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八話「聖河」

あるオーガは、呆然と空を見上げていた。

そのオーガは、顔面を貫かれて絶命した。


あるオーガは、背を向けて逃げ出した。

そのオーガは、心臓を貫かれて絶命した。


あるオーガは、棍棒を無心に振り回した。

そのオーガは、棍棒ごと無数の光に全身を貫かれて絶命した。


逃げても、立ち向かっても、当然何もしなくても。

全てのオーガが一様にその命を散らされていった。


「す、すげえ……」

「信じらんねえ……」


戦士達は、眼の前で起こっている事が理解できず、ただただその光景に圧倒されていた。

数多の光の槍が続々と天から打ち出され、次々とオーガを刺し貫いてゆく。

あまりにも無慈悲なその光景に、一抹の恐怖の様な物すら戦士達は感じていた。


「ああ……! ああああ……!!」


魔道士は、全てを理解し、その光景にただただ打ち震えていた。

神の御業とも呼べる眼の前の光景に魂を震わせていた。

幾度も夢見た未踏の次元の世界に、心の底から酔いしれていた。


次々とオーガ達は倒れていき、やがて最後の一体のみとなった。

そのオーガは必死に町の外へ向かって走っていた。


『ごあァ……アアガッ……! がアッ……!!』


何かに救いを求めるかのような声を上げながら、必死に走り回る。

視界にはおびただしい数の同胞の死体がそこら中に転がっていた。

その死体を横目で見ては、小さく声を上げながら走る。

まるで、一刻も早く逃げなくては自分もこうなると、自分に言い聞かせるかの様に。


『あガァッ……、ア、ガ、ごあァッ……!!』


もはやオーガの様子は人間から見てもどんな心理状態なのかが分かる状態だった。

悲鳴の様な声を上げながら、必死に走る最後のオーガ。

死にたくない。ただその一心で必死に走っているのだろうと、その場にいる戦士達からもその感情が垣間見えた。

そんな中、オーガは足を躓かせた。


『あがァッ!! がァアァッ!!』


転がる同胞の死体に足を引っ掛け、地面に重低音を響かせながら倒れ込んだ。

何とか起き上がろうとするも、同胞の死体が足に引っかかり抜け出せない。

もがきながら、何とか足を引っこ抜こうと、後ろの方へと視線を向けたその時だった。

視線の先に、一人の人間が視界に映った。

宙に浮かぶ、青白い光を放つ人間。多くの同胞を無慈悲に殺した張本人。

その人間は、冷たい瞳をこちらに向けていた。


『あァ……アァァ……』


オーガは理解した。この冷たい瞳は、自分を見逃すつもりなど一切無いと。

どれだけ死にたくないと願っても、絶対に殺すつもりなのだと。

恐怖と絶望がオーガを包み込む中、その人間は天に手を掲げた。

掲げられた手に呼応するかのように、一本の光の槍がオーガへと向けられる。


『アぁッ、アあッ!! アガアアアァッ!!!!』


もはや何の意味がなくとも、叫ばずにはいられなかった。

その人間はオーガの叫びなど気にもかけず、冷たい瞳のまま手を振り下ろす。

手が振り下ろされたと同時に、光の槍が放たれた。

それがこのオーガが見た最後の光景だった。



--------------------------------



「これで出入り口は制圧できましたね」

「ああ! アンタのお陰で助かったぜ……」

「強すぎてビビったぜ……!」


出入り口に転がるおびただしい数のオーガの死体を見つつも、喜びの声を上げる戦士達。

魔道士はオーガの死体を避けつつ、女性へと近寄り語りかける。


「感服いたしました。貴方様は本物の聖女様だったのですな」

「はい。聖女の役目を担っております。エステルと申します」


エステルは改めて名乗り、魔道士は深々と頭を下げる。

戦士達もエステルへと声を掛ける。


「すまねえ、聖女様。まさか本物とは思ってなくてよ……」

「俺も謝罪させてくれ。すまなかった」


戦士達も深々と頭を下げる。


