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第一話:没落貴族の長男は日記に綴る

今日も今日とて、この世界はテンプレ展開の匂いを漂わせている。


机に向かって日記を書きながら、僕は深いため息をついた。目の前には、父上の書斎から零れ落ちていた冒険譚が山積みになっている。この世界の「定番」と呼ばれる物語たちだ。


『勇者の冒険記』

『聖女様と七つの試練』

『転生貴族の栄光』


まるで前世で散々書かされた設定資料を読んでいるようだ。勇者が出てきて、聖女が出てきて、魔王を倒して、めでたしめでたし──。


そう、僕には前世の記憶がある。佐藤奏、28歳。過労死した売れない作家。締め切りに追われ、編集者に追われ、最期は安っぽい転生モノを書かされそうになって力尽きた。その末路が、この世界への転生。

しかも転生先は──


「没落寸前の辺境貴族の長男様でございます。ははは」


自嘲気味に笑う。小説のような設定に転生したものの、この世界の空気が、どこかおかしい。

日記に向かって、小さな文字を綴っていく。


************


本日の世界情勢分析:

*1. 北方情勢


帝国軍の南進が加速。辺境伯領での軍備増強は防衛の名目だが、実際は侵攻準備の可能性大。

貿易商人の証言:北方での徴税強化、物資の備蓄開始。

前世の歴史で見た戦争前夜の状況に酷似。*


*2. 魔物活動の異常


出現頻度が過去10年で最高(ヘンリー談)

通常生息域から200キロ以上の南下を確認

家畜の失踪事件が急増。捕食痕なし→知的な存在による計画的な略奪?*


**********


「グレイ、また怪しい日記を書いているの?」


背後から冷たい声が聞こえる。さて、「10歳の坊ちゃん」モードの出番だ。


「おや、姉さん。今日も僕の部屋の見回り?」


僕は子供らしく首を傾げてみせる。そこには真っ直ぐな姿勢で立つ姉、エリザベスの姿。11歳とは思えない威厳を纏っている。


「......また変なことを考えているんじゃないかと思って」


机の上の本を見て、案の定、姉は眉をひそめた。


「これって...父上の書斎の本じゃない?」


「借りただけです〜」


「グレイ!」


にやりと笑う。姉の反応は実に分かりやすい。


「姉さん、僕には使命があるのです」


大げさに立ち上がって、窓の外を指さす。


「世界が、世界が危ないんです!」


「はぁ...」


予定通りの溜息。このリアクション、前世の編集者と同じだ。


「見えませんか?魔物が増えてるの!空の色だって変だし、羊さんたちも消えちゃったし!」


「母上!」


姉の声が響く。


「グレイがまた始まりました!」


「まぁ」


居間から母上の声。


「グレイったら、お話好きになったのね」


姉は机の上の本を手に取りながら、真剣な表情を浮かべる。


「5年後には学園入学なのよ?こんな物語ばかり読んでいて、どうするの?」


「姉さんこそ」


僕は茶化すように言う。


「まだ4年もあるのに、もう学園のことばかり」


実際には、あの学園こそが情報収集の重要拠点になるはずなのだが。


「私は──」


「エリザのことだから、絶対合格できますって」


「...!」


照れ隠しに本を元の位置に戻す姉の仕草を見ながら、僕は密かに分析を続けていた。姉は聡明だ。いずれ、この世界の異常に気付くだろう。その時のために、準備をしておかなければ。


「それより姉さん」


話題を逸らすように言う。


「山に生えてる薬草って、知ってる?」


「薬草...?」


首を傾げる姉。


「まさか、山に行く気?ダメよ、危ないから」


「いえいえ、ただの質問です」


今は質問だけ。実地調査は、まだ先の計画だ。


「グレイ」


「はい?」


「何か企んでいるでしょう?」


「なんにも〜」


10歳の子供らしく首を傾げてみせる。姉は諦めたように溜息をつくと、部屋を出て行った。

再び一人になった僕は、机の引き出しを開ける。そこには、執事のヘンリーから聞いた話を元に作った詳細な地図がある。薬草の生育地、魔物の出現地点、村人たちの証言...全てを記録している。


(準備は着々と。でも、まだ時間がかかる)


窓の外を見上げると、空には不穏な雲が渦を巻いていた。魔力密度の上昇を示す典型的な前兆だ。世界は、確実に物語の軌道に乗り始めている。


でも今は──前世で果たせなかった夢を叶えるチャンス。誰も見たことがない物語を、この手で。


「佐藤奏、物語改変計画、開始」


そう呟いた瞬間、


「グレイ、また独り言?」


「姉さん、盗み聞きは──」


「見守りよ、見守り」


「それ、編集者の台詞です」


「...何?」


「いえ、なんでもありません!」


「母上!グレイが訳の分からないことを!」


「エリザ、グレイ」


母上の声が響く。


「もう遅いわよ?」


「はい...」「はい、母上」


僕たち姉弟の返事に、母上が優しく笑う声が聞こえた。


(この平和な日々も、あとどれくらい続くかな)


**********


追伸:本日の計画進捗

*1. 情報収集


ヘンリー経由の情報網:構築中

商人からの情報買取:資金準備要

貴族社会の動向:継続監視中*


*2. 物資準備


薬草調査:植生地図完成

換金手段の確保:要検討

有事の備蓄:未着手*


*3. 長期計画


5年後の学園入学:重要拠点に

商業ネットワークの構築:準備段階

没落防止策:複数案を検討中*


*4. 目下の課題


姉の警戒:想定内

資金調達:最優先事項

年齢詐称:継続維持必要*


**********


「よし、これで今日の日記は終わり...って」


「...見つかったかしら」


「姉さん、もう寝ましょう?」


「あなたこそ」


優等生の微笑みを浮かべたまま、姉はゆっくりと廊下を去っていく。

(前世でこんなに可愛い姉がいたら、もっと頑張れたかもな)

なんて考えながら、僕は日記を閉じた。世界の危機も、没落の危機も、まだ誰も気付いていない。だからこそ──準備は怠れない。

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