん、父さんっ!!」
オーガの視線から目を逸らし、必死に団長に呼びかける少年。
だが団長はもはや呼びかけには応えられず、虚ろな目で空を見つめるだけだった。
少年はもう団長が応えられない状態になっている事に気付くと、絶望の表情を浮かべていく。
ロードはそんな少年に一歩ずつ向かっていった。
わざとらしく、大きな足音を立てながら、ゆっくりと少年へ向かっていく。
「いやだ、いやだぁ……死にたくない、死にたくないっ……」
笑みを浮かべるロードは、少年が怯えれば怯えるほどその口角を上げていく。
ニタニタと笑いながら、嫌らしく足音を響かせつつ少年ににじり寄っていく。
少年は吐き気すら覚える恐怖に全身を支配され、
呼吸もまともに出来ずただ震えていた。
やがてロードは少年のすぐ目の前に来て、言った。
「ショケイ……ダ」
ロードは手に持つ棍棒を少年のすぐ目の前に突き立てた。
少年の視界が巨大な棍棒で埋め尽くされる。
少年の吐き気はこれ以上に無いくらいに強まっていた。
自分は今から、この眼の前の巨木にすり潰されて、死ぬのだ。
そう考えると、視界が歪み、耳鳴りが起こり、腹部が捻れるかのような感覚に包まれた。
「シ、ネ」
ロードはそう言うと、棍棒をゆっくりと、
少年に見せつけるかの様に持ち上げ始めた。
少年はその棍棒を静かに見上げていた。
その時だった。
『おい。その子からさっさと離れろ。木偶の坊』
ロードの後ろの方向から、一人の男の声が静かに響き渡った。