「よいのです。皆様、顔を上げてください。

それよりもやらなければならない事があります」


戦士達と魔道士はエステルの言葉を聞き頭を上げる。

頭を上げてみると、エステルは別の方向を向いていた。

その視線の先には、大勢の倒れた自警団と、町人達がいた。

倒れている者達は皆、誰が見ても即座に死亡が判断出来る様な凄惨な状態だった。


「……今ならまだ、蘇生が可能です」

「えッ!? 蘇生……蘇生だって!?」

「生き返るのか!? 嘘だろ……!?」


エステルの言葉に驚きの声を上げる戦士達。

魔道士も声は出さずともその表情が驚きを物語っていた。


「はい。ただ、蘇生の魔法は使い始めると身動きが取れず、発動まで時間もかかります。

しばらく完全に無防備となりますので、どうか私を守っていただけないでしょうか?」


世界の希望である聖女から、守って欲しいと。

そう言われて断る人間などこの世にいないであろう。

戦士達も、魔道士も、その言葉を聞いた瞬間に無限の如く闘志が沸き立ち始めた。


「……いいぜ。命をかけて守ろう」

「ああ。任せてくれ」

「うむ。最善を尽くそうぞ」

「ありがとうございます。皆様。それでは、始めます」


エステルは歩き出し、少し離れた所で地面に両膝を付き、両手を胸の前で組んだ。

祈りの姿勢を作り、目を閉じると、やがてその足元に青と白の美しい光が湧き出した。

戦士達と魔道士は静かにその姿を眺めていた。

その時だった。


『ゴァアッ!! ガアアアアアアアッ!!』


突如、耳をつんざくオーガの声が響き渡った。

先程の大魔法による騒ぎを聞きつけ、多くのオーガ達が出入り口方面へと戻ってきていたのだった。


「ま、まずい! 奴ら、一斉に戻ってきたぞ!!」

「構えろ! 絶対にここを通すなッ!!」

「うむっ! 何としても聖女様を死守するのだ!!」


大量のオーガ達が一気に出入り口へと向かってくる。

そして、その視線の先には光に包まれるエステルがいた。

オーガ達はその光に向かって突撃を開始する。


「来るぞ!」

「爺さんッ!」

「うむ! 皆、頼むぞ!」

『フィジカルエンチャント! シャープネス! ストライキング! アクセラレーションッ!!』


魔道士は複数の補助魔法を次々と戦士達にかけていく。

強烈な虹色の光が戦士達を包み込み、戦士達は軽やかな動きでオーガへと向かっていく。


「通さねえッ!! ぜってえ通さねえぞッ!!」


戦士の一人がオーガに近寄ると、力任せに斧を大きく振りかぶった。

その斧の刃は力任せにも関わらず的確にオーガの首筋へと向かっていった。


「くたばれええええええッ!!!!」


戦士の掛け声とともに、斧の刃先はオーガの首へと差し込まれていき、

そして同時に噴水のように緑色の液体が吹き出した。


『あガアアアアアッ!!!!』


オーガは悲鳴を上げながら倒れ込み、そのまま絶命した。

それを見たオーガ達が、エステルではなく眼の前の戦士へと視線を向けた。

決して無視できない脅威であると判断し、潰しにかかり始める。

そんな中、魔道士は静かに呟いた。


「あまり使いたくはなかったが……。今が使い所なのじゃろう……」


魔道士は杖を掲げ、静かに詠唱を開始した。


『紅蓮の業火よ。我が声に呼応し、今ここに顕現せよ……』


オーガ達は戦士を取り囲み、四方から棍棒を振り回し追い詰め始める。

戦士は必死にその攻撃を避けるも、やがて逃げ場を無くしていった。

他の戦士が何とか救おうと、オーガの背後から攻撃をしかけていく。


「離れろッ! クソッ! クソおッ!!」


必死にオーガにハンマーで殴りかかり、甲高い音を響き渡らせるが通じなかった。

鈍器も通さない鋼鉄の様に分厚い筋肉が彼の前に立ちはだかっていた。

やがて囲まれた戦士が、ついにオーガの一撃を受けた。


「うぎゃあああああああッ!!」


オーガの放った一撃は戦士の持っていた斧ごと戦士の腕を叩き潰した。

へし折れた腕を抑えながら絶叫を放つ戦士に、容赦なく何本もの巨大な棍棒が襲いかかった。

