表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

プロローグ:最弱の作家は机で眠る

古びた一DKのワンルーム。積み重なったカップラーメンの空容器。洗濯してない服の山。そんな部屋の机の前で、男が頭を抱えていた。


締め切りまで、あと3時間。


「やっぱダメだ...書けない」


パソコンの画面には「第一章」という文字だけが虚しく光る。この三日間、一文字も書けていない。いや、もっと正確に言えば──書く気すら起きない。


佐藤奏(さとうかなで)、28歳。いわゆる「売れない」ライトノベル作家。だが、もう「作家」とすら名乗る資格はないのかもしれない。

机の上には、いくつかの文庫本が積まれている。装丁は派手だが、全てバーゲンコーナー行きのシール付き。自分の作品だ。


『転生勇者の英雄譚』──発行部数8000部、重版なし。

『聖女様の異世界救済』──発行部数5000部、書店からの返本率85%。

『転生貴族の魔王討伐』──発行部数3000部、Amazonレビュー★2.1。


スマホには未読メッセージが32件。全て担当編集の山田から。一週間前から、電話は着信拒否に設定している。


古びた壁には、かつての夢の形見が貼ってある。


「第23回ファンタジー新人賞・選外」

「第47回異世界小説大賞・選外」

「第12回Web小説コンテスト・選外」


全て、デビュー前の戦歴。まだ、本当に書きたいものを書いていた頃の記念品。今となっては嘲笑うように、机を見下ろしている。


「誰か、殺してくれ...」


机に突っ伏しながら呟く。その時、インターホンが鳴った。


「佐藤先生ー!生きてますかー!?」


悪魔の声だ。山田編集である。


「先生!部屋の明かりついてるの見えてますからね!?生存確認させてくださーい!」


黙殺を決め込む。が──


「締め切り3ヶ月延期したんですよ?ねぇ?3ヶ月ですよ?普通の妊娠期間の三分の一ですよ?象なら妊娠できちゃう期間ですよ?」


「象の妊娠期間を知ってる編集者がいるか!」


反射的に突っ込んでしまい、声を上げた瞬間に後悔する。


「あ、やっぱり家にいましたね!開けてください!」


観念して玄関を開ける。インスタントラーメンの空き箱だらけの部屋に、山田編集が顔を出した。表情が一瞬固まる。無理もない。一週間前に比べて明らかに部屋は荒れている。


「先生...ちゃんと食べてます?」


机の上のカップラーメン。冷蔵庫の中身は酒だけ。台所には食器を洗っていない匂いが漂う。


「...生きてます」


「生きてますじゃないですよ!ちゃんと栄養取らないと!」


山田は持参したコンビニ袋から、おにぎりとサンドイッチを取り出す。

この一週間、まともな食事を取っていなかったことに気づく。


「それより原稿は...」


言いかけて、山田の表情が曇るのが見えた。机の上のパソコンには、まだ「第一章」の文字しかない。その画面の向こう、ブラウザには小説投稿サイトの新着ランキングが表示されている。


1位『転生最強勇者の異世界征服』──いいね数28万

2位『最強賢者の異世界転生活』──いいね数25万

3位『追放聖女は実は最強でした』──いいね数20万

そして俺の投稿作品『孤独な作家の異世界日記』──いいね数12。


現実を直視したくなくて、無料投稿サイトにこっそり上げた本当に書きたかった作品。その結果がこれだ。


「先生、これ見てください!」


山田が取り出したのは、派手な装丁の企画書。


「次の新作企画です!『転生した勇者が魔王を倒して、世界に平和が戻る物語』!王道ですよ!王道!」


「...それ、俺の前作と展開同じじゃないですか」


「いえいえ、違いますよ!前作は『転生した聖女が勇者を助けて、魔王を倒す』でしたから!」


「それのどこが違うんだ!!」


机を叩く。コーヒーが溢れ、原稿用紙を濡らす。でも、もう気にならない。どうせ、そこには何も書かれていないのだから。


「山田さん...もういいです」


「え?」


「俺、限界です。もう、同じ展開しか書けない自分に...耐えられない」


「先生...」


デビュー前は違った。誰も見たことがない物語を書きたかった。読者の期待を裏切り、そして驚かせる展開を考えていた。それなのに、売れ線を追いかけているうちに...。


「先生!顔色が...!大丈夫ですか!?」


まぶたが重い。視界が揺れる。三日間の徹夜が、ここで限界を迎えたらしい。


「先生!救急車呼びます!」


山田の声が遠のいていく。早まる心臓の鼓動。重たくなる呼吸。

机の上には、学生時代に書いた処女作の原稿がある。誰にも評価されなかったけど、本当に書きたかった自分の物語。その原稿が、最期に目に入った。


「こんなテンプレみたいな展開じゃない...本当の...物語が...」


全てが、暗転した。

それは「売れない作家」としての最期の言葉だった。

だが──これは終わりではない。

むしろ、本当の物語は、ここから始まるのだと、まだ誰も知らない。

更新頑張るよ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