すぐに戦士の絶叫は収まった。


「あ、ああ……」


残った戦士が、恐怖に怯える目をオーガ達へ向ける。

そんな中、静かに美しい女性の声が響き渡り始めた。


『……この声が聞こえるでしょうか。愛しき女神。我らの光よ』


その声を聞いた戦士はすぐに武器を構え直す。

聖女を死守する。ただそれだけを目的に、オーガへと立ち向かった。

オーガの攻撃をかいくぐり、ハンマーを持つ手に力を込める。

大振りな棍棒のスイングでがら空きになった頭部めがけて、ハンマーによる全力のフルスイングを放った。


「おらあああああッ!!!!」


戦士の放ったハンマーはオーガの頭へと直撃し、そして、

破壊音を立てながらオーガの頭の中へと食い込んでいく。

オーガは声を上げることもなく、頭部から緑色の血飛沫を撒き散らしながら倒れ込んだ。


「へ、へへ……どうだ、バケモノ……あッ!?」


戦士が少し気を緩めたスキを突き、オーガの強烈な一撃が戦士の肩を捉えて直撃した。


「ぐあああああッ!!」


悲鳴を上げながら、凄まじい勢いで戦士は魔道士の近くへと吹き飛ばされた。

吹き飛ばされた先で、戦士は苦痛の声を上げる。


「いぎいィッ!! い、いぎっ、がああッ……!!」


戦士の左肩は胸の辺りまで潰れていた。

右手を左肩の近くに持っていきながら、言葉にならない悲鳴を上げていた。


「がっ……、あぎっ……! いああッ……!」

『苦痛の悲鳴が、貴方の子らの絶叫が、聞こえるでしょうか』


悲鳴を上げる戦士の傍ら、魔道士は強い虹色の光をまとった杖を高く掲げていた。

その杖を見上げながら、魔道士は詠唱の言葉を紡ぐ。


『真紅の灼熱にその身を委ね、塵と化し、循環の輪へと還るがいい……』


オーガ達が、一人残った魔道士に一斉に突撃を開始した。

そのオーガ達に向けて、魔道士は静かに、しかし強く言い放った。


『第九次元魔術、イグニッションフレアッ!!!!』


その言葉と同時に、強烈な爆炎がオーガ達に襲いかかった。

炎が波の様にオーガ達を包みこんでいき、真っ黒に燻し上げていく。

オーガ達は立ったまま黒く焦がされ、そしてそのまま動かなくなった。


「……もう、思い……残す……事は……」


魔道士はそう呟くと、その場に倒れ込んだ。

最後の一撃により、数体のオーガを倒すことには成功した。

だが、黒焦げの動かなくなったオーガの後ろの方から、別のオーガ達が続々とやってきていた。

それを見た残った戦士が力なく呟く。


「誰か……誰か……!」

『どうか、彼らを救う清純なる恵みの水をお与えください』


戦士は、自身の潰れた左胸と、にじり寄ってくるオーガ達を交互に見る。

もう文字通り打つ手はない。潰れた肺が呼吸を妨げ、意識が遠のいていく。

だがそこで、最後に聖女だけは守るという意思だけが働いた。

聖女へと向かっていくオーガ達に、戦士は視線を向ける。


『子を想う貴方の涙を、我らにお恵みください』


戦士は自分のすぐ横にあったハンマーを右手で掴み取った。

その動作が左胸に激痛を呼び起こすが、もはやそれはどうでもよかった。

掴み取ったハンマーを、オーガに向かって投げ飛ばした。

当然それは何の意味もなく、軽快な音だけを響かせながらオーガに当たり、それ以外は何も起こらなかった。

しかし、オーガ達は聖女の方への歩みを止めた。

邪魔者のトドメをささんとばかりに、戦士の方へと近づいていった。

戦士は苦痛の中で、いよいよ自分の死を覚悟した。


『流れるその涙で、我らの苦痛をお流しください』


自分は聖女を守って死ねたのだと。

十分によくやったのだと。

心の中でそう自分に言い聞かる。

唯一動く右手を胸の前に当て、静かに祈った。

きっと残りは聖女がやってくれる。

そう信じて、目を閉じた。


『清らかなる安らぎを。第十次元神聖魔法、聖河≪セイクリッド・ストリーム≫』


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